第1024話・仔犬たちと変化に戸惑う者たち

Side:久遠一馬


 暦は四月に入っている。


「イエーイ! 私の勝ち!」


 今日はみんなで投票を行なっていた。ブランカの産んだ仔犬たちの名前を決める投票だ。毎回結構もめるんだよね。


 結果はパメラが推した『比翼連理』、オス二匹がひされんでメスがつばさあやになる。


 ケティは別の名前を推していたからね。ちょっと悔しそうだ。


 それと山紫水明の四匹が、とうとう里子に出されることになった。さんゆかりが斯波家に里子に出て、あきらが滝川家、みなは望月家になる。


 結果としてウチに残るのは、ロボとブランカと最初の子であるメスのはなとオスのふうの四匹だ。


 寂しくなるなぁ。ケティとパメラなんかは、里子に出さないと言いだしてエルに説得されていた。岩竜丸君が楽しみにしているんだ。


 それに仔犬たちには、ロボとブランカのように家族をたくさん作ってほしい。滝川家と望月家はね。ウチでロボとブランカを見ているから大丈夫だし、斯波家は清洲城にお市ちゃんがいる。


 向こうの家臣も世話になれているので大切にしてくれるだろう。


「クーン」


 オレの気持ちを察してくれたのか、ロボとブランカが近寄り甘えてくる。大丈夫だよ。オレも仔犬たちも。里親はみんないい人たちだから。


 命を大切にという価値観も徐々に浸透している。馬の扱いとか人の扱いが変わりつつあるからね。


 そうそう、佐治さんのところに嫁いだ、お市ちゃんの姉のお縁さんが赤ちゃんを産んだ。男の子だ。佐治さんは嫡男の誕生に喜んでいる。


 史実とはいろいろ変わっているが、偶然にも嫡男の誕生は同じ年らしいね。お祝いにベッドメリーを贈ることにした。


 百日祝いには吉法師君の時と同じように親子の絵でも贈ろうかと思っている。あれも評判いいんだよね。


「殿、北伊勢の末寺について、無量寿院から抗議があったようでございます」


 仔犬たちに名前を覚えさせるようにみんなで呼んであげていると、清洲城から急遽知らせが届いたみたい。ただ、特に驚きはない。


 無量寿院は一向宗高田派の一大拠点だ。あそこの末寺が北伊勢の織田領にもある。


 昨年から織田の統治説明と交渉を末寺に直接していて、こちらに従った寺も多い。


 はっきり言えば残る末寺は孤立している。昨年の野分の被害と一揆の被害が癒えぬまま年を越した。織田に従う寺は織田と連携して復興しているが、あっちは手を出すなという無量寿院の意向もあって関与していないからね。


 飢えるかどうかとなると、結果として無量寿院の命令を無視して、末寺の判断で願証寺に鞍替えしているところが増えているんだ。信教の自由などとのたまうには、400年ほど早いし、織田が口出しすることでもない。


 願証寺の末寺と織田に従った寺は、領地整理と織田の法を守る条件で食料も渡っているし、領民は賦役で少なくとも飢え死にはしていないからな。


「兵を退くまで日和見していたのに抗議までするのか」


「黙っておれば今後も末寺が減りまするのは、避けられぬでございますからな」


 無量寿院とも交渉はしていてかなり難航していたが、長野との戦が始まってから終わるまでは大人しかった。自分たちも攻められるのではと戦々恐々としていたとの報告もある。


 どうも兵を退いたことで抗議を再開したらしい。


 この調子だと願証寺にも抗議をしているだろうし、離反した末寺には脅迫や嫌がらせのひとつもしてそうだな。さすがに織田領内の末寺に兵を出すなんてはしないと思うけど。


 資清さんと望月さんなんかは、放置しておけばいいと呆れた感じだ。そもそも、こちらから話し合いの使者を出して決裂した経緯がある。それでも向こうは食い下がっているけど。こちらが妥協する理由ないんだよね。


「領内の寺社も揺れているしね」


 まあ他所の寺社ばかりじゃないんだよね。問題は。織田領内の寺社でも寺領の整理を検討しているところが出始めている。


 三河以外の尾張と美濃の寺社からは、街道沿いや河川域など必要なところは召し上げたが、それでも広大な寺領はほぼ手付かずになる。織田の法に従うことで寺領の領民は賦役には参加しているが、そもそも寺領の統治には手を出していない。


 今年から大々的にやる米の新品種と新農法も、寺領は対価を払ったところ以外は対象外になっている。


 織田家から頼んだ仕事などは俸禄という形で対価を払う以上は、織田の知恵と技術を得たい場合は寺社側も対価を払う必要がある。新品種と新農法の対価、そこまで安くないんだよね。


 結果として寺領も織田が行う治安維持や教育医療のサービスは受けて進んでいるが、それ以外の統治はほとんど変化がないままだ。


 新品種と新農法の噂は寺社でも有名だし、自分たちもやりたいと言ってくれたところもあるが、対価を必要だと言われて驚いていたところも多い。結局のところお互いになにかを頼む場合には対価がいると、理解していなかったんだよね。


 収量が二割から五割上がるという事実は衝撃らしいが、こちらとしては技術と新品種を渡すには相応の指導もいるし責任も発生する。費用と対価は当然請求したんだ。


 結果として一部の寺社は、三河と北伊勢での寺社と寺領の扱いをみて領地整理を検討し始めた。


 正直言うと、寺領の領民も直轄領化を望む人が増えているということもある。寺領では未だに領民の若い人が村を出ていくのを禁じているところもあって、揉めているところも一部にはある。


 農作業も直轄領では農具や千歯扱きなどを貸し与えたり、人手を融通したり、レンタル牛馬的なやり方で、牛馬の力の運用法を実地に紹介しながら、生産力向上を目指してこちらも協力しているが、寺領には手を出していないことも大きい。


 行政サービスのレベルも違うんだよね。領民はそんなところに結構敏感だ。


 まあ寺社も千差万別だ。寺子屋と病院の派出診療所に宿泊施設として人が多く集まって忙しいところなんかは、領地整理もしてもいいと検討している。


 ただ商業の流れが変わっているので、市や座の縮小で以前より減収のところは寺領を守りたいところもある。割とあくどいことをしていた寺社なんかは、織田と比べ評判が悪く領民が逃げたりして苦しいところもあるんだ。


 もうさっさと織田に従って生きたほうがいいと積極的なところと、今までの領地と価値観に固執しているところに分かれ始めている。


 末端の小さな寺は比較的従順なんだけどね。それなりに歴史と権威があると割と面倒くさい相手になっている。


 こちらから改革案を提示しないと、うまくいかないだろうことはわかっているけどね。


 どこまでどうするべきか、織田家で議論が続いている。




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