第1125話・第六回武芸大会・その三
Side:久遠一馬
大会初日が終わった。注目選手は順調に勝ち進み、都から来ている吉岡さんも勝ち残ったようだ。
津島、熱田、蟹江の展示物も人気のようで、各地で行列が出来るほどだったとか。
面白い報告に気付いた。身分制度のあるこの時代では秩序正しく行列に並ぶという習慣がないのだが、尾張では順番に並ぶという習慣が出来つつあるそうだ。
無論、身分のある人が優先される傾向にある。領民が当然のように控えて先を譲るからだ。ただそれでも喧嘩になることもなく、なるべく順番に並ぶ民が増えたようだ。
元はウチが屋台を出したときに始めたことだが、警備兵が他でも行列を指導して実施しているからだろう。決まりがあるのならば従う人もいる。割となんでもありなこの時代なだけにそれが嬉しく感じた。
ああ、長尾景虎一行はしばらく武芸大会を見物したのちに夕方になる前に出発したそうだ。今日のうちに熱田に入り、主上の和歌を見たいそうだ。
「驚いておったようでございます。何故、このようなことをしておるのだと」
資清さんはオレの代理で清洲城の宴に参加している。大会期間中は来賓も多いからね。オレは毎日出なくていいということで今日は資清さんに出席をお願いしている。
望月さんが代わりに一日の報告をしてくれているが、長尾家の人たちの様子に思わず笑い声が出そうになる。
「理解出来ぬのであろうな。越後もよう荒れる国じゃ。先々代の長尾為景殿が主家である上杉家を討ったこともある。家臣や国人衆の謀叛も多く、下剋上の気風の強い国と言えよう。これだけ大勢の人が集まっても争わず血を流さぬなど驚くどころの話ではあるまい」
ウチでも真柄さんや本戦に出ている家臣のお祝いを兼ねて宴をしているが、塚原さんが越後について教えてくれた。
確かに景虎は凄いんだけどね。でも越後は、逆に言うと他にまとめられる人がいないとも思える。
「上洛か。懐かしいね」
オレたちが上洛したのが二年前になる。あれからいろいろと変わってしまった。近江では六角定頼さんが亡くなり、周防では大内義隆さんが亡くなった。
今でも思い出すことがある。オレたちが観音寺城を出発する際に見送りにと出てきてくれた六角定頼さんの顔が。
細川晴元は史実にはない若狭に逃亡して今も三好に対抗しようとしている。
足利義藤さんはここにいて、今の世の中とまったく違う新しい時代を願っている。
景虎と義藤さんは会わせたほうがよかったのかもしれない。とはいえそれはオレが決めることではない。もっといえば清洲城に立ち寄ってくれると話が出来て良かったんだけど。
まあ、またの機会もあるだろう。長尾景虎は武田晴信のように我欲で約束を破るような男ではないと歴史からは見て取れる。
「少し気になることがあるわ。無量寿院の末寺の幾つかが米を買い集めているの。昨年の野分と一揆で、どこも蓄えが少ないから当然と言えば当然なんだけど。それと雑賀から武器と鉄砲も買っているみたい」
景虎に思いを馳せていると、蟹江から来ているミレイが気になることを口にした。
米か。織田はあそこには売っていない。売るとすれば大湊か宇治山田あたりだろう。この微妙な時期に量を売るとすると宇治山田か。大湊ならこちらに一報くらい入るはずだ。
「うーん。後手に回ったかな?」
無量寿院、あそこは織田の商品を畿内に横流ししている疑惑を先日シンディから教えられたね。ただ、あの件はまだ動かしていない。飛鳥井さんが仲介しようとしている時に、商人とはいえ無量寿院に繋がりのある者を締め上げれば余計に情勢が悪化する懸念があったからだ。
無量寿院の態度に織田家の中には荷留でもしてこちらの意思を示すべきだという意見もあるが、それも止めている。
気持ちは分かるが、こちらに分がある交渉である以上は下手に動く必要がない。公家である飛鳥井さんの面目も潰したくないし、無量寿院が暴発するならそれを待つほうがいい。
ただ、具教さんの耳には入れておくか。無量寿院の意思は交渉による解決で間違いないと思う。ただ一部の過激な坊主はそれを良しとせず、内部で主導権争いがあるのは掴んでいるんだ。
甲斐と信濃では今川と武田が今年も戦をするみたいだし、どこもかしこも血の気が多いね。ほんと。
Side:吉田重政
武芸大会か。見渡す限りの人がおる中で己の技を曝け出すようなことをしておるとはな。聞いたときには今ひとつ理解出来なんだ。
己の技は流派の秘伝であろう。それを見世物にするなど愚かなことをと思うておったが。
尾張美濃で名の知れた弓の使い手である大島殿と太田殿が、互いに己の技を曝け出しておる姿に驚いた。
片や美濃の国人で片や尾張の久遠家の家臣だと聞いた。そのふたりが談笑しながら互いに競う姿に信じられぬとしか思えぬ。
敗れれば己の恥どころではない。流派の恥であり御家や主家の恥となるのではないのか?
かの者らばかりではない。刀、槍、無手、鉄砲など多くの技を競うておったのだ。誰もが隠すでもなく己のすべてを曝け出してな。
近江から来た者らは皆呆気に取られておったわ。なにを考えておるのか理解出来ぬのであろう。
「八郎殿。そなたは近江の出と聞いた。ひとつお教え願いたい。敗れた者が己を恥じぬのは何故だ?」
宴の席で酒を注いで回っておる者にそれを問うてみた。滝川八郎、甲賀の出だと聞く久遠家の家臣だ。その名は都にも知れ渡っておるという。分からぬも恥なれど、分からぬままにしておくのも恥だ。
酒の席で問うくらいならば構わぬであろう。
「さて、それは各々に訳がございましょうな。某の知る者などは、敗れれば己の未熟さを知り、さらに強くなる好機だと言うております。もう少しお教えいたせば、織田では互いに切磋琢磨し強くなるべく精進しておるところ。命ある限り己を高める先はある。そのようなところでございましょうな」
わしだけではない。周囲の六角家の者も八郎殿の言葉に静まり返っておる。
もっともな言い分ではあるが、そのような戯言がはたして通じるのか? 立場や身分を問わず本気で競えるものなのか? 身分ある者に勝てば後で恥を掻かされたと恨まれよう。それが世の常ではないのか?
「ここでは某のような余所者の素破ですら、こうして温かく迎えてくれております。それがお望みの答えではございませぬか」
この者が……、あの素破だというのか?
「八郎殿の立身出世は己の力量であろうに」
「いかにも。仮に大殿からお声がかかっても久遠殿が手放さぬであろう」
「いやはや、そう持ち上げてくださるな。勘違いしてしまいそうになりますぞ」
返す言葉が詰まったとき、話を聞いておった織田の者が笑いながら声を掛けておった。
信じられぬ。新参者の陪臣がここまで尾張者と親しくなれるものなのか?
わしも試してみたい。
己の磨いてきた技がいずこまで通じるのか。父から継いだ吉田流の弓の技が天下一であると証明してみたいと思うてしまう。
されど、わしは六角の家臣であり吉田流を背負うべき者。それに六角には織田のように考える者はおらぬのだ。万一負ければ家中から嘲りを受けるだけでなく、御屋形様のご不興を買うてしまうやもしれぬ。
出来ることではないな。
ここは全く別の異国なのだ。近江ではない。諦めるしかあるまいて。
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