第1014話・戦の終わり方

Side:北畠具教


 城攻めを始めて三日目の朝、今日で城を落とすと意気込む者らの士気を挫く者が現れた。


「降伏いたします」


 長野家当主、長野稙藤が自ら降伏の使者として城から降りてきたのだ。


 昨日は初日よりも山道を進んだようだが、未だ城門までたどり着いておらぬ。長野は待ち受ける場を変えながら徐々に撤退しておった。まだやれるはず。誰もがそう思うておったはずだ。


「何故、今日降伏をする気になったのだ?」


「城攻めも今日で三日目でございます。そろそろ新たな策でもお考えかと愚考いたしました。当家としては城門まで来られると終わりでございます。その前に降伏を致したく存じます」


 してやられたな。思わずその言葉が出そうになる。この戦、始める前からこちらが有利であったにもかかわらず、最後まで長野の思惑通りに進んだような気もする。


「よかろう。降伏を認める」


「ありがとうございまする」


 こんな戦もあるのだな。勝ち目のない戦でここまで持ちこたえ、己の武勇と意地を見せたか。父上が長年勝ちきれなかったわけがわかったわ。


「ふふふ、見事ね。二日防いだのよ。欲も出てくるわ。あと一日、あと一日持ちこたえれば退くのではないかとね。それをあっさりと降伏するなんて」


 長野稙藤をひとまず下がらせると春殿が苦笑いを見せた。負けてはおらん。とはいえ相手も流石だと素直に褒める春殿に、やはり久遠家の者は違うと改めて思う。失態や負けから得るものもある。久遠家の家訓のようなものだと言っておったな。


 それと引き換えにこちらの家臣らは、如何とも言えぬ顔で無言のままだ。欲を言えば城は落としたかったのだ。戦で攻め落としてこそこちらの力を長野家の者らに示せるというもの。


 家臣らは武功の場を失い、北畠としても長野への配慮が要ることになろう。当然、ここまで援軍を出した織田への謝礼は変わらず必要だ。


 勝ったが負けに等しい勝ちではないのか?


「宰相様、宴をしたらどうかしら?」


 無言のまま家臣らも本陣としておるゲルを出ていくが、そこで声を掛けてきたのは尾張介殿らと共に残っておった夏殿だった。


「夏殿、それは……」


「すぐにでも敵も味方もよくやったと褒めるべきよ。城を落とせなかったのではない。降伏を待っていたのも事実。味方も敵も問わず働きを褒める。それでこそ、この先、長野は北畠の家臣としてやっていけるわ」


 ああ、そうだ。まるで負けたような顔で帰るわけにはいかぬ。わしは勝ったのだ。たとえ長野の思惑通りの戦でも勝ちは勝ちなのだ。


「ああ、宴だ。長野とその家臣も呼べ。戦は終わりだ! 宴にするぞ」


 過ぎたことより、これからのことを考えねばなるまい。長野の者らに北畠の力と懐の深さを見せねばならぬのだ。


 集まっておる商人らも交えて盛大に宴をするぞ。




Side:織田信長


「勝つには勝ったが……」


 宰相殿と北畠の家臣らの勝者とは思えぬ顔に、戦の難しさを知った。勝ち方にこだわることは考えたこともあるが、負け方など考えたこともない。


「なかなかの差配よね。家臣にほしいくらいよ」


 あと一日、いや半日あれば、北畠は己の力で城を落としたと誇れたはずなのだ。それを長野は防いでみせた。春が家臣に欲しいと言うのも頷けるな。


「これが織田だったら如何なる?」


「織田は臣従の条件がはっきりしているわ。だからいつ降伏しても構わないはずよ。有能ならすぐに仕事で立身出世も出来るはず」


 なるほど。織田はもう降伏の時がいつでも構わぬということか。北畠は未だ古き治め方をしておる。長野に相応の配慮がいるな。


 そこで春と共に宴のためにと料理を作っておる夏がクスッと笑った。


「ものは考えようだと思うわ。ここまでやれたのだから新しい治め方を理解するでしょう。北畠にとっても悪くないはずよ。むしろ新参者になる分、思い切って出来るかもしれないわ」


 長野が北畠の大きな力になるのではと考えておるのか。この宴は夏が進言したもの。そこまで考えておったとは。


「戦が終われば政か。とはいえ宰相殿にそなたらほど出来るか?」


 久遠家の者らは皆、常に先を考えて動いておる。それは戦よりも政で真価を発揮する。とはいえそれは、そのように学び育ってきた者たちだから出来ることだ。


 遥か世の果てを知り、常に学び研鑽を積む久遠家の知恵があってこそ。


「共に進もうとしているなら手助けをしてもいいと私たちは思っているわ。無論、大殿と守護様次第だけど」


 汁物に入れる団子を作りながら、春はこの先のことを少し口にした。北畠はこれからが苦労をするはずだと。


 しかし、手助けか。北畠とは同盟をしておるようなものとはいえ、他国だ。親父と守護様はいかが考えるのであろうな。




 陣地では敵味方問わず、戦が終わった喜びから兵どもが騒いでおる。雑兵にとっては戦の面目よりも、早う終わってほしかったのが本音か。北畠方はすでに周囲から奪えるものもなくなっておったし、長野方も籠城に疲れておったのであろう。


 争いにならぬかと案じておったが、飯を炊き握り飯を食わせると争う者はほとんどおらぬな。酒も織田で持っておった分を出した。


 とはいえ両家の武士は未だ如何とも言えぬ顔をしておるな。北畠方は攻め落とせずに終わったことで不満そうな者がおるし、長野方は降伏して北畠の家臣となったことに面白くない者がおるようだ。


 つい先程までは敵同士だったのだ。そう和やかな宴になるはずもないか。


「いや、御所様はお強い。某などなんとか家を残そうと必死でございました」


 この奇妙な宴の席で自ら酒を注いで回っておるのは、長野家当主の宮内大輔だ。新参者としての立場を理解してか、北畠は強かったと声をかけて北畠方の家臣らに酒を注いでおる。


「いや、長野殿も強かった。織田の援軍がなくば、此度もまた引き分けで終わったであろう」


 そんな宮内大輔の様子に北畠方の者も年配者を中心に話に乗っておる。これからは同じ家中になるからか、双方共に因縁をなんとか治めようとしておるように見えるな。


「あと一日あればな。城も落とせたものを」


「某もそう思った故に降伏いたしました」


 酒が進むと本音も漏れる。今日の奇襲の役目だった者が武功を取り損ねたことを悔しそうに語ると、宮内大輔は降伏してよかったと笑うたわ。


「最後まで戦うべきではなかったのか? 代々守り通した領地ぞ」


「家の存続には代えられませぬ。伊勢は最早かつての伊勢ではありませぬ故に。某はいささかそれを知るのが遅うございましたがな」


 腰を低く頭を下げながら北畠方の家臣と話をしていく宮内大輔を、長野家の家臣らは申し訳なさげに見ておる。主が頭を下げておるというのに見ておるだけか。


 いや、いかにしてよいかわからぬのであろうな。突然立場が変わり、下手をすれば腹を切れと言われてもおかしゅうない者らだ。まさか戦が終わって城の接収もおこなわずに宴にするとは思わなんだのであろう。


 皆、苦しいのであろうな。



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