第1017話・帰還と六角の苦悩

Side:六角義賢


「関は織田に落とされ、長野は北畠に臣従か」


 伊勢が織田と北畠にまとまってしまったか。相も変わらず動きが早い。家中からは織田を北伊勢に引き込んだことはよかったのかと問う声もあった。わしが織田に大義名分を与えたのではないかというのだ。


 されど、こちらが織田に頼まずとも願証寺と北畠が頼んだはずだ。結果は変わらぬ。


「伊勢は梅戸を除き、放棄したのだ。騒いだところで如何ともしようがない」


 家中でも重臣は致し方なしという様子か。蒲生下野守は今更だと割り切っておるな。


 誰も口にせぬが、戦をするわけにもいかぬ。如何程の者が気付いておろう。織田のほうが力は上であることに。


 こちらは織田と争えば甲賀と伊賀がいずれに従うかわからぬ。北近江三郡とて怪しい。悔しいがわしでは内匠頭殿と戦をして勝てる気がせぬ。


「まあ、よいのではないか? 織田は東海道を使えるようにしたいのであろう? 八風街道も悪うないが、やはり東海道が使えるならばそれに越したことはない」


 少し重い場を変えたのは後藤但馬守だった。実は織田からさっそく関領の賊の討伐について知らせが届いた。隣の甲賀に賊が逃げてくるおそれがあるということと、甲賀を含めた東海道の改善について話がしたいとの使者が来たのだ。


 甲賀は貧しく東海道で旅をする者を襲う者もおろうが、織田が動いたとなれば止めるであろうな。織田はますます栄えて利を得るか。


「東海道か。こちらが苦労して八風街道を押さえた意味がなくなりますな」


「平井殿、そうは言うが守ってやらねば今後六角を疑う者が増えるぞ」


 そう平井加賀守が困ったように言う通り、東海道が使えるようになると八風街道を使う者が減る。梅戸と千種。先の一揆のおり、なんとか守り、織田に負けぬようにと一揆勢だった罪人を使い潰すつもりで復興をさせておるところだ。


 正直、織田との力の差は北伊勢で嫌というほど思い知った。こちらより広い北伊勢の領地を、兵に飯と銭を与えて復興させておる。織田はさらに尾張、美濃、三河でも例の賦役をしておるというではないか。


 六角家とはいえ、とても真似出来ることではない。


 さらに面倒なことにこちらで使うておる罪人どもは、元は北伊勢の民だった者らだ。織田領となった地の噂を聞くなり一揆を起こしたことをかえりみず、北伊勢の国人をののしり、六角に捕らえられたことを悔やんでおると聞く。


 己らの罪を自覚もせず六角を恨む愚か者もおるようなのだ。それだけならばいい。厄介なのは梅戸と千種の民が、同じように織田の領地になればよかったと噂しておるという。


 助けてやった当家に感謝もせずに、他家を安易に羨む。民とは愚かで如何ともしようがないものだと改めて思い知らされたが、そのような愚か者らのせいでわしの風評まで悪うなるのは面白うない。


 織田に対抗し同等以上の治め方をすることがいかに難しいか。そこまで苦心して守り、復興してやっておるのに感謝すらせぬことに苛立ちを感じてならぬ。


 政とは難しきことよ。この先も六角が助けてやり、梅戸らを支えねばならぬのか? 如何すればよいのやら。




Side:久遠一馬


「大武丸! 希美! 大きくなったわね! わかる? 春だよ~」


 伊勢から春たち四人が戻ってきた。殺伐とした戦で大変だったんだろう。特に春は少しお疲れ気味だ。


「あ~う」


 四人は大武丸と希美を抱きあげて精神的な疲れを癒しているようだ。


「お疲れさま。しばらくゆっくりしていいけど、関家の処罰には出てほしい」


「うん、わかってる」


 ゆっくり休ませてやりたいが、関家の処罰の場には春が必要なんだよね。織田として。あとは関家を討伐して、長野戦の援軍として頑張ったので、その論功行賞と戦勝の宴などにも出なきゃいけない。


 関家領は援軍の将だった望月太郎左衛門さんが入った。織田家からすぐに正式に代官を送ることになるから、落ち着いたら帰ってくるけどね。


「私、技術屋なのに。統治とか困った」


「あっ、私も困ったよ~」


 秋と冬はなりゆきで統治の責任者になってしまい苦労を掛けたようだ。出来ないことじゃないけど慣れないことだからね。


 ロボ一家も久しぶりに帰った四人を見つけると嬉しそうに絡んでいる。


 今回は四人にちょっと負担掛け過ぎたな。今後の課題だ。織田家にも人材はいるんだし、派遣軍のトップや統治の責任者は、なるべく織田家から出してもらえるように考える必要があるかな。


「はる! なつ! あき! ふゆ! 戦は終わったの!?」


 みんなで伊勢の話を聞きながら団らんしていると、お市ちゃんが学校の帰りにやってきた。


「ええ、姫様。やっと終わったわ」


 嬉しそうなお市ちゃんに春たちも笑顔で答えた。今頃、信長さんも吉法師君と会っているだろうな。やはり戦に行くと心配になるし、帰ってくると嬉しいものなんだよね。


 お市ちゃんはみんなが無事に帰ってくるようにと、毎日折り鶴を折っていたらしいし。


 エルは春たちの好物を作るからと料理をしている。今夜は宴だ。




「そっか」


 すき焼きとかお寿司とかご馳走を食べつつ、春たちから今回の一件について聞く。


 特に興味深かったのは織田と北畠の軍の格差だった。春たちが困ったのが、待遇の差からくる北畠との軋轢だって言うんだから考えさせられる。


 戦というのはとにかくお金が掛かる。武具は高いし兵糧だって昨年の野分の影響で決して安くない。北畠も頑張っていたと思うんだけどね。国力の差はすでにどうしようもないほど開いている。


「織田家はおおよそですが三百万貫ほどの国力があります。北畠家は十五万貫から多く見積もっても二十万貫にはいかないでしょうか。国力の差は歴然としていますからね」


「三百万貫……」


 一緒に食事しているお清ちゃんはエルが語った数値に驚いている。千代女さんは文官仕事もするので知っていたんだろうが、お清ちゃんは看護師が主だからな。知らなくて当然だ。


 この数値、ウチの商いとか含む数値だから完全に部外秘の数値になる。もちろんこの時代は交易もリスクが高いのと、災害で収支が変わるのでこの数値は流動的なものだと、織田の上層部は心得てはいる。オレ達も損失を無制限に補填するのは悪影響が怖い。


 とはいえここまで格差が開くと対等な関係がかなり重荷なのがわかる。


 さらに織田家は戦の改革も進んでいる。武具は自領で生産出来ることで他国よりは安く手に入る。兵糧もこの時代だと米が一般的だが、調理したものを配ることで雑穀なども食事に加えている。


 兵に払う報酬と装備や食事の質が違うので、単純に費用を見積もれば北畠よりは高いだろうが、国力に対する戦の費用の割合はこちらが圧倒的に低いはずだ。


 北畠が単純に真似ようとしても出来るもんじゃない。中央集権化から地道にやる必要があるが、今回の戦の結果を考えると苦労するだろうな。


 織田は信秀さんの圧倒的な強さがあった。謀叛をしても勝てないということはやはり大きかっただろう。


 こちらは改革の手を緩めることは出来ない。さらに志摩半島が織田の領地となったことで北畠の目の前で暮らしがかわることになる。


 具教さんは今が一番辛い時だろうね。

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