第1094話・謀叛のあとに

Side:アーシャ


 夏も終わり、学校では秋の体制に入っているわ。


 牧場村の子たちなんかは、農作業の手伝いで忙しくなり来られない日もある。それと武芸大会もあるのよね。それの準備もある。


「引継ぎはこのくらいかな」


 あと私は産休に入る前の引継ぎをしている。産休自体はもう少し先にしたいところだけど、引継事項は意外に多いの。


「了解。あと、この文化祭ってのは?」


 引き継ぎの相手はギーゼラ。ブルネットの髪をショートにし、シャギーを入れた髪型で瞳の色は翠。小麦色の肌の大柄な女性で年齢は二十六歳。シルバーンの技術・開発担当。その手のことに夢中になると周りのことが見えなくなるのが玉に瑕かしら。


 職人育成のために不定期で技術・工作の教鞭をとっていた彼女に、産休中のことをまかせることにした。


「学校の成果を保護者や領民に見せたいと思って。学校ってどんなところか知らない人が多いのよ」


 学校が始まって数年。未だに試行錯誤の連続になるわ。ただ、各地から推挙されて学問の得意な子がくることもあるし、遥々ここで学びたいと寺小屋の和尚様が連れてくることもある。


 生徒数も増えていることもあり、そろそろ発表の場を設けたいと相談していたのよね。


 時期は武芸大会のあとを予定しているわ。領内から集まった人たちに学校を見てほしいもの。


「へぇ。面白いじゃないのさ。運動会みたいな団体競技をしてもいいし、屋台とか出してもいいね。派手にやろうよ」


 学問の普及は思っていたよりも進んでいる。かわら版のおかげもあって、文字の読み書きに興味を持つ人が増えていることもあるし、寺社がこちらの指示を守り教えてくれていることもある。


 学問だけじゃない。武術や芸術だって必要なのよ。大人顔負けの絵を描く留吉君の例もある。発表の場があれば子供たちの意識も変わるはずよ。


「みんな考えてくれているわ。学徒たちのことも、学校のことも。私たちはそれをまとめていくだけよ」


 私たちがするべきことは、大きな間違いが起きないか見守ることだと思うわ。




Side:石田正継


 北近江三郡の蜂起は思うた以上にあっけなく終わった。


 蜂起した者らの気持ちは嫌というほど分かる。何故、六角に従わねばならぬと不満が多いのも事実。されど……。


「これも世の習いか」


 関ヶ原には北近江から多くの流民が集まっておる。生まれ育った地を捨ててきた者らだ。今日明日の飯すら食えるか分からぬ故に、苛立ち暴れる者や奪おうとする者が後を絶たぬ。


 まだ民ならばいい。国人や土豪の中には、何故織田は援軍を寄越さなかったのだと騒ぎ立てた者もおった。


 おかげで近江生まれのわしや、先に逃げてきた者らは肩身の狭い思いをしておる。


「……石田殿ここにおられたのか」


 わしの役目は関ヶ原に来る国人や土豪の素性を検めること。そこにやってきた一行がわしの顔を見るなり如何とも言えぬ顔をした。


 京極様への挨拶に出向いた隙に下男を脅してわしの城を奪った男だ。思わず斬り捨ててやろうかと手に力が入る。


 よくあること。その一言に尽きる。されど城を守ろうとした家臣らが幾人か殺されたのだ。許すことは出来ぬ。


「これより先は織田領だ。勝手をすれば容赦なく討ち取る。盗人殿のような者らは特にな。以後気を付けられよ」


 苛立つ我が身をグッと押さえて決められた聞き取りを行い、書状にしたためて身分状を出してやる。


「盗人だと! 己! 何様のつもりだ!!」


「大義もなく某の領地を奪った盗人。それに相違あるまい?」


 我慢しようとしても出来ずに、僅かに出てしまった言葉に盗人の家老が怒鳴り刀に手をかけた。


「やめよ」


 主たる男はわしをじっと見て家老を止めた。


「謝罪する気はない。わしは京極家のため家のために動いただけだ」


「御勝手に。某は織田家家臣。役目でここにおるだけ」


 周りにおる織田家家臣らが止めようかと迷い見守っておる。この程度で終わらせるべきであろうな。


 取り立てていただいた大殿や、城を奪われたわし如きに助力してくれた土田家にご迷惑をおかけするわけにはいかぬ。


 願わくはわしの目の届くところから消えてほしいものだな。




Side:久遠一馬


 関ヶ原から治安悪化により警備兵の増員の要請がセレスに来た。北近江からの流民の一部が暴れているらしい。


 関所より近江寄りの村には兵を配置して守っている。とはいえ夜中に収穫直前の田んぼから稲を盗まれたという報告が後を絶たない。


 おかげで少し早いが、刈り取れるところは稲刈りを始めたとの報告もある。早く刈り過ぎると品質が落ちるんだけどなぁ。


「ろくなことしないね。余所者を毛嫌いする気持ちもわかるよ」


「北近江の者らの中には、織田が援軍を寄越さぬせいだと思うておる者もおるとのこと。厳罰に処すべきでございましょうな」


 資清さんの言葉にこの件の難しさを感じる。腐っても管領ということか。北近江の人たちからすると、こちらは管領様の命令を無視した愚か者というところか。


 連中は尾張か美濃で仕官を希望している人も多い。六角には仕えられないが、近江の人からすると東に行けばいくほど田舎になるという認識だ。なるべく都や近江に近い所で様子を見たいんだろう。


 あわよくば何かのきっかけで再蜂起して旧領の奪還が狙いだろうね。


「警備兵と武官、合わせて千五百送りました。罪人は重罪の場合は磔となり、あとは現地で使い潰すことになります」


 セレスは冷静だ。こうなることも予想して準備をしていたんだろう。罪人は島流しという手もあるが、現地の人の処罰感情が高いこともあり、現地で処罰するべきだろう。


「これから寒くなるのになぁ」


「それもあるので早めに討伐します」


 これからはきのこなんかの山の幸が実る季節でもある。あれも地元の人たちの貴重な食料であるし、最近では尾張や近江に売られる品として現金収入にもなっている。


 放置するとそういった山の幸も奪われてしまうんだ。警備犬も送り、現地で軍を編成して賊狩りをすることになるだろう。


「六角もね。こういう人をこっちに寄越さないでほしいんだが」


「難しいですね。行き場がありませんので。六角としても恨みを持つ者は出ていってほしいのが本音でしょう」


 追放された者や田畑を奪われた者。刈田や村を焼かれて流民となった者。治安悪化の原因だし、長年対立していた六角とすると追放しかないんだろうけどさ。こっちにとっては迷惑でしかない。


 エルに相談してみるも、そこまで六角に求めるのは無理か。


 戦のあとに落ち武者狩りなんかあるのもわかるね。生かしておくとろくなことをしない。


「甲賀が協力的なので東海道は使えます。当面はそちらでの移動を推奨するしかありませんね」


 甲賀のプランテーション案。六角も検討しているが、まだ決まってはいない。とりあえずこの秋の収穫を見て決めたいらしい。


 ただ甲賀自体はこちらの動きに協力的だ。ウチからも東海道を使えるようにしたいとお願いしたこともあり、賊が一気に減った。現地の人が旅人を襲っていたところもあるらしいが、それらを止めてくれたしね。


 まあ貧しい地だ。この冬もどうなるかわからないから、場合によってはまた支援がいる。とはいえ東海道が使えると楽なんだよね。


 エルと資清さんと相談してこの冬の支援策を検討することにした。まあ例によってこちらで雇って、報酬を大湊から食料として援助する形だ。


 いろんなところを迂回することで六角も文句を付けないだろう。


 頑張っている六角家には申し訳ないが、こちらはこちらのスピードで動く。


 

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