第1031話・梅雨の頃
Side:久遠一馬
熱田祭りを前に水軍の再編が終わった。
もともと水軍には大小様々いる。知多半島だけでも大野水軍・常滑水軍・師崎水軍とかいろいろ。伊勢志摩の臣従した水軍を佐治さんの下に織田水軍として組み込んだ。
すでに保有する船に関してはそのまま各家で持ち続けることも可能だが、織田で買い取ることも提案した。
現状の織田水軍では、新造船はすべて織田家の資金で建造されていて織田家所有の船になる。ただし個別に船を持つことまでは否定していない。佐治家では織田水軍になる前に建造した久遠船を数隻独自に保有しているし、小早程度の船は持っている人たちは結構いる。
一部例外があるが、個別所有の船は
南蛮船は織田家とウチ以外は保有を認めておらず、また久遠船は織田家と佐治家しか保有しておらず、ほかの家臣には保有を認めていない。
織田水軍に統合する志摩水軍と伊勢水軍に関しては、当面は海域警備と案内が主な仕事となる。
久遠船に関しては操船方法を教えるので、遠くないうちに彼らにも配備することになるだろう。そうすると仕事も増えると思う。
現状で独立している水軍は、伊勢では大湊の商人兼水軍をしている者など少数で、志摩では志摩半島の南にある沿岸部の近い者たちくらいだ。彼らも別に織田と敵対していないので当面は放置でいいだろう。
織田水軍も今のところは各家単位でまとまっているが、今後は個々の適性や技量で所属を超えた編成をすることが目標だ。
新緑の季節、仕事の合間に大武丸と希美の世話をしたり、ロボ一家の相手をしている。花火大会が始まると余裕がなくなるからね。今のうちにゆっくり出来る時にゆっくりしているんだ。
織田家で一番人材が育っているのはウチになる。教育は偉大だね。アーシャと相談して、学校で文官育成の授業をすることにした。
報告、連絡、相談や、文字を綺麗にかく清書など基本中の基本から教える。はっきり言えば、うちの孤児のほうが使えそうな感じになっている。
報告書を書かせると楷書体ではなく、崩し字や当て字でなんとなく書く。おかげで読むとき間違いがあったりするし、内容もいい加減なことが結構ある。計算をさせると間違うなんて当たり前だ。
更に問題なのが、
それに字が書けるといっても、ひらがなしか書けないとか、そこからまたレベル差が激しい。おかげで清洲城の文官にはお坊さんが多い。
現状でうまくいっているのは、警備兵と忍び衆だ。現在忍び衆は織田家直轄とウチの忍び衆と二組いるが、どちらも学校に早くから通っていた者たちが多いからね。
今までも文官を育てるべく教育していたんだけどね。教育方法や指導内容がまちまちであまりうまくいっていなかった。どうしても家とか一族単位の垣根があるんだ。
文官教育の統一、これは前から議論をしていたけどね。ようやく評定の許可も下りた。
「寝ている赤子を起こしてはなりません」
ああ、大武丸と希美の様子を見に行くと、今日はお市ちゃんと吉法師君がいた。眠っているふたりに手を出そうとした吉法師君をお市ちゃんが止めている。
お市ちゃん、エルたちの影響だろう。年下の子たちの面倒を見たりすることがよくあるんだよね。身分のある子どもは本来、そういうことしないんだけど。
そもそも兄弟や姉妹ですら、母親が違うと会うことすらないことも珍しくない。
ところが信秀さんはウチを見たからか、母が違う子供たちを一堂に集めて食事を一緒にしたりしているから、お市ちゃんが年下の弟や妹と積極的にコミュニケーションを取っているらしい。
それとウチからのおすそ分けとか、よく来るお市ちゃんに渡すこともある。そんな時はお市ちゃんがみんなに配っているんだそうな。
いいのかと思う時もあるが、信秀さんと土田御前は認めていることだ。幼いのに家中の融和を考えていると喜んでいるほど。
「吉法師殿は若様です。若様は皆をまもる立場なのでございますよ」
凄いね。お市ちゃんが、甥っ子吉法師君を教育しているみたいに見える。吉法師はうんうんと頷いて素直に聞いているし。
ふたりの乳母さんたちも微笑まし気に見ているよ。
Side:滝川資清
「これすべて米蔵か……」
那古野郊外に立ち並ぶ米蔵に北畠家の者らが驚き見入っておる。蔵を開けてやるとすべてに米俵がところ狭しと入っておる。
「その昔は
この米があればまだまだ戦が出来る。国人らはそう思うておろうが、流石は宰相様というところか。この米俵のことをご理解されておる。
わしは今日、北畠家の者らを案内しておる。前回おらなかった頑固者や長野家の者らを案内して織田の力と治世を教えるためにな。
「各地の城にも米や雑穀がありまする。織田では常に飢饉や天災に備えておりますれば」
世を知らぬ者らの気持ちはよくわかる。わしとてほんの数年前まではそうだったのだ。まず見せるべきは織田の力だ。
もっとも蟹江の湊に着いた時には、織田の力に恐れおののいておったようにも思えるが。
大きな湊に整えられた道と橋のかかった川、さらに米が有り余る蔵を見て織田の力を理解せぬ者はおるまい。
「あと、尾張では荒れた田畑はすでにほぼありませぬな。ここ数年でなくなりました」
伊勢では野分や一揆に、長年の争いで荒れて放置された田畑も珍しゅうない。されど尾張で荒れた田畑はもう見かけぬな。田んぼに出来ぬところは、春には大豆を植えて秋には麦を植える。
近頃では魚肥が出回っておるので、入会地すら畑にしておるところがあるというのに。
羨ましいと言いたげな者もおる。家柄や血筋を誇る者ほど、己の家ならばもっと恵まれておってもよいのではと思うものだ。
「いざ戦となれば求める以上の兵が集まるのであろう? 伊勢ではありえぬな」
呆けたような家臣らに宰相様は追い打ちをかけるように戦の話をした。
「そうでございますな。されど、ただ多くの兵を集めればよいというものではありませぬ。織田では戦の最中も賦役を止めませぬ。領内をより豊かにするために、残る者も皆、励んでおります」
銭は貯め込まず使うもの。説明されると理解するが、それでもなかなか出来るものではない。民を豊かにすれば多くの税が得られると知っても、民や家臣が力を持つと、己が危うくなると考える者は多いのだ。
「わかるか? 織田は戦をしながらも領内が豊かになり、その気になれば更に儲けることも出来るのだ。我らはこれを学び倣わねばならん」
結局、戦の話が一番ようわかるのだ。宰相様もそれを承知であろう。もっとも年寄りなどは若干不満そうにしておるがな。
強き者に従う。それは仕方ないと思うが、己らの暮らしや長年信じておったやり方を変えるのは抵抗があるのであろう。
民を民草などと呼び、勝手に増えると思う愚か者すらおる。従わねば罰を与えるなどと豪語しておきながら、民の一揆を恐れ城に籠る。
武士とは厄介な者らだと常々思うの。
まあよい。次は武官と黒鍬隊の訓練を見せるか。己らが田畑を耕しておる間にも織田は鍛練を怠らぬと見せねばならん。
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