第988話・第二回蟹江海祭り・その三
Side:久遠一馬
みんな操船上手くなったなぁ。ウチの船以外は水軍衆なんだけどね。暇さえあれば訓練しているのは知っているけど。ウチの船も参加しているし。
土地と切り離した影響がそこにはある。漁業とか農業をしなくていいし、税を取る仕事もない。輸送と領海の巡回などが主な任務なので訓練時間は増えたんだそうだ。
志摩水軍。彼らを侮る気はないが、練度の違いは時間が過ぎれば過ぎるほど影響が大きくなると思う。
今年の蟹江海祭りは二日目がある。
二日目は主に武芸大会から分離した操船を競う競技がある。使う船は小早と久遠船だ。
これ武芸大会の一部だったこともあり、勝者を予想するクジがある。出場者は主に水軍だが、ウチからも出てほしいと頼まれて久遠船の競技にリーファが出ている。海の競技にはやはりウチも出ないと盛り上がらないと言われてね。
リーファは南蛮様式の操船には慣れているものの久遠船自体が未経験なので、慣れている佐治さんが指揮する船も同じくらい事前の人気があったが、見事にリーファが勝っちゃったよ。
町では露店や屋台が多く見られ、笛や太鼓の音も聞こえて賑やかだ。
一方で割と深刻なのは伊勢の水軍衆のようだ。祭りを楽しむ余裕もなく、話を聞きたいと織田水軍の人を捕まえて話を聞いていると報告が上がっている。あと無量寿院の高僧も伊勢の末寺の件で今朝から話をしているはずだ。
伊勢織田領の寺社にも蟹江海祭りのことは知らせてある。どれくらいの寺社から人が来たのかわからないが、これを機会に尾張を知って友好的に考えてくれるといいんだけど。
二日間の蟹江海祭りのラストは蟹江の織田屋敷で行われる宴になる。海に関わる皆さんと義統さんや織田一族と重臣が揃って祭りの成功を祝う宴だ。
招待客である伊勢の諸勢力の人たちも宴に招いたので参加しているが、顔色があまりよくない人たちは相変わらずか。
せっかく美味しい料理とお酒を用意したんだから楽しんでほしいと言っても無理か。せめて状況を理解して今後のことを決めてほしい。
Side:長野家家老
ああ、如何ともしようがないほど織田は強大となったな。少し前まで一族で争うておったと聞き及ぶというのに、羨ましい限りだ。
北畠家の新しい当主はまだ若いが、噂通り親しいようで織田の者らと楽しげに酒を飲んでおる。
先ほど一言だけだが挨拶は交わした。といっても向こうは官位ある公家、そして殿上人だ。わしではまともに話すことも出来ぬ故、本当に挨拶をしただけだが。
北畠と織田に南北から攻められると長野家は終わりだ。六角に織田を抑えてほしいところだが、あまりその気はない様子。そもそも北伊勢に織田を入れたのは六角だというではないか。
如何にすればよいのだ? 家中の者らは苦しい戦になると承知ではあるが、籠城して機を窺えばよいとしか考えておらぬ。
先ほど織田家家老の平手殿と少し話すことが出来たので問うてみたが、明確な答えはもらえなかった。北畠家から援軍を頼まれれば当然考えるとは言われたがな。
今までの戦では多少負けても、家の存続を考えるほどのことはなかったのだ。負けても次がある。情けない限りだが長野家の者はそう考える者が多い。
そんな生易しい考えが通じる相手なのか、殿は密かに疑念を抱かれたようで、わしに尾張を見て参れと命じられた。
すでに北勢四十八家は大半が消えうせた。領地を残すのは梅戸や神戸などごく僅か。最早かつてのままの伊勢だと思うてはいかん状況なのだ。尾張に来るとそれが分かる。
「互いに辛い立場でございますな」
ため息が出ぬように、せめて面構えだけは負けぬように虚勢を張っておると、隣におる無量寿院の高僧が小声で囁くように声をかけてきた。
「まことに。されど御寺はまだよいではありませぬか。話を通せばいいはずだ」
願証寺の僧らが慣れた様子で楽しんでおる宴なだけに面白うないのであろう。されど織田が寺社を理由もなく攻めたという話は聞かぬ。北畠もまた同じ。願証寺とは遺恨があろうが、長野家よりは恵まれておると思える。
「それを皆が理解してくれればよいのですが……」
高僧は如何とも言えぬ顔でこちらを見ると、もっとも難しきことを口にされた。
「それはありますな。所詮は烏合の衆だと未だに軽んじる者もおる」
未だに尾張を鄙者と軽んじて、織田もすぐに一族で争いを再開すると考える者が伊勢には多い。五年か十年前と変わらぬと考える者があまりにも多いのだ。
織田を褒めるようなことを言えば臆したのかと言われる。すでに織田は一介の国人や寺社などでは対抗出来ぬ相手であると信じぬのだ。
聞けば三河では、織田に敵対した者らが一槍交えることも許されず敗走したという。さすがにそこまで無様なことにはならぬとは思うが。
わしは殿に見たままのことを報告するしかないか。
Side:北畠具教
「南蛮船か。織田もいよいよ日ノ本の外に行くか」
「それは、まだまだこれからだ。そう容易いことではない」
新たに尾張介の官位を得た三郎と酒を飲み、話をする。尾張の者は皆、誇らしげだ。南蛮船はまさに久遠家の力の象徴だからな。三郎もそれに並んだと喜んでおると思うたのだが。
いささか違うらしいな。
「船など久遠家の知恵と技のひとつでしかない。あれだけで並んだと思うてはおれぬ。そもそもあの船は鏡花が造りし船だ。あとは組み立てただけに過ぎん」
もう少し喜んでもよいと思うがな。まあ言いたいことはわかる。尾張を見ても一馬らと話してもそうだが、南蛮船は久遠家にとって、ただの船でしかない。
「如何するのだ?」
三郎はそのまま宴の席にある長野家の者をちらりと見てわしに問うてきた。
「織田のようにやりたいがな。無理であろう。とはいえアレに多くの手間をかけるのは避けたい」
長野との戦の噂はすでに尾張でもある。織田も援軍を出すのかと噂があるからな。三郎も気になるのであろう。とはいえそれは難しきことだ。
今ならば勝って降すのも臣従を迫るのもさほど難しくあるまい。旧来のやり方を踏襲するのならばな。
「あそこも関も領内は酷いようだからな」
「ああ、それが悩みだ」
やはり三郎もわかっておるか。六角は罪人をすりつぶすつもりで領内を復興させておるし、織田はいつもの通り復興が早い。我が北畠家はそこまで荒れておらぬのでいいが、長野と関の領内は酷いままだからな。
関はわしの口出しを嫌がる。戦になれば働くと言うが、わしの
今よりさらに荒れて飢える地となった長野と、わしの命も聞かぬ関を配下にして、それを如何にすればよいのだ?
特におかしなことではない。織田以外ではそれが当然だ。とはいえ織田を見ておると、このままでは駄目だと思うようになった。
織田は得た領地を良くして飢えぬようにしているのだ。同じことが出来るとは思わぬが、せめて真似事くらいはしてみたいと思うのは無理なのであろうか?
いい加減、うんざりするわ。体裁やらなにやらと勝手なことばかり言う者らに合わせるのは。
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