第991話・長野家の様子
Side:長野稙藤
連日の評定も飽きてきたわい。北畠との戦に織田が動くか否か。要点はそこに集約する。
家中の意見はほぼ二分しておる。相手がいずこになっても一戦交えるまでと譲らぬ者らと、ここは北畠のみに敵を絞るべきだという者らだ。
北畠とはわしが家督を継ぐ遥か前、朝廷が北朝と南朝に分かれておった頃から争うておる。向こうが戦だと攻めてくるのならば守らねばならぬ。
懸念は北伊勢じゃ。一揆が起きたかと思うと大半を織田が制してしまった。さらに北畠の養子を迎え入れた神戸らが織田に臣従をしたこともある。北伊勢の一揆でも織田は北畠の兵を北伊勢に入れるために水軍を動かしておった。
北畠が求めれば織田は動くであろう。万を超える兵が北から攻めてくると北畠どころではない。野戦での勝ち目はあるまい。とはいえ初めから籠城では領内を荒らされ、各地の城は落とされてしまう。
籠城して北畠と織田が退けばいい。所領が減ってもそれは致し方ないと言える。されど退かねばいかがなる?
すでに城は籠城に備えて兵糧を運び防備を整えておるが、昨年の野分と一揆のこともあり苦しい。
「わざわざ尾張に出向いて動かないでくれと頭を下げるのか? そのような恥知らずなことなど出来ぬわ!」
「そもそも対価はいかがするのだ? それに織田とて誼がある北畠を無下に出来まい」
北畠とは逃げることなど許されぬ因縁があるが、織田とはない。願わくは織田が動かぬように働きかけたいところであるが、それもまた難しい。
家中には織田を成り上がり者と軽んじる者も多い。それに家臣も言うように対価が難しい。信義を重んじるという織田に如何なる対価を払うて動かずにいてもらうのだ?
先日尾張に行った家老は、織田は最早敵に回せぬ相手だと言うていたが。
すべては北畠次第か。とはいえ家督を継いだ北畠具教としては、是が非でも勝たねばならん戦であろう。
ここは耐える時だ。代々受け継いだ領地を守らねばならん。なにか策はないのか? 恥や外聞などと言っておれぬのやもしれんのだ。
「申し上げます! 志摩の九鬼家が織田に臣従をしたようでございます!!」
騒がしかった評定の場が突然の知らせに静まり返った。
織田と北畠はいったい如何なることを考えておるのだ? 双方に臣従をさせることで同盟を強固にする気か? 北伊勢の神戸もそうだ。織田は両属を認めぬと聞いておるが、それは因縁がある今川相手の話で伊勢では両属を認めておるのか?
織田のやることは説明を聞かねばわけが分からぬことばかりよ。されど、いちいち人を送り聞くことも出来ぬ。
いかがすればよいのだ?
Side:久遠一馬
九鬼家の臣従に南伊勢と志摩の水軍衆が慌てているらしい。想定外だったようだ。具教さんは織田に従えと言ったようだが、臣従までしていいのか分からなかったところもあるのだろう。
年の功というところもあるが、九鬼泰隆さんも一種の賭けだったんだろうしね。
織田家では春の田植えに向けた準備をしている。野分の被害が大きかった三河と、野分と一揆の被害が残る北伊勢の田んぼも可能な限り作付けする。
ここで問題なのは一揆の影響で土地をすべて織田家が一旦召し上げた、北伊勢の作付けだった。村という共同体が崩壊したので仕方なかったんだが、田んぼを北伊勢の領民に分配する体制は整っていない。
結果として賦役での田植えを農務奉行である勝家さんを中心に検討している。
ただね。こういう新しいことを一から計画した経験が勝家さんにはない。オレも含めてみんなで助けているところだ。ひとつひとつすべて経験だからね。
「あ~ぁ~」
今日は大武丸と希美を連れて屋敷の庭を散歩していて、大武丸は楽しげに景色を見て騒いでいる。
エルとパメラにロボ一家とお市ちゃんも一緒だ。風は冷たいけど、少し日差しが出ていて日光の暖かさが心地いい。
敷地内では新しい屋敷の建設が進んでいる。みんなの新しい家だ。日々変わる屋敷の建設状況を見るのも毎日の楽しみなんだよね。実は。
元の世界だと自分の持ち家を建てるなんて、生涯に一度あるかないかの重大な買い物だからな。個人的にはその感覚がある。
「ワン! ワンワン!」
仔犬たちも成長している。犬の成長は早いなぁ。二度目の出産で生まれた山紫水明の四匹もだいぶ躾が出来ている。ただ散歩は好きみたいではしゃぐけどね。
ロボとブランカはともかく、花鳥風月と山紫水明の子たちは庭の中でもリードを着けての散歩となる。元気だからはしゃいで走っていっちゃうんだよね。
「明、だめだよ!」
ああ、お市ちゃんは相変わらずだ。吉法師君や大武丸と希美にロボとブランカの仔犬たちと、自分より年下の子たちがいるからだろうか。すこしおませな部分もあるが、精神的な成長を感じる。
「もうすぐ春だね!」
「ええ。すぐに暖かくなるわ」
パメラとエルはそんな周りの様子を見て嬉しそうに会話をしている。他に侍女さんとかもいるからあまり変なことは言えないが、生きている喜びを感じているようだ。
もうすぐ春だ。その気配を感じるだけに春が待ち遠しいのはみんな同じだろう。
「ブランカどうした?」
そんな散歩の最中、温室に到着するかというところでブランカがふと立ち止まった。珍しいな。具合でも悪いのか?
パメラも気になったのだろう。すぐに抱きあげて診ている。
「少し前から気になっていたけど。もしかして……、また子どもが出来たかも」
「ブランカ、また子を産むの!?」
「もう少し様子を見ないとわからないけど、多分ね」
「わーい!」
少し心配になるが、パメラなら治療出来ないことはまずないので大丈夫かと思ったけど、まさかの妊娠にオレもエルも驚いてしまう。
そんな慶事をいち早く喜んだのはお市ちゃんだ。我が事のように喜んでブランカの子たちとはしゃいでいる。
家族がまた増えるなぁ。タイミングが合わなかったのか子供が出来るのが遅かったが、三度目の出産か。すっかりベテランだな。ブランカは。
いつの間にか家臣が出来て、親戚もいっぱい出来て、家族も増えているんだよな。オレも家や一族の繁栄を願う気持ちもわかるようになってきた。
心から平和な世の中にしたいと思う。みんなが殺し合うようなことがない世の中にしたい。
世の中の武士やお父さんに負けないようにオレも頑張ろう。
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