第982話・北畠と長野

Side:久遠一馬


「予想以上か」


 桑名が混乱している原因はわりとシンプルだ。織田の統治と既存の自治との違いが大きいことと、もともと桑名を惣により治めていた商人たちは反織田だったために、その他の桑名の商人により始末されていて消えている。


 歴史では四人衆とも三十六家氏人とも言われていて、その家がすべて消えたわけではないが、町と人を治める経験が未熟な者たちが多いことにあるだろう。


 尾張、美濃、三河、北伊勢の物流の拠点だった桑名を運営していた者たちはもういないんだよね。


「大きな問題はないわ。あとは時間が必要でしょうね」


 桑名の代官屋敷で報告を聞くが、メルティも現状ではこんなもんだろうと告げた。新領地が混乱することは珍しくはない。特にウチで管理していないとね。


 ここの経験は今後に生きる。自治都市や湊は別にここだけじゃない。今後類似する新領地を得た場合に役立つように報告書を現地の代官にはお願いしておこう。


 桑名商人に関しては、一揆と北伊勢の国人や土豪が消えた影響で大きな損を出した者たちも多い。その者たちへの対応もされていない。自業自得といえばそれまでだが、織田に従う姿勢を見せている以上は相応の支援は必要だろう。これは商務奉行としてオレのほうでまとめる必要がある。


「内匠助か。よい官位をもらったな。これで無官の者がそなたを軽んじることが出来なくなる」


 いろいろと報告を受けていると具教さんが来たのでそちらの対応に移る。具教さんからは官位を得たお祝いの言葉をかけてもらった。やはり正式な任官は信頼度が違うんだそうだ。


 オレはそこまで気にしないけどね。周りは思った以上に気にするようだ。


「そうですか、やはりそうなりましたか」


「ああ、戸惑うておる者は多い。己の所領で田畑を耕しておれば良かった者にとって、新しきことは不安なのであろう」


 続けて話題となったのは北畠家の現在の様子だ。家督継承と新方針を発表して一か月を過ぎたが、反応は芳しくないらしい。当然だろう。現状のままでも生きていけるからね。


 水軍のほうは目に見える形で優劣の差がついてしまったので、まだどうすればいいかと考えているようだけど。


 家中のことは焦らないようにと助言するしかない。いずれにしても今年は警備兵の配置と、直轄領の検地と人口調査や農業の試験栽培がせいぜいだ。北畠全域でなにかをやる余裕はないだろう。長野家のこともあるし。


「それとな、織田の領内に屋敷がほしい。毎度あちこちに世話になるのも申し訳ないしな。霧山御所は尾張からはちと遠い」


 こちらの予想してなかったのはこの件だ。まあ南伊勢の内陸にある霧山御所から尾張にくるよりは近場に屋敷でもあったほうが利便性はある。


「私はいいと思いますよ。殿と守護様に上申してみます」


「ああ、それで構わん」


 オレとしては反対する理由はないけど、物件が難しいよね。信秀さんと義統さんに報告しておこう。多分大丈夫だと思うが。場所は清洲か蟹江か。そんなところか。


 桑名という選択肢もあるが、如何せん治安も悪いし安定してない。蟹江が便利かなぁ。大湊への直行便がほぼ毎日ある。


 隠居したとはいえ晴具さんもまだまだ元気だ。彼が霧山御所にいれば具教さんは蟹江を中心に自由に動ける。また領内の改革をする時は、その反対も可能だ。いい方針だと思う。


 そのままこの日はいろいろな意見交換をして一日が終わった。




Side:長野稙藤


 気が付くと世が変わっておったと言えば愚か者と思われるのであろうか? まさか北伊勢の国人衆の大半が所領を失い、織田が北伊勢の大部分を制してしまうとは思いもしなかったわ。


 わしのところにも家中に縁ある者が身を寄せておる。あわよくば所領の奪還をと期待しておるようだが、無理なことだ。瞬く間に万を超える兵で侵攻してきた織田と争うなど出来るはずがない。


 ただでさえ南の北畠が攻め寄せてくる様子を見せておるというのに、北まで相手にしておれん。


「して、戦とならば織田は北畠に援軍を出すのか?」


「そこは明確な返答はありませぬな。されど海の守りは織田と北畠で同盟に準ずる約束事がある様子。出てくると考えたほうがいいのかもしれませぬ」


 信じられんのは北畠具教か。武芸に秀でていて戦も上手いと聞いておったが、織田の風下に立つことも厭わぬ気か? あれよあれよという間に織田と誼を深めて、気付いた時には付け入る隙すらなかった。


 こちらも尾張に幾度か使者を送りて誼を深めておるが、北畠具教は自ら尾張に出向いておるという。大器と褒めるべきか軽挙な男と笑うべきか迷うところである。刺客を送れば織田と北畠の誼に楔を打ち込めるやもしれぬが、謀が露見すると一気に窮地となる。そのような博打など出来ぬ。


「殿、当家は戦をする余力などありませぬ」


 北畠は遠からず攻めてくると思うが、当家の現状は厳しい。野分とその後の一揆により領内は荒れておる。なんとか兵糧だけは集めておるが、家臣からも此度の戦はいささか危ういのではと進言がある。


 ただでさえ近年の戦は北畠優位なのだ。主戦場が領内になれば領内は更に荒れる。敵地での戦なら奪えることもあるが、領内では奪えることもない。兵も家臣も不満が溜まる。


 安濃津の湊は織田が寄り付かぬこともあり、すっかり寂れておる。大湊が大いに栄えておると羨む声はあれど、如何ともしようがないと諦めておるほど。


「籠城の支度もいるか」


 出来れば織田には中立でおってほしいのだが、そのために差し出すものが当家にはないのだ。北畠と当家を争わせたいと願うならばと期待したが、それはあまり考えておらぬ様子だ。


「北伊勢の愚か者どもめ」


「あれは管領様の謀であろう? 管領様は如何お考えなのだ!?」


 家臣らは苦々しげに北伊勢の国人と管領様への恨み事を言うておる。北伊勢の地がまとまらぬことが当家の利になっておったのだ。あの地がまとまると北と南から挟まれることも考えねばならん。


 管領様からは当家にも妙な書状が届いたが、あいにくと北伊勢に関わる余力などなかった。領内の一揆を鎮めるのに苦労したからな。


 北畠が北伊勢に兵を送ることを阻止しようとはしたが、それすら織田が水軍を出したことでなにも出来なかった。


 いっそのこと六角に和睦の仲介を頼むか? あそこも伊勢が織田と北畠でまとまるのを望まぬと思うのだが。


 はてさて、いかがすればよいのやら。


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