第1056話・久遠諸島滞在中・その五

Side:久遠一馬


 翌朝、早朝から鍛練をしている人たちの姿が見られた。


 長い船旅であったことで体が鈍っていることもあるのだろうが、やはり武士の本懐は武芸なのだろう。みんなイキイキとしているように見える。


「久方ぶりですから無理はしないように」


 ウチの家臣も一緒にやっていて、セレスが付き合うように指導している。石舟斎さんもいるし、清洲城ではたまに見かける光景なんだけどね。


 オレもたまには鍛練をする。基になる技術は睡眠学習で学んだのだが、定期的な鍛練はやはり必要になる。まあ。今日はいろいろとやることがあるので参加しないが。


 メルティやアイムとシェヘラザードたちと、今日の打ち合わせをする。まずは学校と病院の視察を予定している。こちらは職人衆たちも一緒だ。


 そもそも久遠諸島では上陸後の防衛はあまり想定していない。城や防衛施設の見学ってあまりするところがないんだよね。港には敵船を攻撃する大砲とか置いてあるけど。


 尾張でも教育と医療の大切さはみんな理解している。少し大げさに言うと先進地の視察をしたいという要望ももらっている。


「そういえば学校ってどんなのだっけ?」


「元の世界の学校に近いわ。でも島の規模に比べると生徒は多いわね。各地の優秀な子を集めていることにしているから」


 よく考えてみると報告で受けたが学校を直接見るのは初めてなんだよね。オレも。


 アイムに教えられて、今はオレたちだけだからと密かに映像で確認する。視察にはアイムとシェヘラザードに同行してもらうが、オレも最低限知らないとおかしいし。


 校舎は木造と煉瓦造の双方がある。古い木造建築の校舎と比較的新しい煉瓦建築の校舎になる。


「基本的に生涯学習が私たちの理念よ」


「尾張でも学僧とかそういう人がいるし、理解はしてもらえるかな」


 教育理念は生涯学習。義務教育とも言うべきものもあるが、子供からお年寄りまで勉強と研究をしているというのがこの島の教育らしい。


「じゃ、朝ご飯を食べて視察に行くか」


 この日の朝ご飯は鯨ベーコンと新鮮なマグロの刺身をメインにした。マグロはシビと言われてあまり好まれないが、まあ気にする人はいないみたいだね。ウチの料理が変わっているのは今更だ。


 しかし、この時代の人は本当によくお米を食べる。朝から何杯もお代わりして見ているだけでお腹いっぱいになりそうなほどよく食べると視察に出発だ。




Side:斯波義統


 穏やかな島じゃの。一馬らが当初、警護の者もなく出歩いておったというのがよくわかる。今でも刀や脇差を持つのは必要な場のみだ。


 尾張介がこの島に来た時に、一馬を尾張に連れていってよいのかと悩んだと聞いたことがあるが、さもありなん。


「人は愚かな争いをせねば、これほど変わるものか?」


「そうではありませんよ。ここは狭い島であることと、力を以って争うことが理に適わぬ治め方をしているんです。競い争って、新たな道を探すのは変わりません」


 ふと問うてみたことに、一馬は少し困ったように笑みを見せつつ答えた。


 父上が今川に無様に敗れたことで斯波家は終わっておった。若い頃には敗れた父上を憎み、勝手をする家臣らを恨んだこともある。


 内匠頭とて、これほど信のおける男だと思うたのは、一馬が尾張に来て清洲を攻め落としてからだ。


 戦など愚かなことではないのかと思うようになったのは、ここ数年じゃがの。


「争わねば生きられぬのか。業が深いの。人というのは」


 出来うる限り無駄な争いを避けて、せめて血を流さぬようにと考えるべきか。日ノ本の中でもこの有様だ。外も決して平穏な国ばかりではあるまい。


 この世のすべてを制して争いをなくすなど出来ることではあるまいな。


「ここがこの島の学校でございます」


 ああ、堀も塀もないのだな。この島は海で守り、海で生きる。中で争いがないならば学校に堀や塀はいるまい。


 学び舎は幾つかある。幼い子らが学ぶところや、より道を極めんと学問を追求する者の学び舎もあるのか。


「各地にある開拓地からも、優秀な者が学びに来ます。当家では、生きとし生けるすべてのことが学問となると考えておりますから。生涯学び、生涯研鑽を積み、生涯教える。それが私たちの学問でございます」


 アイムがそう語る姿が誇らしげに見える。


 学問とはまだ見ぬ新しき知恵と技を見つけること。それは以前アーシャに聞いたことがある。ここに来るとそれがよくわかる。


 日ノ本は昔から大陸に倣い国を治めてきた。されど今になると思うのだ。大陸はいかにして知恵や技を会得しておるのかとな。


 明に船を出すと同行する五山の学僧らは、もしかするとそのような仕組みを知っておるのやもしれぬな。とはいえ秘匿すべき知恵や技を広めて、己らの優位を捨てるなど坊主とてやらぬことだ。


「皆、よう学んでおるの」


 黒板に書かれたものを子らが学んでおる姿が見える。こういう者らが久遠家を支えておるのだ。


 久遠家は、本来は武家ではないという。島や治める地を束ねる王なのであろう。南の琉球などと同じとみるべきか。


 教えを請うた知恵や技の対価。まだまだ足りぬのかもしれぬな。


 一馬らにも守るべき国があり民がある。そこを考えねば斯波も織田も先はないのかもしれん。




Side:アイム


 差し込む夏の日差しと吹き抜ける風。学校には子供たちの楽しげな声が響いているわ。


 司令の元の世界ほど質がよくないけど、ここにも窓ガラスがある。尾張だと貴重なものだけど、島ではそれなりに使われていることにした。


 みんな真剣な顔つきで学校と生徒たちを見ている。最初は必要なのかという声もあったと聞くけど、今では学校の必要性を理解している。少なくとも今回来た者たちは。


「ずいぶんと難しい算術を教えておりますな」


 斎藤新九郎殿が驚いたのは、年中組と呼んでいる十歳前後の子供たちの算数の授業だった。


「算術はとても大切な学問です。正しく数え計算する。それが南蛮船を造るような当家の技に大いに役立っております」


 アーシャが前に困っていたのよね。算数や数学の人気がないと。身分の高い者たちには、銭を不浄なものだと毛嫌いする者たちもいる。


 算術というと銭勘定で使うのだろうと考えて、あまり好まない武士もいると聞いているわ。


 どうしてもこの時代だと学問は大陸から習うようなものばかり。語学や思想などは熱心だけど、科学という概念がないこともあって軽視される学問もある。


「南蛮船に算術が必要だとは……」


 南蛮船に算術がと教えると、武士ばかりか職人の顔色も変わった。


 ウチの家臣と子供たちはそこまで驚いてないみたい。さすがに教育しているだけのことはあるわね。


 農場と果樹園に行くときには温度計を見せて、温度により作物の生育が変わることなんかも、数値をもって教えるのもいいかもしれないわね。


 あと、ちょうどいいから理科の実験でも見せようかしら。簡単なのは教えても構わないしね。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る