第976話・細々とした冬のこと

Side:久遠一馬


 そろそろ大武丸と希美の百日祝いとなるので準備をしている。まあ吉法師君の時に見ていたんで知っているが、やはりそれなりの規模でやることになりそうだ。


 子供自体が一族の子供という感じの時代だからね。そんなところはこの時代の風習に合わせる必要がある。


 日ノ本は冬真っ盛りだ。山の村からは寒天作りが順調だという知らせが届くなど吉報もあるが、関ヶ原からはインフルエンザと思わしき流行り風邪の知らせもある。


 残念ながら寒波で凍死したという知らせも少数ではあるがあった。防寒対策に薪と寝具代わりの稲わらとか今年も配ったんだけどなぁ。年齢や住居の環境に個々の体調でどうしても凍死者をゼロには出来ていない。


 病院もこの季節は賑わう。薬は相変わらず貴重だ。領内で生産出来そうな薬草なんかは生産のテストも少ししているが、成果が出るのはこれからというところ。


 ケティは今年から医師の免状を与えることを始めた。これは前々から議論されていたが、一定数の医師が揃わないと逆に困るということで頃合いを見計らっていたものになる。


 曲直瀬さんを筆頭にウチの甲賀こうか衆や、初期の頃から医師見習いとして働いていた者に免状を出した。まだ専門医という段階ではない。漢方などの内服薬治療が中心で外科的治療は縫合くらいだ。


 とはいえ衛生観念と近代医療の基礎知識は教えることが出来たようで、今後の研鑽と技術向上に期待したいところだ。


 実のところ免状を与えた者たちは、すでに以前から領内の各地で診察をしていた医師たちになる。三河安祥と美濃大垣に作った公民館や、各地の城や寺社など、領地の拡大と共に地域の実情に合わせてあちこちで診察と治療をしている。


 具教さんからは医師の定期診察を出来ないかと内々に打診があった。毎回ケティというわけにもいかないので、免状を持った医師を今後は派遣することで調整している。


 無論、領内の各地には偽免状を持った医師に注意するように御触書を出した。まあいるんだよね。相変わらず。ウチの診察は基本お金を請求しないしそれを周知徹底しているが、口八丁手八丁で騙される人が時々いる。


「ああ、追加のゲル届いたんだ」


「ええ、北伊勢にそのまま送ったわ」


 今日はメルティと屋敷で仕事をしていたが、久遠諸島からの船の荷に追加のゲルがあった。モンゴルの移動式住居であるゲル。あれ本当、役に立つんだよね。


 数時間で組み立て出来て中は冬場でも暖かい。夏場は裾をめくると風通しがよくもなる。この時代のすきま風が当たり前の庶民の家よりは住みやすいんじゃないかな。


 今回のゲル。一部はモンゴルの遊牧民と取り引きして手に入れたものらしい。ウラジオストクを実効支配しているからね。モンゴルも明が取り引きに渋いようで、こちらとの取り引きに乗り気だと聞いている。


 北伊勢の領地が広がり、結構な数が必要だったので今回も宇宙要塞製のゲルもあるが。


「あれはまことにいいものですな。賦役には欠かせぬものでございます」


 資清さんも追加のゲルにホッとしたのか笑みをこぼした。大勢の領民を動員するとどうしても住居の問題が出てくる。この時代だと近隣の寺や村で雨露をしのぐか、掘っ立て小屋を建てるしかないが、どちらもあまり歓迎されない。


 人が増えるとトラブルが起こる。住居の環境が悪いと病気になったりストレスも溜まり諍いが起きたりする。ただでさえ閉鎖的な時代だ。余所者が歓迎されるなんてありえないからね。


 ところがゲルは土地さえあれば地元に迷惑をかけないで賦役が出来る。飯と報酬を払うのもあるが、ここまで織田の賦役が上手くいくようになったのはゲルの存在も大きい。


「北伊勢の人たちもこれでなんとかなるだろ」


 具教さんは神戸家の元領地の復興からノウハウを学ぶつもりらしく、現地入りしたと知らせが入った。


 織田の統治と賦役。そのノウハウが欲しいのだろう。上手い手だなと感心する。具教さんが伊勢の守護であり国司であることに変わりはない。北伊勢は分郡守護として斯波、織田に権限を与えたが、名目として上位に北畠家がいることに変わりないんだ。


 さらに自ら学びたいと出向くことで、神戸家などに対して見捨てたのではないと改めて示した。具教さんは今回の行動で、穏便に織田家中に影響を及ぼす立場となったということだ。


 ジュリアが相談に乗っているので助言があった可能性もあるが、いずれにしても具教さんは政治的なセンスも悪くない。


 北伊勢はこのままいけば安定していくだろう。




Side:北畠具教


「よくまあ、ここまで荒らしたわね」


 野分によって被害を受けて、刈り入れも行なわれずに一揆勢に荒らされた田畑を見て春殿がため息をもらした。


 よくあることだ。野分、一揆、戦。理由は様々なれど捨てられた土地など珍しくはない。もっとも尾張ではもうそのような土地は見かけぬと聞くが。


 すでに夏殿が腕利きの者を集めて賊の討伐にいった。暇を持て余しておる家臣がおったので学んでこいと一緒に行かせたが、いかがなるのやら。


「ここからやるのか?」


「そうね。街道の整備と一緒にやるわ。ひとつひとつ片付けていく必要があるし、成果が見えやすいところからやると、皆のやる気が出るのですよ」


 海も近く街道沿いの田畑から賦役をやることにも理由があるか。なるほど士気を上げるということも考えるとは。戦と同じか。


「銭がかかるな」


 もっとも家臣らは神戸城に運ばれた米や雑穀、そして銭を見て唖然としておった。事前に聞いておったことではあるが、新参者の国人の城にこれほどの銭と兵糧を運び入れて賦役をするなど考えられぬことだからな。


 ここまで銭をかけて土地を復興させねばならぬのかという戸惑う声もある。田畑は地元の村に任せるべきだというのが当然だからな。ここまで銭をかけても税が一気に増えるわけではない。


「時は銭では買えぬのですよ、宰相様。一刻も早く領内を整え作物の収量を増やす。それは国造りの第一歩でございます。さらにこれで民の暮らしもよくなると一揆など二度と起きませんよ」


 時か、確かに旧来のやり方では如何ともしようがないのは明らか。父上とて内匠頭殿とてそれは同じであろう。内匠頭殿とて、一馬らを召し抱えるまではいずこにでもおる武士でしかなかったのだ。


 足利、細川、畠山、大内。畿内だけでも多くの者が天下を動かし世を束ねようとしたが、誰ひとりとて出来なかったこと。


 それ故にわしは久遠の今までにない技と知恵に期待するところもある。


「銭が回るというたか。以前一馬に教わったが……」


 銭は使うてこそ意味がある。民、商人、僧侶、武士。皆が銭を使い、銭が領内を回ることこそが富める国なのだと一馬が言うていた。


 未だに理解しきれぬものがあるが、こうしてひとつひとつ見ておるとすべてがつながるという訳か。


 背筋が寒うなる気がするわ。皆がいかに戦で勝つかなど考えておる間に久遠は別のことを考えて国を大きゅうしてしまう。


 久遠を真似て銭を得ればいいのだと、少し賢い者は考えるであろう。それすらすでに久遠の術中なのでは戦の前に負けてしまう。


 今川はいかにするつもりであろうな。甲斐を得てまことに織田に対抗出来ると思うておるのか?


 まあわしには関わりのないことだがな。



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