第1126話・第六回武芸大会・その四

Side:吉岡直光


 賑やかな祭りだ。都では細川と三好の戦でまた都が焼かれるのではと戦々恐々としておるというのに。この国はこのようなことをしておるとは。


「しかし、よう出られる気になられましたな」


「技を隠し、負けを恐れる程度の者は、武芸を蔵にでも仕舞うておけばよいのだ」


 昨夜の宴で親しくなった柳生殿と試合前に少し話す機会を得た。吉岡の名は父上がさきの公方様に仕えて名を上げたことで尾張でも知られておるらしい。


 この武芸大会とやらは他国の者も拒まぬが、名のある者はあまり来ぬという。己の技を知られるのをおそれ負けを恐れるのだ。


 くだらぬとしか思えぬ。武士が家柄や地位に固執して、本分と言える武芸を疎かにするなど言語道断と言えよう。


 もっとも当家では道場を開き、意志ある者には教えておるのだ。今更知られたとて困ることでもない。


「辛辣ですな」


「名のある武芸者とて、いつか敗れる日も来るものだ。それが遅いか早いか、それだけのこと」


 尾張に興味を持ったのは、あの塚原卜伝が尾張で女に負けたと聞いたときだったか。


 驚きはない。誰もがいずれは敗れるもの。驚いたのはそれを隠しもせずに女に師事したということか。


 歳なのかと思うたが、そうでもないと聞いたときにはにわかには信じられなかった。尾張でも負けたのはその一度だけだと聞いたら尚更な。


 わしには公方様に仕えるという道もあったが、公方様はあいにくと病ということで観音寺城から動かれぬ。家業の染物業のこともあり、一度尾張を見ておきたいと遥々来たのだが、来てよかったと思う。


 この戦乱の世で、これほど面白き国があるとは思わなかった。都にも畿内にも興味を示さずに己の国だけを栄えさせておるとはな。


 武芸も盛んで強い者が幾人もおる。こういう国の在り方もあるのだと感心するばかりだ。


「さて、次の相手は誰であろうな」


 名を呼ばれたので柳生殿に一声かけて試合場に向かう。


 敗れても構わん。今一度、面白き相手と手合わせ出来ればな。


 オレは名を残そうなどと思わぬ。今このときを楽しめればそれでいいのだ。




Side:奥平定国


 第二試合もなんとか勝って一息つく。この一年、武芸を教えながらも己の技を磨いていたのだ。今年こそなんとしても柳生殿に勝ちたい。


 飯を食う銭もなく、ただこの武芸大会に懸けていた昨年からわしも変わったが、三河も変わった。


 奥平本家が織田に臣従をするという。本家の殿は昨年から考えていたのだと、先日尾張に来た際に教えてくれた。


 長兄と次兄には疎まれておったわしだが、本家の殿は昔から目を掛けてくださっておった。父は土佐姓を名乗っておったが、些細なきっかけで長兄にわしは土佐姓を名乗るなと言われた際には、ならば奥平姓を名乗るがよいと本家の殿が許しをくださった。


 尾張に来てからも織田に仕官した祝いをくださり、奥平家の者として恥じぬようにと、ひとつ上の兄と他にも人を寄越してくれた。


 無論、奥平の殿にも恩情や義理以外の考えがあったのだろう。今川がすでに駄目だと考えておれば織田への伝手を求めても不思議ではない。


 長兄と次兄の一族は相も変わらずわしを罵っておるらしいが、奥平の殿はそれどころではないと教えてくださった。


 領内の民が織田の地のように飢えぬ暮らしをしたいと願い、羨んでおるのだとか。東三河の他の国人らも粗方織田に鞍替えする動きをみせており、最早いかんともしようがないのだとか。


 役に立ったか分からぬが、わしも平手様にとりなしを頼んでおいた。同じ一族なのだ。無下にも出来ぬからな。


 長兄からは昨年の武芸大会のあとに絶縁する書状が送られてきた。奥平の殿は無視してよいと言うておるがな。


 それどころか先日には奥平の殿から娘を妻にせぬかと縁談話までいただいた。わしは新参者で織田での立場も決して高いわけではないとお伝えしたのだがな。


 わしには過ぎた縁談ではあるが、仕える平手様のお許しを得ずにわしの一存で決めるわけにはいかぬゆえ、少し考えさせてほしいと申して返事はまだしておらぬが。そもそも奥平家が織田家への臣従を許されるのか分からんからな。


「おお、奥平殿! 勝利おめでとうでござる!」


「これはとうの方様。ありがとうございまする」


 次の試合まで刻限があるので少し市の出ておる所に行くと、久遠家の刀の方様と忍の方様と出くわした。


 刀の方様は日頃から男のような袴姿で刀を腰に佩いておられることからそう呼ばれており、忍の方様は背中に刀を背負い、己は忍びの者であるとよう言うておられるので、そう呼ばれておるのだとか。


「お祝いに焼き鳥をあげるのです。美味しいのですよ」


「はっ、かたじけなく。いただきまする」


「頑張るでござるよ」


 忍の方様からいただいた焼き鳥を食べながら市を歩くと、昨年はこの市の美味そうな匂いが空きっ腹には辛かったことが思い出される。


 わしのことがあったからか分からぬが、今年は他国からの武芸者が泊まる所が用意されたそうだ。なんと驚いたことには飯も出された上に銭もかからぬというではないか。


 無論、大会出場者に限るがな。敗れた者は宿泊所を出ねばならぬが、銭がない者は働き口を世話してもらえるし、運が良ければ仕官の道もある。おかげで食い扶持のない浪人が騒動を起こすのが減ったと言うていたな。


 このようなことをする国が他にあろうか? あるはずがない。


 励まねばならぬな。織田家のため斯波家のために。このご恩を返すために。




Side:北畠具教


「難しきことよな。寺社というのは己ら以上の者はおらぬと思うておるからな」


 武芸大会を見ながら、尾張介殿から無量寿院の動きについて教えられた。織田の荷を密売し利を上げており、武具や兵糧を買い集めておる者が僅かにおるとか。


 飛鳥井卿が来ておるようで織田から動くことはないが、万が一の際には兵を出すという。北畠家も狙われるかもしれぬので気を付けてほしいということだが。


「祈るべき相手は神仏であって坊主ではない。かずが言うておったことだがな。織田では一理あるという者が増えておるわ」


 確かに一理あるな。上の者がいかほどの者か知らぬが、下の者は俗世にまみれておるからな。そのくせ仏に仕えておるのだからと、己の地位を高くしておかねば気が済まぬ者らだ。


 無量寿院はまだ大人しいと思うておったが、そうでもなかったらしいな。


 念のため長野家の者らに釘を刺しておくか。あそこの家中には親しい者もいよう。銭を寄進するくらいならば構わぬが、肩入れし過ぎることだけは認められぬ。


 中には俗世に関わらず神仏に祈る坊主もおるからな。その者らが上手く寺をまとめてくれるとよいのだが。


 しかし滑稽こっけいだな。仏を崇める寺社が末寺や民から見放されて、武士である内匠頭殿が祈りを集めるとは。


 神宮の者らも、うかうかしておられんと考えて当然か。されど、『祈るべき相手は神仏であり坊主ではない』、この言い分は少々危ういな。


 道理であるが、寺社がそれを許すとは思えぬ。


 その昔は寺社よりも武士のほうが非道な治め方をしておったと聞いたことがある。織田はそのような頃とは違うからな。


 民の信を失った寺社がいかなる道を辿るのか。それ次第ではこの先面倒なことになるやもしれぬぞ。





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