第1058話・久遠諸島滞在中・その七

Side:久遠一馬


「ハーイ、せっかくだからここでお昼にしましょう!」


 皆さん、何故か砂鉄集めに夢中になっているが、そんな中、シェヘラザードが島の女衆を連れて砂浜にやってきた。


 それはいいんだけど、持ってきたアレってさ。


「それ、なあに?」


 流石にお市ちゃんも知らなかったか。そんな道具に皆さんの視線がさらに集まる。


「これでね。味噌汁を作るのよ」


 お市ちゃんがキョトンとしているが、シェヘラザードは運んできた道具を組み立てていく。その道具と形にお市ちゃんばかりかみんなが首をかしげている。


 それは元の世界でソーラークッカーと呼ばれているものだ。硝子と鏡はすでに尾張にもあるからね。超高級品だけど。形はパラボラ型だ。


 もちろんそれだけだと物足りないので、バーベキューの準備もするらしい。もともと今日のお昼は外で食べようと思っていたんだよね。ソーラークッカーは予定になかったので、実験に合わせて急遽準備したんだろう。


「火を使わずに味噌汁を作るのか!?」


「ええ、そうよ。実用には難点もあるものですわ」


 設置したものを見せると、思わず皆さん驚いている。声を上げたのは、佐々正次さんだ。まあ使い方次第では使えるんだろうが、シェヘラザードはそこまで便利な物ではないと苦笑いしている。


 そういや前の世界では、ペットボトルを黒く塗って日中に太陽光で水を温めてお風呂とかに使う節約術見たなぁ。この時代でも夏の日差しでものが熱くなるのは知っていることだ。それを活用することは出来ていないが。


 メインは海産物だ。島の近海で獲れる魚貝を砂浜で焼く。ああ、水着でも持ってくれば海水浴が出来たんだけどな。


「まことに火を使わずして味噌汁が出来たか」


「昼間しか使えないのと、お天道様の日差しが強い時しか使えないので、こうして実験するくらいにしか使えませんけどね」


 味噌汁の具は豆腐だ。豆腐ならそこまで煮込む必要はないから完成するのが早い。


 何台ものソーラークッカーを使ってみんなに味噌汁を配り始めると、義統さんが信じられないと言わんばかりに受け取った。


 現在、ソーラークッカーは鏡で作っている。本来はアルミやアルミホイルでも作れるものだが、この世界ではまだアルミは一般的な材質ではないからだ。


 これソーラークッカーの素材を変えたら日ノ本でも使えそうなんだけどね。人が生きていく上での燃料の問題は割と深刻だ。


 ガスが一般化するまでは木炭が主流になるだろう。織田領では知多半島から植林も勧めているし、竹炭を生産するべく竹林も増やしている。とはいえ史実以上に人口増加も見込まれるので、海外移民など策は考えているが、このソーラークッカーも庶民に配ることが出来ると燃料の節約にはなりそうなんだよな。


 みんな驚きつつも楽しんでくれたみたいだ。食事を済ませると午後は病院の視察になる。この機会に学校と病院の意義をより理解してくれるとありがたい。




Side:吉良義安


「暑いな」


 夏は暑いものだ。日に当たったところは熱くなる。そのようなことわっぱでも知っておることだ。されど、それで煮炊きすると考えた者は如何程おろうか。


 鏡に拡大鏡に磁石。いずれも軽々しく手に入るものではないが。されどあるものをいかなるものなのかと考え、新しき使い方を探すのか。


 同じことが出来るとは思わぬ。されど己の所領の外へと人を遣わして、常に新しき知恵と品物を探す。そのくらいはわしにも出来たはずなのだ。


 東西に分かれて争いなどせずに外に目を向けておれば……、あるいは。


「ここがこの島の病院でございます」


 飯を食うて案内されたのは病院だ。今では尾張のみならず三河でも知られておるところ。安祥には医師がおり、病院と同じく診てくれる。ほかにも領内を回っておる医師がわしの領地にもきたことがある。


 重い病になれば那古野の病院に送られて治療を受けると聞く。


 建物は木造で、尾張の病院よりは年季が入っておるのがわかる。


 このような島では薬を手に入れることとて大変であろうに。それを民に施すとは、内匠助殿が民に甘いと思うのは今も変わらぬ。


 もっとも民からすると、そのような領主のほうがよいのであろうがな。吉良領ですらそのような噂があるという。昨年の野分で矢作川が氾濫したあと、内匠助殿とその奥方が朝から晩まで働き救おうとした。


 吉良領の民らは、落ち着けばあそこが久遠家の領地になるのだと喜んでおったというのだ。その後、直轄領になったところはまだよかったが、吉良領として残ったところは残念だと嘆いておるというほど。


 最早、吉良家というだけで挙兵しても民は集まらぬのだ。織田は恐ろしい。名門吉良家からすべて奪ってしまうかのようだからな。


 もっともそんな内匠助殿の甘さや織田の大殿の温情がなければ、吉良家など遅かれ早かれ滅んでいたであろうがな。


 あの愚弟もこのような穏やかな地で生まれ育てば、あそこまで恥を晒すこともなかったのであろうか?


「がんばって!」


「もうすこしだ!」


 ふと病院の中を見聞しておると、幼子らが六十か七十近い年寄りが歩くのを助けておる姿が見られた。


「あれは……?」


「ああ、あの爺様は足の骨を折りましてな。幸い骨が継げましてああして歩く訓練をしているところなのでございます」


 苦しそうに歩く年寄りが少し驚きであった。この島であれほど苦しそうな者を初めて見たからでもあるが、もう歳なのだ。民を大切にするならば寝かせておいてやればいいものを。


「己の足で歩くことは、幾ら歳を重ねても必要なこと。長生きするためには」


 案内してくれておる若者に問うたら、いつの間にか近くにおった薬師の方がわしの疑問を察して教えてくれた。


「長生きか」


 年寄りは寝ておればいいというのは間違いということか。なんとも難しきことよ。


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