第1095話・とある初秋の日

Side:リースル


「では、お願いいたします」


 ようやく仕事にひと区切りがつくと、お昼になる頃です。


 一息ついて、体を伸ばします。


「お方様、お昼にしてもよろしゅうございますか」


「ええ、お願いします」


 三食はきちんと決められた時間に食べるのが理想です。さあ、昼食にしましょう。


「あら、終わったの?」


「ええ、終わりました。そっちはどうでした? ヘルミーナ」


「問題ないわ。面倒なのは根回しだもの。先に教えておかないとへそ曲げる人が多いから」


 私のあとに熱田に赴任してきたヘルミーナもちょうど屋敷に戻ってきました。薄紫色のショートヘアをした細身の女性で、今年二十三歳になる戦闘型アンドロイドです。


 元は戦闘部で後方支援をしていた彼女は、戦闘型でありながら諜報活動や組織構築が得意なこともあり、この役目に志願したようです。


 彼女には商人組合の構築を頼んでいます。まったく新しいものではありません。大湊にも会合衆があるように、この時代にも商人の組織はありますから。


 とはいえ今まで町単位、国単位で商いをしていた商人たちをひとつの組合とする。言うほど簡単ではないのですよ。熱田衆には熱田という縄張りがあり、熱田神社という寺社と繋がりが深いという歴史があります。


 どこの商人も似たようなものになります。それぞれが対立しライバルになる。領内のどこでも自由に商いが出来るのはウチくらいのものでしょう。それ故に今までは各地の商いの調整をウチでやっていました。


 ただ現状は必ずしも良くはありません。経済とは難しいものなのです。商人たちにはもっと広い視点で考えて商いをしてもらう必要がありますね。


 まずは各地の商人のまとめ役を集めた織田家商人組合をつくる。織田家と久遠家からも人は出します。商人たちに横の繋がりを持たせることは必要ですが、手綱は握らねば勝手なことをする可能性もあるので。


「大湊と願証寺は除外しているけどいいの? 商人からは一声かけるべきではと進言もあるわよ」


「そこは織田領ではありません。独立というのは責任がつきまとうものなのですよ。大湊の会合衆とて理解しているはず。こちらの体制が整ったら正式に教えます」


 ヘルミーナの報告にひと安心しているところですが、懸念は大湊と願証寺ですか。オブザーバーとしての参加は認めてもいい。ですがタダでとはいきません。そこは要交渉ですね。


 もっとも願証寺は勢力圏の桑名が織田領となっているので、あまり影響はないと思いますが。むしろ桑名や安濃津が織田領となり組合に加わると、織田と関わりが深くない宇治山田辺りが慌てるかもしれませんね。


 大湊と違い協力もあまりせず距離を置いていたところです。彼らがこちらの組合に加わるのは現時点ではあり得ないでしょう。


 この組合が整うと、少しは久遠家の負担も軽減されるでしょう。これ以上の負担増加は私たちのみならず商人のためにも織田のためにもなりません。




Side:久遠一馬


 伊勢神宮と伊勢志摩の神宮領について詳細が決まった。今年の年貢を伊勢神宮が集めたあと織田に引き渡すことになる。


 無論、神宮周辺と伊勢神宮が必要だと判断した大湊などはそのままになるが、志摩半島と南伊勢の沿岸部はほぼ織田領となる。これは今後引き起こされる格差への対処を伊勢神宮が無理だと判断したことが大きい。


 安濃津でさえ、検地をおえて再開発計画を立てていることを伊勢神宮にも教えたこともある。志摩半島の検地も終わり次第、織田水軍として防衛と開発計画を進める予定だ。


 ただまあ、検地が出来る文官は育ってはいるが、主に北美濃、東美濃、東三河、北伊勢、中伊勢。これらの地域で検地が現在進行形で進んでいて、順番待ちの状態になっている。


 北美濃と東美濃なんか冬期間は検地も出来ないところが多いからね。山間部は把握するだけでも大変だ。山に住む民とかもいないわけじゃない。


 隠し田があったりして検地に抵抗する所も未だにあるしね。賄賂で見逃してもらおうとする人や、実際に見逃したり過少報告する武士もいないわけじゃない。


 ほんとこの手の攻防はいつの時代も変わらない。織田家でも厳しく対処している。検地の拒否は賦役の参加資格もないし、冬期間の食料支援もない。織田領に入るには関所で税も取ることになるんだ。


 織田領の安い食糧が自分たちにも手に入るのが当然だと思っているのが困る。あれは織田家に従う領民へのものだ。従わないところには他国と同じ値段になる。


「ほら、はーはでござるよ~」


「はーは!」


 賑やかだなと思ったら、すずとチェリーが大武丸と希美と遊んでいた。すずはとうとう大武丸に母と呼ばせることに成功している。


「はーは」


「そうなのです。ははなのです」


 チェリーは希美を抱き抱え、高い高いと喜ばせつつ母と呼ばせて満足げだ。


 ふたりともハイハイは出来るようになっているからね。目を離すとなにをするかわからない。いつも子育て経験のある壮年の侍女さんがついているからいいけど。


「みんな母だと困るよねぇ」


 ジュリアはそんなふたりを見て少し呆れていた。産休に入ったことでジュリアもよくふたりの面倒を見てくれているんだよね。


「無問題!」


「いずれ名を覚えるまでなのです!」


 ただまあ、すずとチェリーも一応考えているみたいだけどね。エルの代わりにお母さんになろうとしているわけではない。


「これからも子供は増えますわ。南蛮の呼び方を模してマーマでもいいかもしれませんわね」


 今日は定期健診があったようでシンディもウチの屋敷にいる。ジュリアともども順調らしい。


 子供になんて呼ばせるか。こういうことひとつでも、こうしてみんなで話していると楽しいものがある。


「ろー、ろー、ぶー」


「あら、ロボとブランカの名を覚えましたのね」


 すずに抱っこされてご機嫌な大武丸は、部屋に入ってきたロボとブランカに嬉しそうに手を伸ばした。すずとチェリーが連れ出したので二匹も追ってきたんだろう。


「ずっと一緒だからね。いないと探すくらいだよ」


 いろいろなものに興味を持ち動き回る大武丸と希美にとって、物心付く前から一緒なロボとブランカは一緒にいて当然らしい。


 シンディは先にロボとブランカの名前を覚えたことが少し残念そうだ。


 ただ大武丸と希美は、お昼寝から起きてロボとブランカがいないと探しに歩くくらいに仲良しなんだよね。


「大武丸、希美。おみやげです」


 学校帰りのお市ちゃんが来ると更に賑やかになる。


 今日は学校で作った折り紙をお土産にもってきたようだ。


「ロボ、ブランカもいい子、いい子」


 お市ちゃんも大きくなったな。このあと牧場にいって畑の作業を手伝うそうだ。エルたちからも学問や礼儀作法に武芸まで教わっている。


 ほんとうにエルたちのようになりたいと頑張っているね。



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