第1093話・秋を前に

Side:久遠一馬


 評定の場は日増しに議題が増えている。


 総奉行を設置して役目を明確にしたことで仕事の効率化は進みつつあるが、同時に各奉行や関係者との調整が激増したことが原因だろう。


 田畑を耕して、慣例に従って税を集めて暮らしていた武士からすると、これほど大変なことはない。


 もっとも旧来の統治では駄目だということを理解してくれているので問題はないが、効率化や優先順位の付け方など教えることはまだまだある。


「では追放された者や流民がさらに増えると……」


 この日の重要事項は北近江の報告と、今後のことについて話すことだ。六角義賢さんからは北近江三郡を鎮圧した直後に、騒がせたことのお詫びと今後のことを話し合いたいという文が届いたらしい。


 城と領地を召し上げられた北近江三郡の者たちがどうするのか不明だ。追放するようだが、一部では帰農を望むだろう。六角がそれを認めるかもわからない。


 ただ、今までの経験から一定数こちらに流れてくる人がいることは確かだ。食料の確保と彼らに働いてもらう場所の選定。また予算の概算と確保など、それなりにみんなで共有するべきことは多い。


 美濃の河川の堤防造りや遊水池の整備で使う予定だが、他に意見があればそちらを優先することもある。


 それと北近江から石田正継さんが尾張にやってきた。史実では石田三成の父親だった人だ。謀叛のどさくさで城を取られたようで、さっさと北近江に見切りをつけて尾張に来たらしい。


 城を取ったところも石田家を家臣化して家を大きくしたかったみたいだが、正継さんは謀叛に勝ち目がないと判断し牢人の道を選んだ。


 尾張には土田御前の実家である土田家との伝手を辿り来た。正継さんはすでに信秀さんに召し抱えられている。ただ関ヶ原にとんぼ返りしているが。


 西美濃衆もそれなりに北近江に繋がりがあるが、あちらの情勢と人をよく知る正継さんは、とりあえず追放されてくる者たちの応対に回ってもらうことになったんだ。


 伝手や血縁があるところに行くのならばいいが、関ヶ原辺りで賊になられても困る。まあ六角への配慮もいるので謀叛を起こした人には隠居してもらう必要があるが、働けて仕官を望む者は召し抱えてもいい。


 正継さんは文武両道らしいし、頑張ってほしい。


 北近江三郡については、六角の支援策を念のためこの場で話し合う。一番の問題は食料不足だろう。派手に刈田をしたらしいからね。青田刈りなんてしてもなにも取れないのに。


 まあ籠城した相手の領地で刈田をして村や町を焼くのは、定番の戦術なんで仕方ないんだけど。


 刈田された田んぼでなんでもいいから植えるしかないと思う。この時代だとカブとか間に合うか。大根も広まってもいいので提案してもいいかもしれない。


 プランテーション案と食料の支援も含めて検討するが、六角がどこまで求めてくるか分からないからね。どうなることやら。


重車おもぐるまでございますが、作業が捗ると報告が上がっております」


 近江の話が終わると、土務総奉行の氏家さんから報告があった。重車、そんな呼び方になったのか。元の世界でいう整地ローラーのことになる。


 地盤を固めることは土木工事で必須なのだが、現状では人が踏み固めたり、杵のような道具で叩いて固めていた。


 とくに技術的に目新しいものではないので、コンクリートで作った整地ローラーを工業村に作らせて試しに使わせていたんだよね。持ち運びが出来るようにローラー部分は分解出来るようにしてもらった。元の世界のバーベルのように必要な分を繋げる形だ。


 今までは大人以外にも子供が土を踏み固める仕事をしていたが、人手が足りなくなると雑用とかに回っていたんだよね。子供には読み書きも学んでほしいし。


 この時代だと川に橋がなかったりするし、ローラーを使うほど整っていない土地も多いけど。とにかく工事の効率化は今後もしていきたい。




Side:ジュリア


 庭で木刀を振るう。日課みたいなもんだね。無論、本気じゃない。体を動かす程度。やり過ぎると侍女に止められるからね。


 正直いうと産休というのは、あまり性に合わない。とはいえアタシが休まないと身分の低い者が休めなくなる。


 人の上に立つというのも難しいもんだね。戦場で指揮しろというのならわかるし、経験もある。でも日常においてもアタシは人の上に立つ者でなくてはならない。


「お方様、宰相様がお越しになられました」


「そうかい、通しとくれ」


 宰相殿は前触れを寄越してから来るまでの時間がどんどん短くなるね。ついさっきじゃないか。前触れがあったのは。無論、お忍びの時に限るけど。


「息災なようでなによりだ。ついさっき聞いたが北近江三郡の戦が終わったらしいな」


「半月くらいか。早いのか遅いのか。六角はこの後どうするのかねぇ。放っておくと数年は荒れるよ」


 土産を貰い、酒には少し早いので茶を出して話をする。


 東海道がだいぶマシになってきたと報告を受けている。それも含めて六角の動きは北畠としても気になるんだろうね。


 今も変わりゆく尾張と、変われぬ伊勢にもどかしさを感じている様子だ。こうして定期的に尾張に来ては学べることを学び、領地に生かそうとしている。


 とはいえ、早々出来ることは増えないし、成果も出ない。難しいね。


「管領殿がわしにまで文を寄越した故、如何なると思うたが。その程度か」


 やっぱり北畠にも文を送っていたんだね。山城守殿や伊勢守殿にも文が届いたくらいだから、そうだろうとは思っていたけど。


「それが管領の政と言えばそうなんだろうね」


「争いこそ政か。今の世を生きる武士としては当たり前すぎて面白みもないな」


 六角と三好の包囲網でも作りたかったのかね。北畠は余裕がないと返事して誤魔化したらしいけど。


 北畠に余裕がないことに嘘はない。プランテーションを始めたので改革は始まっているけど、一揆の時に神戸の救援をしたことと、立て続けに長野との戦もあった。正直、余裕はないはずだからね。


 北伊勢の桑名にでも屋敷がほしいようだけど、それもあまり進んでいない。大湊あたりから銭を借りることも出来るけど、無計画に借りるのは止めたんだよね。


「今年の武芸大会には家臣を出来るだけ多く連れてくるといいよ。腕に自信がある者は出場させればいい。まずは家臣たちを領地から出して尾張の様子を見せることが先決だね」


「そうか」


「気付く奴は気付くもんさ。織田だってそうだったからね」


 文治派は理屈で従えればいい。でもね。武闘派はそうはいかない。新しい環境に放り込むほうがいいんだよ。強制的に。


 稀に自分から飛び込んでくる奴もいるけどね。佐々兄弟のように。


 一所懸命に生きるのも悪くない。でもね。力に自信のある者ほど、広い世の中で名を売りたいと思うものだからね。


 北畠家だって変わっていくはずだよ。その背中をほんの少し押してやれば。






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