第1019話・広がる世界

Side:織田信勝


「なんという町だ」


 叔父上が隠居して、ここで暮らしたいと酒に酔って言っておられたことを思い出す。兄上は尾張を出る前に、ここ久遠諸島を『よう見ておけ』と言われた。


 その訳がわかった。


 少し手狭に感じるが、蟹江の湊に勝るとも劣らぬ湊。『検疫』を受けた検疫所は、那古野の病院と同じく清浄であった。町に続く道に出れば、足元を固めるのは石と南蛮漆喰か? 煉瓦と言うたか。高炉に使うておるあれで建てたらしき家や蔵が幾つもある。共に尾張から来た者らもただただ見入っておるわ。


 これが日ノ本の外である久遠の本領ということか。


「ここで一馬殿は力をたくわえ、大きく成ったのか」


「ええ、そうですわ。本領の島で大きいのはあとふたつくらいかしら? 残りはあちこちにある入植地ね」


 島の皆に歓迎されて一馬殿のまことの本屋敷、清洲に築かれた父上や守護様の館を知る我らにも、目がくらまんばかりの南蛮の様式らしき館に入った。ああ、硝子の窓が見える。日の光が入りここが極楽のようだと噂されたのもわかるというもの。我らはすぐに雪乃殿の案内で島の中を見せてもらうことにした。


 このような島で生き暮らせば一馬殿や雪乃殿のようになるのか。少なくとも日ノ本とは別の世を生きておったと言えよう。


 領内で勝手に戦をする者もおらず、皆が働き食えるところ。一馬殿らが如何な世を願っておるのかわかる気がする。


「私たちはあまり人がいない土地に村を作り、領地を広げているわ」


「苦労しておるのであろうな」


「うふふ、そのような話をお聞きになりたいのならば、年寄りに聞けばいろいろと話してくれますよ。多少誇張されていますが」


「ああ、聞いてみたいものだ」


「では手配しておきます」


 人がおらぬところを攻めるか。それがいかに難しきことか。久遠とて多くの苦労を重ねて今があるのだ。それ故に父上や守護様は久遠家の者らに敬意を払うのであろう。


 皆で多くを学んで帰らねばならん。父上や兄上は一馬殿と共に日ノ本をひとつにするつもりなのだ。私も学び新しき世を築くひとりとなりたい。


「今宵は鯨料理で皆様をおもてなしいたします。名物になりますので。この島では米や肉のほうが貴重なのですよ。鯨は近くの海で獲れるので、いろいろな料理がありますわ」


 見るものすべてが珍しきものばかりだ。尾張にある高炉の小さなものを見た時には、懐かしさを感じたほど。


「世は広いな」


 また船に乗りここに来たいと今でも語っておる市の笑顔が浮かぶ。父上と母上にも是非見せたいと何度も何度も申しておったな。一馬殿は市があまりに楽しいというので困っておられたが。




Side:久遠一馬


 シベリアの奥地、ヤクーツクに拠点を築いたと報告があった。シベリアは基本的にロシアの東進より早く領有化する必要がある。冬にはマイナス五十度にもなるという地域で、まともに拠点を作るのは大変なので人に擬装したロボット兵で造ったらしい。


 先住民族などの人目のないところでは重機も使ったようで、人目があるところはヒグマ型ロボットを使ったみたい。


 ウラジオストクから海岸線部を北上しつつ、アムール川、レナ川を境に東側を勢力圏とした。


 あとで説明が大変になるが、ここで出遅れるとロシアとの争いになるからな。それは避けたい。シベリアはオホーツクとマガダンとヤクーツクを拠点に西に進むことになる。


 この辺りで有名なコリマ金山は手を付けるか検討中だ。まともに開発すれば相当な苦労が待っているのは史実を見ても明らかだしね。ただ、金山があるという情報くらいは残しておかないと、オレたちがいなくなった後に領土の維持をする名目が弱くなるかもしれない。


 あとウラジオストクの拠点が大きくなったみたい。モンゴルとの交易はアムール川近辺でしている。こちらの勢力圏はアムール川の下流域として、モンゴルと国境は接しないように緩衝地帯を置いた。


 そうそう、この辺りにはアムールトラがいる。史実では絶滅危惧種になっていたが、この時代ではそんなこともない。生きた虎を日ノ本の人に見せたいなとも思う。あと虎の毛皮や骨は高級品なので、生息数を管理しながら捕獲するのもいいかもしれない。


 南方はオーストラリアの沿岸部に入植地を増やしている。ニューギニアとニュージーランドは好戦的な原住民族と争いもあったようで、ニューギニアは東半分ほどとニュージーランドは大部分を制圧して支配下に置いてしまったらしい。


 少し離れたハワイ諸島も同様に争いになったらしく制圧している。報告にもあったが、争いになると負けるわけにいかないので必然的に支配した。どうせ放っておくと欧州に取られるかもしれないところだし。


 先に制圧してあるミクロネシア諸島は、グアムを拠点として開発を進めている。現在、流罪の罪人が流されているのはこの地域になる。


 インド洋はマスカリン諸島のみのままだ。ここは当分このままだろう。


 日ノ本近海では北から樺太、千島列島は入植し原住民であるアイヌと共存している。蝦夷は道南以外に入植地を置き同じく共存している。あと蝦夷には史実の小樽と苫小牧を重要拠点にして拠点の整備をした。


 南は琉球に近い大東島と台湾とフィリピンに入植しているが、台湾とフィリピンはそこまで深入りしておらず、領有とは言えない。フィリピンは北部の一部に入植しているだけだ。


 なんだろう。勢力圏だけ見てもどこの帝国だとなるほどだ。現時点だとほとんどの場所で採算が取れる地域じゃないけど。


「それ島の絵か?」


「ええ、市姫様があんまりみんなに楽しいと話すから絵本でもあったらいいかと思って」


 仕事が一段落して屋敷の中を歩いていると、メルティが複数の絵師と共に絵本を描いていた。原本をメルティが描いて、それを絵師の皆さんが模写しているんだ。写実的な絵だが絵師の皆さん結構上手いね。


 お市ちゃんと信光さんには、また行きたいとよく言われる。信光さんなんか隠居してウチで働けばいいんじゃないかと半ば本気で言っていたくらいだ。


 オレが南蛮の間者じゃないかと噂があったことで割と本気で疑っていた人もいたらしいが、信光さんがそれは違うと言ってくれたおかげで噂が消えている。


 隠居を口にしても信光さんの新しい家業は活発で、酒とみりんはすでに量産しているが、最近では醤油と味噌も造ろうかと考えているようで、造り方を教えてほしいと頼まれているんだよね。信光さんの凄いところはきちんと謝礼としてまとまったお金を払ってくれることだ。


 新酒が出来れば欠かさず持ってきてくれるし。実業家としてもやっていけそうに思える人だ。


 しかし、尾張に絵師増えたね。細々とした仕事結構あるらしいから当然と言えば当然なんだろうが。


 メルティに至っては何人か西洋絵画の弟子を抱えている。初めは断っていたが断り切れなかったんだよね。


 シンディはお茶の弟子が何人もいるし。ほんと、人の繋がりってどんどん広がっていくんだなって思うよ。




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