第1123話・第六回武芸大会・その二
Side:久遠一馬
武芸大会、これをきっかけに広まったものもある。
一例を挙げるとすれば、スポンサーか。この時代、銭は卑しいものだと高貴な人は考えることもあり、商人は見下されることが多い。ただし織田領では武芸大会のスポンサーになることで、宣伝ばかりか織田家と尾張にそれだけ貢献していると示すことが出来る。
大きく変わってはいないが、それだけで信用されるのが今の尾張だ。
他には大会くじ。方式としてはスポーツくじに近い。これは初回から行なっていて河川の治水をする費用として貴重な財源になっている。当たれば銭が手に入り、外れても河川の改修に役に立つという名目がある。
寺社なんかは寺院の改修費用を捻出するために真似したいという話もあったりするし、他にもくじをやってはという話もあるが、今のところは許可をしていない。こういうのは公正にやって信用が大切だということもあるし、ギャンブルは社会に与える悪影響も考慮しなくてはならないからね。
ただ、禁止までは出来ていないので様子を見ているところだ。
あと土岐頼芸の家臣が子供を斬り殺そうとした事件以降、お祭りでの刃傷沙汰は厳禁だという風潮も広まったのも尾張の治安改善に役立っている。
近年では主上の和歌の影響がなにより大きい。雲の上の存在である主上から毎年和歌が届く。それだけで斯波家と織田家の権威が大いに上がる。今年で言えば飛騨の姉小路家や東三河の国人衆の臣従にも少なからず影響があっただろう。
それと忘れてはいけないのは書画や工芸品だ。今年も昨年と同様に書画は津島で行なっていて工芸品部門は蟹江で行なっているが、織田領内外の多くの人たちが注目をしている。
「いいね。みんな楽しそうだ」
まずは領民が出場する短距離走から始まる。団体競技では玉入れや綱引きは人気で今年も参加者が増えた。男性ばかりではない。女性の参加者も多い。勝ち上がれば褒美があることもあるし、この時代の一般の女性はおしとやかにとかそういう価値観はあまりないので積極的に参加する人も多いんだ。
武芸大会も数年行なっていると人気のある選手が出ると大いに盛り上がる。短距離走なんかはふんどし一丁で走る人が多くなったとか、みんなどうやって勝つかを創意工夫している。
「騒ぎを起こす者は減りましたな」
「そうだね。それが一番良かったと思うよ」
本陣に入る報告も最初の頃と比べると変わった。資清さんは人々が変わっていることを実感出来るのか、少し嬉しそうだ。
「しかし、こうしてみると領内の者と余所者がすぐに分かりますな」
「確かに、東三河の者などすぐにわかる」
一方、今年も本陣で働いている義龍さんと広忠さんは出場者を見て興味深いことを口にした。
いやね。尾張や西美濃や西三河といった以前から織田領だった者たちは小綺麗になっている人が多く、のびのびと競技に参加したり応援をしたりしている。
領外の人にも応援が送られたりするが、逆に戸惑ったりどうしていいか分からない顔をする人が多い。まあ本戦に出ている余所者は少ないので戸惑うのもわかるけど。
少し話は逸れるが、織田領では古着屋があっという間に増えて人気だ。絹織物の着物は相変わらず高級品であり武士や裕福な人たちのものだが、それでも信秀さんが褒美なんかで配ったりウチも贈り物として配っていることもあり、もらった人たちが自分たちの着ていた着物を家臣や身内に与えたりしているので着ている人が増えている。
領民は越後から買い求めている青苧や、ウチが持ち込んでいる綿織物の着物が主流になりつつあり、着なくなった着物を古着屋に売っていることで繁盛しているみたい。
流行や好みもあるんだろうけどね。他国と織田領だと領民の見た目も確実に変わっている。
この調子で新しい領地も同じように変わってくれるといいんだけど。
Side:京極高吉
なんじゃ。この騒ぎは。武芸を見世物としておるのか?
武士も僧も民も入り乱れて楽しんでおるではないか。
目の前に出された膳には、初めて見る料理や久しく見ておらぬ贅沢な品が並んでおる。若狭の管領が見れば如何な顔をするであろうな。ふとそんなことが頭によぎる。
ああ、気分がいいのは六角家の者らが小さくなっておることか。戦でもない見世物の祭りにこれほど人を集められるのは斯波と織田に力があるという証。北近江を制して我が世の春だと言わんばかりにいい気になっておった者らじゃからの。
「御屋形様、さあ一献」
「ほう、これは美味い酒じゃ」
わしの席は三木家の隣に用意された。六角の者らと離れた席であることは感謝する。朽木や若狭ではお目にかかれぬ透明な焼き物の盃で金色酒を頂く。
商人が管領に献上した品を少し頂いたことがあるが、あれとは別物じゃの。味がまったく違うわ。
「尾張ではこのような祭りをやっておったのか」
「春には桜を見て祭りをし、夏には花火という夜空に華を咲かせる祭りがありますな。冬には烏賊のぼりを上げる祭りがあるとか。他国が羨むほどの祭りがまだまだありまする」
綱を引き合う民を見て、三木にこの地がいかになっておるのかと問うてみるが、信じられぬという一言に尽きる。
都でも荒れておって苦労しておると聞き及ぶというのに。
「武衛様と内匠頭様はもとより、この地では久遠様も決して怒らせてはならぬ相手と言われております。美濃の守護家であった土岐家が追放されたのは、土岐家の家臣が久遠様の奥方様に刀を向けたことが理由だと聞き及びます。御屋形様には敵わぬでしょうが、御心に留め置いていただけるとよいかと」
「あい分かった」
この場には幾人かの女がおる。織田の奥方衆のようだが、その中でもひとり目立つのは髪の赤い女じゃ。驚きのあまりつい見ておると三木に耳打ちをされた。
案ずるまでもない。他家の者を愚弄する気などないわ。
「久遠というと南蛮船の主か?」
「そうでございます」
「ただの商人ではなかったか」
「日ノ本の外に所領があると噂でございます。家臣というより同盟者とみると間違いないかと。関白殿下も昨年には尾張においでになりお認めになられたとのこと」
若狭におる時に噂で聞いたことがある。下賤な南蛮の商人が織田に取り入っておると。たかが商人じゃと誰も気に留めておらなかったが。
聞いておった話と随分と違うではないか。
聞けば尾張を変えたのはその男であるという。いかに若狭の地が遠いとはいえ、そのようなことも管領の耳には入らぬのか? いや、耳に入っても軽んじて聞き流しておったのであろうな。
六角が主立った者を連れて尾張まで来たのも、もとは上様の勧めだと聞いた。上様は管領に見切りをつけて尾張を頼りとされておるということか。
なるほど、あの管領が尾張を動かそうとした訳がわかったわ。日の出の勢いの織田を六角と争わせて潰し合わせたかったのであろう。あの者は昔から変わらぬ。己以外はすべて将棋の駒のようにしか考えておらなんだからな。
四職の京極家ですらそうだったのだ。斯波や織田とて同じように考えておろう。
上様はお若く心が清らかゆえにそのような醜い謀を嫌われる。管領はなるべくして上様に疎んじられたのであろうな。わしにはもはや関わりのないことじゃがの。
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