第987話・第二回蟹江海祭り・その二
Side:久遠一馬
安全祈願の祈祷が始まった。武士ばかりではない。海に関わる人たちはみんな集まった。造船を任せている鏡花と船大工の善三組のみんなもだ。
伊勢神宮、熱田神社、津島神社の神職が合同で祈祷をしてくれる。伊勢神宮は昨年には頼んでなかったからか喜んで参加してくれた。
あと北畠家からは具教さんが来ていて、長野家からは家老が来ていた。長野家、使者のランクがあがったね。あと六角方の梅戸家からも家老が来ている。
みんなで尾張や伊勢の海の安全と繁栄を祈る。そんな感じになった。それぞれに個別の思惑もあるんだろう。国が大きくなると、そういった様々な思惑が混じるのは仕方ないことだと思う。
それでもみんな真剣だ。
この時代だと船が沈むことがなくなることはない。近海ならば助かることもあるが、近海を離れるときは二隻以上で運行するようにと命じてある。織田水軍では人命を助けるような訓練もしているしね。
荷を捨ててもいいから人の命を守れということは厳命してある。放っておくとこの時代だと人命より船と荷を守ろうとしかねない。
祈祷が終わると新しい織田家の船のお披露目となる。改造キャラック船が三隻。鏡花が安全性や居住性を考慮して一から設計した船だ。船には斯波家の家紋と織田家の家紋の旗があり、黒い船体と白い帆布が綺麗だ。
あんまり使わない割に高いけど、織田家の威信もあるので大砲も載せてある。
「おお……」
「とうとう南蛮船まで……」
招待した伊勢の水軍衆からどよめきがおきた。彼らも海のプロだ。船に関しては見てわかることもあるし、南蛮船の凄さを理解してくれたんだろう。
彼ら水軍衆の臣従の条件は悪くないはずなんだけどね。俸禄の額とか。領地も水軍も捨てろとまでは言っていない。ただし水軍として活動するなら、織田の定める海の法に従ってほしいとは言ってある。
水先案内人はいい。必要な船がこの時代だと多い。ただし断ると襲うとか、近場の海はオレたちの海だから税を払えと脅すのは駄目だ。
それと漁業や養殖の支援はするとも言ってあるんだけどなぁ。人によっては知多半島なんかに見学に行ったらしいし、まったく取り合わないという感じでもないが。即決するほど簡単な問題でもない感じか。
ちなみに南蛮船の建造費だが、もちろん安くない。久遠諸島と関東との輸送に使っていくことになっている。伊豆諸島も手に入ったのでそこまで難しいことではない。
ひとつひとつ経験を積んでいくことが大切だ。
祈祷とお披露目は港で行われた。港から町は当然として、町の外の海沿いまで見物人が出ているほどだ。港を中心にそれらの船は周囲にお披露目をするように運行している。
Side:無量寿院の高僧
これほどの船があるとは。恐ろしき者らが隣国におる。あの強欲な願証寺が大人しゅうなるはずだ。
都から関白様を筆頭に殿上人が訪れ、周囲の守護や国司が招かれたとも聞く。もはや一介の守護が治める国ではないということか。
織田は領国に関わりがなければ特に懸念するべき相手ではなかった。領国の寺社には口を出すと聞き及ぶが、困ったら助けてもおるという。痛し痒しだとこぼしておった者もおったと聞き及ぶ。
無量寿院においては、北畠や願証寺と親しい織田が謀をしておるのではとの疑念がある。以前から三河本證寺の末寺を願証寺が得たことは、織田と密約があったのではという噂もあったのだ。
さらに織田が北畠と共に長野を攻めるとの噂もある。その際に我らの寺が狙われるのではという疑念もある。我らの末寺を願証寺に渡すことで、織田は北伊勢を盤石にするのではと思えるところもあるのだ。
もっとも末寺によっては、織田の援助がなくば飢えてしまうと困っておるところもある。織田は寺社に兵を持たせることを嫌い、守護使不入も認めぬという。
織田に従うた寺社が飢えたという話は聞かぬが、一方で利を奪われたという話は幾つかある。寺社ですら従わねば生きていけぬ織田を恐ろしいと語る者もおるのだ。
武士など、いつ態度を変えるかわからぬ。あとになって突然攻められても困るのだ。かと言うて本證寺のように頑なになっては余計に不興を買う。
なんとも難しきことになったものよ。
Side:志摩水軍の男
なんという船の数だ。さらに織田で南蛮船を三隻も造ったとは。当家など関船がようやく持てる程度だというのに。
臣従の有無は別にして織田の法には従わねばなるまい。飢えることにはさせぬと言うておるのだ。我らから銭を搾り取るわけではないのだからな。
「これより織田水軍と海軍の合同運行が行われる」
周りを見ても誰もが顔色が悪い。逆らえばこれだけの船で攻められるのであろう。北畠家は守ってくれぬのだ。如何しろと言うのだ。
そんな中、案内役の武士から思わぬことを聞かされた。南蛮船に乗れるというのだ。しかも走らせるところを船に乗って見られるという。
もちろん。乗る。拒否する理由などないのだからな。当家が南蛮船を持つなどあり得ぬが、同じ船なのだ。学べることもあるやもしれぬ。
「なんと大きい船であろう。しかもしっかりとした造りだ」
久遠船ならば大湊まで行けば誰でも乗れるという。とはいえ我ら水軍衆は他所の船に乗るということはまずない。外から見る以上にしっかりしておる船に皆、圧倒されておる。
海の城だなこれは。落とすのに如何程の苦労がかかるのであろうか。
「これだけの船が帆走だけで揃うて走れるのか!?」
「おい! 風が前から吹いておるぞ!!」
同じ水軍というと恥を掻くのではないか。走り始めた船に誰もがそう思うたのであろう。風任せのはずの帆走にて、何故かわからぬが船が揃うて走れるばかりか、風が前から吹いておるだと!?
あり得ぬ。あり得ぬとしか思えぬ。
「正確には真正面ではありませぬな。さすがに真正面には走れませぬ。とはいえ真正面でなければ風上に向かって走れるのは事実」
案内役の水軍の者が誇らしげに話しておるわ。なるほどそれが事実ならば漕ぎ手も不要であろう。
敵には回せぬな。弓矢なら届くが、乗り込むにしても船の高さが違う。これでは乗り込めぬ。火矢で燃えるやもしれぬが、船を海の水で濡らしてしまえばまず燃えぬ。
同じ船を持つ水軍などと言えば笑われるのではないのか?
従うしかあるまいな。さもなくば海を捨てねばならぬ。当家は海に生き海で暮らしてきたのだ。海は捨てられぬ。あとは臣従するかしないかだ。先に領地を捨てたという佐治殿に聞いてみるしかあるまい。
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