第1013話・勝ち方、負け方

Side:長野稙藤


 とうとう攻めてきたか。なんとか攻め手を撃退したことで士気が大いに上がった。『これで北畠も撤退するのではないか?』『この城は早々に落ちぬ』と雑兵まで皆が喜んでおったと聞くが、そう甘いものではない。


「こちらの伏兵が見つかっておったというのか?」


「はっ、恐らくは……」


 山道を任せておった家臣から懸念すべき報告があった。


 致し方ないことだ。兵の数も多くない。城の守りと山道の伏兵をおけば余裕などない。城に通じる抜け道は、獣道を含めると他にもないわけではないのだ。さらに山の中に入られ道なき道を歩かれるととても手が回らぬ。


 物見がそれなりに山に入ったとみるべきじゃの。


「北畠らしくないのう。やはり織田に知恵でも借りておるか?」


 北畠とて強い。されど着陣して以降、相撲らしき騒ぎでこちらを挑発しておったことといい、今までの北畠の戦とまったく違う。


 それと気になるのは領内の城からの繋ぎが途絶えておることだ。特に北方にある城からの繋ぎがない。無理をせずともよいと命じてはおるが、あちらは織田が落としたか押さえた城だ。


「兵糧は如何程ある?」


「はっ、まだひと月は持つと思われまする」


 ひと月か。無理じゃの。そこまで待ってくれまい。織田の力を借りて一夜も待たずに落とされなかったことを僥倖ぎょうこうと思うべきじゃの。


「兵糧は十日分もあればよい。皆に腹いっぱい飯を食わせろ」


「殿、それでは……」


 家臣らはわしの命に戸惑いの表情を見せる者が多いか。


「皆に言い渡しておく。此度の戦、負けじゃ。わしは北畠に降る」


「なんと弱気な! この城はそう容易く落ちませぬ!」


「そうだ。我らが一命に代えても死守してご覧にいれましょう!」


 戯言ではないのか。そう思ったのだろう。僅かな間、静まり返っておったが、わしが本気だと知ると武辺者らが驚き声を上げた。


「守れるかもしれぬ。されどそれは此度限り。織田が万の兵を寄越せば終わる。北勢四十八家も粗方あらかたは領地を失い、関も織田に攻められたと聞く。頃合いなのであろう。いずこかに臣従せねば先はない」


 皆もわかっておるはずだ。織田が本気になれば勝てぬことくらい。関とて無能ではない。それが一日か二日ですべて失ったのだからな。


 守り切ってもよい。されど北畠が面目を捨てて織田に頼めば終わる。北畠の面目を潰せば新たな因縁が生まれてしまうのじゃ。


 北畠と長野の家の面目を保ち、家を存続させる。その機は決して多くはない。


「さあ、飯を炊け。酒も出してよい。皆で城を守ったことを祝おうぞ」


 それに、いずれにせよ海沿いの所領は戻らぬ。織田の所領になるのか北畠の所領になるのか知らぬが、こちらに返す理由などないのだからな。本城とはいえ、この城ひとつ守ったとて先はない。


 北畠の初手を撃退したことで沸いておった家臣らが静かに項垂れた。中には涙する者もおる。代々守り抜いた長野の家を守れなんだ悔しさに怒りを露わにする者もな。


「北伊勢の者らのように一揆ですべてを失った者もおる。それと比べると皆、ようやったと思う。きっと祖先も許してくれよう」


「殿……」


「無念でございます」


 外で雑兵どもが騒ぐ声が空しく聞こえる。されど野分と一揆で戦どころではなかったのだ。それでも野戦で戦い籠城も出来た。皆、ようやったではないか。


 戦をするのは構わぬ。されど家を潰すことだけはあってはならんのだ。北畠がこちらに如何程の条件を突きつけるかわからぬが、家は残せよう。


 さあ、皆で今日守れたことを祝い、もうひと踏ん張りだ。最後の意地を見せて降伏するのじゃ。




Side:春


 翌日となり、北畠は前日と同じ規模での城攻めを行なっているわ。奇襲の策の準備が整わなかったのよ。


 前日は事実上の威力偵察だったけど、今日も同じように敵の動きを見る威力偵察となる。


 奇襲部隊に関しては焙烙玉の使い方を教える時間が必要だった。織田の焙烙玉には大きさとタイプが幾つかあるが、離れている城に投げ込むには、焙烙玉に紐を付けて振り回して投げ入れるタイプが好ましい。


 簡単に見えて難しいわ。まして足場も悪く、木々が邪魔になる山中で城に投げ入れるとなるとね。ほかに人が担げるサイズの投石機もウチだと試作したものがあるけど、さすがに北畠に貸すわけにはいかない。


 長野城はあくまでも北畠が主体となり落とす必要がある。奇襲部隊にはこちらも兵を付けるけど、大半は北畠の兵になるわ。宰相殿は信じてもいいのかもしれない。でも北畠の兵たちが投石機のことを他所に漏らさないとは言えないのよね。


「音花火も売ってもいいかもしれないわね」


「あれか」


 夏は焙烙玉を投げる訓練の指導に行った。私は若殿と城攻めの策の詳細を詰める。『音花火』大きな爆発音がするだけのものだけど、長野の雑兵相手にはあれで十分なのよね。山道を攻める本隊に与えてもいいかもしれない。


 焙烙玉共々、こちらから軍監を付けて使い残して持ち帰ることを防げば問題ない。


「降伏しなくても山道を押さえたら終わりね。木砲を運べるわ」


 十中八九城門まで行けば降伏すると思う。こちらは木砲を城門まで運べればこの戦は終わる。まあ北畠が木砲を頼るかは別だけど。


「ここが落ちれば伊勢は落ち着くか?」


「織田は落ち着くわね。北畠は苦労するだろうけど。戦が起きるほどじゃないと思うわ」


 伊勢の地図を見るとだいぶすっきりした。若殿の言う通り、伊勢での大規模な戦はおそらくこれで最後でしょうね。北畠内での反乱程度はありそうだけど、こちらに影響はないと思うわ。


「他家の戦は見ておるだけでも学ぶことが多いな」


「そうね。私もそう思うわ。みんな必死だもの。今後の糧にしなくては」


 一息ついてお茶にする。若殿は今回の戦で多くを学んでいるようね。私たちと共にいたせいで史実では積めなかった経験を多く積んだ分だけ、足りない経験もある。この先、家柄や血筋だけを誇る相手とも対峙していかなくてはならないわ。


 力で押し潰すことも出来なくもないけど、上手く共存する道は探したいと思うわ。潜在的な日ノ本の敵は外に多いのだから。




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