第986話・第二回蟹江海祭り
Side:久遠一馬
蟹江の町は大賑わいだ。今日は第二回蟹江海祭りなんだ。
昨年から始まった新しい祭りだけど、今年もみんなやる気になっている。ウチは毎度お馴染みの屋台を出す以外は船を集めておいた。ガレオン船が三隻とキャラベル船が二隻、それと織田家の改造キャラック船が二隻に久遠船も十五隻ほどある。
今年の目玉はこれだけじゃない。少し前に完成した尾張で一から建造した改造キャラック船が三隻ある。これはお披露目を兼ねて今回初めて公開されたものだ。
計二十五隻の船。これだけ多いと見栄えがいい。それと今日は海軍と水軍の合同での観艦式というか船の運行が行われる。
今朝から港に停泊しているウチのガレオン船には領民を乗せて見学をさせているので、それは相変わらず大人気らしい。
ああ、あと北畠家と大湊の会合衆や、伊勢の国人衆に願証寺や無量寿院や伊勢神宮など伊勢の諸勢力を招待してある。それと伊勢神宮には海に生きる者の航海の安全や豊漁を祈る際に、津島神社と熱田神社と一緒に祈祷してくれるようにお願いしている。
「伊勢志摩の水軍衆は驚いてくれるかな?」
「それは驚くでしょうな」
儀式には少し早いので港で船を見ていると、楽しげな領民の姿がいい。お供の資清さんも少し誇らしげだ。改造キャラック船はウチの大型ガレオン船よりは小さいが、もちろんこの時代の日ノ本の船よりは大きい。
織田家ではこれで尾張が外国に並んだと考える人も多いみたい。もっとも信長さんはここからが始まりだと気を引き締めていたけど。
「水軍衆だけではありませんね。自ら造ることは、私たちが思っている以上に周囲の者たちを恐れさせますよ」
今日は織田家の公式行事なのでエルも来ている。大武丸と希美の百日祝いも過ぎたことだし、評定衆としての立場もあるので公式行事には出席することにしたらしい。
お披露目をこの日にしたのは信秀さんの指示だ。完成自体は少し前にしていたんだけどね。エルも言うように狙いは周辺国に織田の力を見せつけることだろう。
今回建造したのは三隻、同じ大きさと型の船だ。一から造り量産する経験を積むこと。造船を任せている鏡花いわく、同じ部品を三隻分造るという過程で課題と問題も浮き彫りになったらしいが、工業村でいち早く統一した規格の部品を造ることを試行錯誤していたので助かったと言っていた。
久遠家の力の源が南蛮船であることは誰が見てもわかることだ。それと同類の船を織田家が造る。その意味を理解する者はこの時代でも多いのかもしれないね。
「無量寿院からも高僧が来たしね。来ないかと思ったよ」
高田派の無量寿院。現在織田と揉めていると言ってもいい相手。とは言っても相手にも敵対意志はないらしく、あくまで交渉で揉めているだけだが。当初彼らは呼ぶ予定にはなかったが、エルが呼んでみてはと進言した結果だ。
「どちらでも良かったのですよ。来ないならば来ないなりの次の手が打てますので」
三河本證寺と少しダブる印象がある無量寿院。本證寺も最初から敵対意志はなかった。ただ織田と関わることを望まず、今まで通りの暮らしと統治を望んだ。
本證寺は結局、暮らしの格差からの領民の逃亡が相次ぎ、矢作川の氾濫で上手くいかなくなりあんな結果になったが。
無量寿院の場合は高僧がこちらの招待に応えて来たことで、本證寺とは違う対応になった。別に脅すわけではないが、末寺の状況はよくないんだ。それをどうする気なのかということは今一度話しておくべきだろう。
さて、公式行事の前に蟹江の屋敷に戻って着替えるか。領外からも招待客が来るからね。さすがに着流しで出席するわけにはいかない。
Side:九鬼泰隆
なんという船の数だ。しかも南蛮船の大きいことに改めて驚かされる。蟹江は織田が新しく造った湊だ。海祭り。本来は久遠家の習わしだと聞いた。
招かれたからには行かぬわけにいかぬと来てみたものの、船で来ぬほうが良かったのかもしれぬ。織田の黒い久遠船と比べても当家の船は小さくみすぼらしいとさえ映る。わしですらそう感じるのだ。他の者は尚更であろう。
北畠の御所様が我ら志摩水軍を見限るわけだ。
「者どもには騒ぎを起こすなと厳命しておけ」
わしはこのまま織田の館に出向くが、水軍の船乗りらは町に行くのであろう。騒ぎだけは起こさぬように厳命しておかねば恥を掻くだけでは済まぬことになる。
「あのような船にて海に出てみたいものですな」
若い家臣のひとりが思わず本音をこぼした。湊では織田の民が船に乗れると喜び集まっておる。案内しておる水軍の者が誇らしげに見えるのは気のせいではあるまい。
「へぇ。とうとう織田様も南蛮船を造ったのかぁ。これで益々尾張は安泰だなぁ」
ふと通り過ぎた男らの言葉が耳に入った。織田が南蛮船を造っただと!?
「すまぬ、ちと聞きたい。織田様が南蛮船を造ったのか?」
「へえ、そうでございますよ。お披露目があるそうで後で出てくるとか。久遠家の船の方様が差配されて造られた本物の南蛮船だと聞き及んでおります」
思わず話をしていた民に声を掛けて聞いてしまった。民は驚きつつもわしが余所者だと悟ったのだろう。口調がいささかぎこちない様子で教えてくれた。
南蛮人の船を手にいれて修繕して使うておるのは聞き及んでおるが、自ら南蛮船を造ったか。久遠が教えたのか? 自らの秘する技と言っても過言ではあるまいに。
教えても久遠の商いや利に差し支えないのか? それとも織田に従う以上教えざるを得なかったのか?
わからぬ。わからぬが、久遠と織田の水軍は以前から我らなど眼中にない様子ではある。奴らは案内も必要ない沖合いを航行するのだ。
織田とは北畠が海の守りを織田に委ねたことで使者を出して少し話を聞いたが、そもそも織田は船の案内で税を取ることをしておらん。湊の津料はもちろん取っておるが、水軍は人や荷を運び領海の警護をしておるという。
佐治水軍の者に聞くといろいろ変わったが暮らしは楽になったらしい。久遠と共に海の向こうを目指すのだと佐治殿は語っておったらしいが。はてさていかがなるのやら。
北畠の御所様は織田に従えと言うたが、肝心の織田は自ら我らに従えとは言わぬ。こちらから臣従を願う場合は、臣従の条件に所領の放棄があることで二の足を踏む者がほとんどだ。
望むならば受け入れるが、織田から従えと言うことはない。我らはその程度の相手だということ。織田と北畠に関わる船に手を出さぬのならば勝手にしろ。それが織田だ。
懸念は船を案内して税を取ることを織田はしておらぬこと。北畠の領海でもそれを禁じることは今後ありうると言うていたことか。
織田と北畠ですでに話が付いておるのだろう。北畠は我らよりも織田を選んだ。文句があるなら謀叛でも好きにしろというのが織田と北畠の考えであろうな。
面白うないが、こうして織田水軍の本拠地である蟹江に来てみるとわかるところもある。国人風情に妥協してやる理由がないのだ。それだけの力がある。
戦も出来んほど力の差があるとはな。
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