第1025話・春の日のこと

Side:久遠一馬


 伊勢志摩を織田が得たことで伊勢神宮との交流も新たな段階が始まった。もともとあの辺りは伊勢神宮の領地だったところも多く、現在も神宮領であるところがある。今後どうするのか、また織田の統治を説明する必要がある。


 格差が広がると不満が出る。理想はこちらに神宮領を渡してもらって、寄進という形かな。ただ神宮とは以前から良好な関係なので話は出来る。今しばらく成り行きを待つことになる。


「かずま殿の番でございます」


 気持ち春の日差しの下、オレはお市ちゃんとリバーシをしている。エルたちと一緒にいる時間が多いせいか、ちょっとおませな子供だ。


 最近は学校に行く日も多いものの、学校帰りには必ずウチに寄っている。


 それと最近、お市ちゃんがオレに嫁ぐと噂になっているのを小耳に挟んだ。歳が離れているのにお市ちゃんがかわいそうだ。さすがに自由恋愛は無理でも、同じくらいの歳の人と結婚して幸せになってほしい。


「今日はなにを学んだのです?」


「和歌を学びました!」


 午後のひと時、学校帰りのお市ちゃんと学校での出来事を話すが、なんかお父さんにでもなった気分だ。いずれ反抗期がくると変わるんだろうな。


 学校にはたまに行ってオレも授業をしている。そんなに難しいこと教えてないけどね。アーシャに頼まれて織田領の統治について話したりしている。あとは命の大切さを教えてもいるね。


 そうそう学校では今年の正月から気象観測も始めていた。ウチで作った温度計とこの時代でも作れる湿度計である毛髪湿度計を設置して、天気と温度と湿度を記録しているんだ。アーシャの提案で領内の各城でも今後気象観測をする予定になっている。


 こういう積み重ねが大切なのはこの時代でもわかってくれる。織田家の体制も落ち着いたことで一歩進めたんだよね。


「あすは牧場村に行くので楽しみでございます」


 ああ、学校の授業として牧場にも行くんだよね。馬・ロバ・牛・豚・山羊・鶏と結構家畜もいるし、牧場の農業についてもある程度は教えるらしい。少し前まで乳母さんを振り回して、好きな所に突撃していた頃が懐かしい。


 生徒も増えたからね。増築した校舎も完成しているので、大まかだが年齢毎で分けた授業が出来るようになっている。


 評判も上々なんだよね、学校。もともと各家で教育をして育てていたが、集団生活という点ではあまり経験を積めない。さらに高度な教育も受けられるということで、武士や商人には評判がいい。


 一般の領民は読み書きが出来ると満足する程度だからね。各地の寺子屋が中心になっている。まあ識字率が上がっているのは朗報だろう。




Side:冬


「妊娠しているよ。まだ二ヶ月だけど」


 熱田に遊びに来たらシンディから月のモノが来ないと相談を受けて診察すると、妊娠していることが発覚した。


 元々、仮想世界のアンドロイドに月のモノはない。この世界に転移してから、次世代継承の最たる印が私たちに現れた。面倒に思う事もあるが、その印は、私たちがこの世界で生きることを許された証のような気がしないでもない。本当のことはわからない。シンディは証を喪ったのではない、次のステップに進んだのだ。


「そうなのですね」


 エルとジュリアに続き三人目だ。もっと喜ぶかなと思ったけど、意外と神妙な面持ちだね。


「嬉しくないの?」


「もちろん、嬉しいですわ。ただ、命を授かったのだなと思うと、なんとも不思議な気持ちですわ」


 愛おしそうにお腹に手を当てるシンディは、かつてより大人に見えた。こっちに来てから落ち着きが出たと評判なのよね。


「それにしても、ここも忙しそうだね」


「ええ、今や日ノ本の商いの中心が尾張と伊勢ですから」


「人、増やすべきだよ。茶の湯の指南役も忙しいんでしょ?」


「ええ、さすがに人がほしいですわね」


 私たちアンドロイドもいろいろとやり方に違いがある。エルのように変わらず役目を果たすタイプもいれば、メルティやシンディのように趣味を生かしたタイプもいる。


 シンディとすれば好きな紅茶の布教をしただけなんだろうけどね。今やシンディの流儀がひとつの形として武士や奥方の嗜みのひとつに、熱田の商人衆の中には商用マナーみたいな扱いにすることで、元祖シンディ流が流儀を発信する最先端の地『熱田』としての格上げを考えるようになっている。完全に堺の向こうを張ったやり方よね。


「またじゃんけんかな? 滞在組、人気なんだよね」


 何不自由ない宇宙要塞よりも、人目がない時はオーバーテクノロジーを使える久遠諸島よりも、不自由な本土滞在が私たちアンドロイドの間では人気になりつつある。


 リーファのように船に乗っていられればそれで満足な子もいるし、好きな研究をしていたいだけの子もいるけど。


 でも、誰が来るんだろう? 私たちは春が上手く立ち回って尾張滞在に成功したんだけど。例外なんだよね。


「侘び寂びの茶の湯も、もう少し皆に知ってほしいですわね」


「ああ、あれね。司令があんまり好きじゃないやつね」


「頭を下げさせるような入り口を無くせばいいのですわ。あとは無駄な格式は不要ですね。あるがままにもてなしの心で十分ですわ。発祥の経緯に思うことがあっても、磨き上げた文化は力。ならばわたくしが負の経緯を叩き潰して、乗っ取るのも一興いっきょうですわ!」


 シンディも本当にお茶が好きだよね。熱田の屋敷の仕事も忙しいはずなのに。


 妊娠の報告はもう少し先かな。でも意外にみんな勘がいいんだよね。すぐにばれそう。




Side:九鬼泰隆


「腹を切らねばならんと思いました」


「久遠殿は腹を切ることなど望まぬよ。罪は生きて償えというお人だ」


 蟹江にある佐治殿の屋敷に子が生まれた祝いを届けに参ったのだが、臣従する際に懸案となっていた海苔の養殖について佐治殿に再度謝罪をした。


 佐治殿は意外にも寛大な様子で、気持ちはわかると言うてくださった。もっともあれは久遠家の技、許すも許さぬも久遠様次第だとも言われたがな。


 夜分に密かに近寄り技を盗み、勝手に模倣した。気性の荒い相手ならば戦になっておろう。こちらとしては、上納金を払えといわれるならば従うつもりであった。ところが久遠様はやめろと言うばかりであったからな。


 もっとも海苔の養殖のいかだを壊されることは考えておっても、さすがに北畠家に臣従する我らを攻めてくるとは思わなかったが。それも今思えば大きな過ちだ。力の差を考えると恐ろしゅうなるわ。


「志摩の水軍衆に恨みなどないが、安易に許しては示しがつかん。大海たいかいの向こうに本領を構える久遠殿も大変なのだ。船と商いがなくば生きてゆけぬ」


「存じておりまする。寛大な処分、感謝しております」


「あまり悲観するな。織田家では我ら水軍と久遠殿の海軍に分けたが、役目も仕事も人が足りぬほどある。暮らしは楽になる。今までと違うのだ、すべてがな」


 志摩の水軍衆の中には臣従をしてよかったのかと案じておる者もおると聞くが、致し方ないのだ。北畠家が戦う気がない以上はな。


 養殖は正式な謝罪と賠償をすることで許してもらった。


 それにしても佐治水軍は、かつては我らと大差なかったというのに、今では関東から久遠様の本領まで、途上の水軍水賊など物ともせず出張って行くという。羨ましいのが本音だ。


 立身出世出来るかわからぬが、働かねばなるまい。俸禄を頂く分くらいはな。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る