第1005話・守り刀

Side:久遠一馬


 菊丸さんが尾張にやってきた。三好長慶さんと面会して畿内を少し回ってきたらしい。


 史実と変わりつつあるが、長慶さんが細川晴元の領地である丹波を攻める支度をしていたという。現状ではオレたちにはあまり影響はないけどね。どうなることやら。


「世の流れと尾張の流れはますます変わってゆくな」


 今回も旅の話を聞いているが、菊丸さんが言うように世の中は未だ乱世だ。格差は開く一方だろう。新しい試みを試している六角と北畠を見てもわかる。新しい試みの成果が出るまで大変なんだ。


 彼らを見て分かった。改革のスピードは落とせない。オレたちが人の一生分の時間で出来ることを考えると、今出来ることは最善を尽くす必要がある。


「そうだ。大武丸と希美に守り刀をやろう。不動国行と薬研藤四郎だ。なかなかよい短刀だぞ」


 お供の与一郎さんが布に包まれた二振りの短刀を出してくれた。


 オレは刀に詳しくない。でもこの二刀は歴史に名が残っていたはず。たしか史実では永禄の変の際に松永弾正が分捕ったものだったか?


「これは凄いねぇ」


「さすがにいただくには申し訳ない気が……」


 押しも押されもせぬ名刀だ。お金で買える代物じゃない。産休に入っているジュリアもいるが、るように見ているのがなによりの証。


「気にせずともよい。刀はまだまだある」


 どうしようかとジュリアを見るが、ジュリアは菊丸さんがいいならいいんじゃないかと言いたげだ。当の本人もあまり気にした様子ではない。


「それにな。ひとりの武芸者となり師と旅をして悟ったのだ。人の一生は短い。足利家には多くの刀や唐物があるがな。それらを己がものとしたところで、死んでしまえば泉下までは持っていけぬ。ならば次の世を生きる子の守り刀としたほうがよほどいい」


 将軍足利義藤と武芸者菊丸。同一人物にあるふたつの顔。元の世界にあった時代劇のように単純明快なものではない。


 ただ、結局はひとりの人間なんだね。


「ありがたくいただきます」


 返せないね。もともと身分的にも返すなんて無理なんだけど。


 皮肉なのかもしれない。ひとりの武芸者となったことで将軍として変わったのは。でも……、これで多くの血が流れない時代の移行が出来るのかもしれない。




Side:春


「ごめんね。太郎左衛門殿。貴方の武功の場だったのに」


「お気になさらずに。某は未だ未熟者故に、学ばせていただきまする」


 若殿と合流したはいいけど、本来の予定にない参陣で割を食ったのが望月太郎左衛門殿だった。久遠家の軍を任せて彼に武功の機会をと考えていただけに、私がそれを奪う形になってしまったのよね。


 本人はそこまで気にしていない様子だけど、申し訳ない気もするわね。


 私たちは長野城が見える位置にて陣を張っている。長野はやはり籠城するようね。今回の戦は北畠の戦。気持ち的には楽ね。亀山城とは比較にならないくらいに攻めにくい城だもの。


 関領は秋に任せて、今回は私と夏と冬で来たわ。冬は衛生兵のほうに手伝いに行っていて、夏は私たちと若殿がそれぞれ連れてきた武官の再編をしている。


 私は太郎左衛門殿と今後のことを相談しているのよ。


「敵城の戦える兵はおよそ千から千五百。戦えぬ女子供も逃げ込んでおる様子。三千ほどおるかもしれませぬ。兵糧もとぼしく、長くてひと月もあれば降伏するでしょう。山道は西に城門に通じる道がありまする」


「他は無理かしら?」


「甲賀衆ならば他でもいけるでしょう。我らは山に慣れております。されど木砲を持っていくのは難しいかと」


 木砲は使うなら正規の山道で持っていくしかないわね。こうなると焙烙玉のほうが使い勝手がいいわね。


「相手も徹底抗戦するつもりがないみたいなのよね。無理攻めをする理由もないわ」


 落とす策を念のため考えておくけど、宰相殿はすぐに攻めるつもりがないみたい。味方の兵は多少なりとも疲労がある。若殿が率いた安濃津からの上陸部隊は良好。私が率いた北伊勢の治安部隊は治安維持活動・関討伐・対長野戦の参陣と、作戦目標の度重なる更新に疲労が見える。一戦交えた後の北畠の兵はゲルを貸したので朝晩の寒さからは身を守れるでしょうけど。兵站が脆弱で、私には不安しかない。


 互いに様子を見つつ、攻め時を探す。まあこの時代の戦よね。


「それと北畠の兵がこちらにちょっかいを出しておることが……」


「まあ、仕方ないわよね」


 問題は敵ばかりじゃない。北畠の兵と織田の兵の運用の違いもある。織田の兵は賦役と同じ。終わったら賦役よりも多めの報酬が出るし、動員した後は食事が出される。なので勝手をする人はほとんどいないわ。喧嘩程度ならよくあるけど。


 ところが北畠の兵は略奪して、銭なり米なり掻き集めないと収入がない。宰相殿は織田がしていないことからここにきて禁止したらしいけど、悪手ね。


 無論、宰相殿も努力はしている。食料は北畠家で用意して雑兵にも配給しているもの。これだけでもこの時代とすると画期的なこと。とはいえ……。


「飯の内容も違いまする。こちらは魚や酒もありますので……」


 北畠が配給しているのは米と味噌くらい。ところが織田では食事は材料の配給ではなくまとめて調理して配っている。干物だけど魚もあるし、野草や野菜もある。略奪をしない代わりに酒や甘味だって出しているわ。


 その違いに気付いた北畠の雑兵で騒ぎだした者がいるのよね。織田の兵は喧嘩を売ることまではしないけど、喧嘩を売られたら買ってしまう。


 炊事の効率化と衛生の問題。綺麗な水や燃料だって手に入らないこともある。こちらとしては当然なんだけど。


「ただ、織田の兵は北畠の兵を見て、ああはなりたくないと思うようでして……。命に逆らう者はおりませぬな」


 略奪は今までの戦ではゼロにはならなかった。こそこそと陣を抜け出して奪いにいく者は少ないながらいたけど、その都度処分していた。


 今回、北畠の兵を見て思うところがあるのでしょうね。織田の兵がいつもよりおとなしいのは。


「宰相殿は頭が痛いでしょうね」


 史実だと戦国最後の戦とも言える大坂の陣でさえ略奪があったという記録がある。それが当たり前の時代なのよね。変えることは並大抵の努力では難しいわ。


 とはいえ軍規が整いつつある織田と、やりたい放題で勝手ばかりする北畠。どちらがいいかこの時代の人にもわかること。なまじ名門で公卿でもある北畠なだけに、辛い思いをしているでしょうね。




◆◆


 天文二十二年、春。足利義藤より『不動国行』と『薬研藤四郎』という二振りの短刀を拝領したことが『久遠家記』に記されている。


 前年に生まれた一馬の子である大武丸と希美の守り刀として拝領したのだとある。


 この頃の義藤は菊丸と名乗り、武芸者として身分を偽って旅をしていた頃で、久遠家を度々訪れていたことが『足利将軍録・義藤記』に書かれている。


 将軍としての政務を久遠邸で行なっていたという記載もあり、義藤は久遠家と関わることで広い世の中を知ったのだとある。


 この『不動国行』と『薬研藤四郎』は、大武丸と希美が持っていたことから別名『双子刀』と現代では呼ばれ、久遠家所有の重要文化財となっている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る