第977話・大武丸と希美の百日祝い
Side:久遠一馬
閏一月中旬。この日は大武丸と希美の百日祝いをする日となる。
大武丸も希美も産まれた頃と比べると成長したなと感じる。この日のために用意した着物を着せて清洲城に出かける。
最近大武丸と希美と一緒にいることも多いロボとブランカも一緒だ。ロボとブランカはすっかり馬車に慣れて落ち着いた様子で清洲城へと向かう。
「大武丸、どうした?」
途中大武丸が窓から見える空に手を伸ばしていた。なにかなと見てみると雲が見える。雲が欲しいのかな?
「うふふ、久しぶりの外出で楽しいのかもしれませんね」
エルもそんな大武丸にどこか嬉しそうだ。一緒に馬車に乗っているのはほかにパメラとセレスだ。ほかにも後ろにはお清ちゃんとかジュリアが乗る馬車も続く。ウチの馬車は増えて、移動はほとんど馬車になった。
あとは織田弾正忠家と斯波家は移動が馬車に変わりつつある。もっとも四人乗りの馬車を牽く中型のアラブ馬がまだ繁殖中で数が揃ってない。さらに硝子窓がある箱馬車は漆塗りの高級仕様なため、並みの武士では持てるものではない。
信秀さんはもう少し馬の数が揃ったら、褒美として箱馬車を与えることも検討している。
工業村で開発した日ノ本の馬二頭で牽ける小型の馬車はボチボチ普及している。あれは重量軽減のため完全な箱馬車ではなく幌を屋根にしたもので、織田一族や重臣が持っている。
馬の去勢はこの馬車用の馬を中心に少し普及した。どうしても自分たちが乗る馬の去勢は必要性を感じないらしくあまり普及しなかったが、馬車を牽く馬はやはり去勢したほうが安定するからね。
「少し遅かったかな?」
清洲城にはすでに多くの武士が登城していた。予定時間よりだいぶ早く来たんだけど。
みんな大武丸と希美の百日祝いに出席してくれる人たちだ。吉法師君の時と同じく完全に織田家のイベントとなっているが、まあ仕方ないだろう。オレ自身が織田一族ということになっているし、こういう行事で親交を深めていかなきゃならない。
「かじゅ! える!」
城の中にあるオレの部屋に入ると、吉法師君がやってきた。吉法師君は時々清洲城に来ては信秀さんや土田御前と会うことがあるので慣れているんだろう。
大武丸と希美に自身の指を握らせると満足げな顔で笑みを見せた。
百日祝い。元の世界でもあったというが、正直オレは参加した記憶もない。広間に大武丸と希美を連れていくと織田家の皆さんがすでに集まっていて、明るい様子で雰囲気はいい。慶事だからだろうね。
織田一族に義統さんと岩竜丸君もいる。あとは重臣一同もいるね。奥方たち女衆も集まった。これは信秀さんの指示だという。伝統的な形は守りつつ、変えるべきところは変える。そんな思惑があるらしい。
歯固めの石は大武丸の名前にあやかり熱田神社からもらってきた。この地方の伝統的な百日祝いの膳が置かれると、興味があるのか希美がジッと見ている。
「ほう、大人しいな」
「ウチだとみんな顔を見せに来るので人に慣れているみたいなんですよ」
大武丸と希美は起きていて大人しい。周りの人たちを見ている様子もあるが笑って楽しげなくらいだ。信秀さんはそんなふたりに少し感心したみたい。隣でお座りしてるロボとブランカを含めて、なんか微笑ましい光景に見えるのかもしれない。
百日祝いはこの時代では珍しくない。信秀さんたちは何度も経験していることだ。泣く子もいれば寝ている子もいる。子供が大きくなるとそんな様子が話題として語られることも珍しくないという。
この百日祝い、内容は歯が生え始める頃であるこの頃に初めて箸を使い、一生食べ物に困らないようにと願いを込めて食事の真似をする儀式になる。
食べさせる真似をするのは信秀さんだ。元の世界では年長者が好ましいと言われていたが、織田一族の場合は一族で一番身分の高い信秀さんがしているみたい。
祝いの料理もたべさせる真似をして、最後の歯固めの儀式になる。
吉法師君の時も見ていたが、不思議な儀式だなとしみじみと思う。祈るということが信じられていて重要視されている時代らしいと言えばそうだけど。
一通り儀式が終わるとそのまま集まってくれた人たちと宴になる。無事に百日を迎えられたことを喜んでお祝いの言葉を皆さんから頂く。
乳幼児の生存率がお世辞にも高くない時代だ。五体満足で生まれ育つことがなによりの喜びな時代なんだよね。
特に織田家はかつてないほど大きくなって成功している。今の勢いを落とさずに今後も上手くいくようにと神頼みをする人は多い。
大武丸と希美とロボ、ブランカは一足先に城内のオレの部屋に戻った。宴はここからが長いからね。
ジュリアは妊娠以降禁酒をしているようで、今回はノンアルコールで参加している。ジュリアの子も無事に生まれるといいとみんなに声をかけられる。
親戚が増えたなと実感するね。大武丸と希美と共に生きてくれる人たちだ。大切にしたいと思う。
Side:エル
宴に参加するのは久しぶりです。普段は大武丸と希美のためにも宴などの参加は控えておりましたので。今日はふたりの祝いということもあり参加しています。大武丸と希美は世話をする壮年の侍女に任せました。
「元気そうでなによりですな」
「ありがとうございます。皆様のおかげでございます」
ふと気付くと好奇の視線で見られることがなくなったなと実感します。同じ一族、仲間として認めていただいたということでしょうか。
髪の色、肌の色、瞳の色。どれも日本人とは言えないものがあります。閉鎖的なこの時代に僅か数年でここまで温かく迎えていただける。感謝しかありません。
親戚付き合いはいいことばかりではなく、大変な一面もあります。ですが私の場合は家臣たちが手筈を整えてくれるので楽なのでしょう。司令はこういうのがあまり得意ではないと言っていましたね。
個人という概念が当然になった時代に生まれた司令と、仮想空間で生まれ家族も一族も厳密にはいない私たちには未知の世界なのです。
ただ、私はそんな現状を楽しんでもいます。冠婚葬祭や祝いの日には集まり、贈り物をしたりする。市姫様や吉法師様のような子が大きくなるのを見守るのは楽しいです。
子供たちにはマフラーや手袋を編んで贈ると本当に喜んでくれます。毛糸は貴重なこともありますが、とても暖かいことも喜んでいただける理由のようです。
「える、える」
「あら、とてもお上手な折り鶴でございますね」
「あたえる!」
「ありがとうございます。大切に致します」
ちょこちょこと歩いていた吉法師様が私のところに来ると、ご自身で折られた二羽の折り鶴を手渡してきました。
願いを込めて鶴を折ると祈りが届く。そんな風習が生まれてしまいましたね。元は誰かが折り鶴を教えて千羽鶴の逸話を教えたことが独自解釈されたのでしょう。
一日一羽。船の帰りを待つ者が鶴を折ると船が無事に戻るという久遠家の風習になっています。
これはこれでいいのかなと思います。
司令と共に生きたいと願った私の祈りが届いた結果が、現状なのかもしれませんから。
◆◆
天文二十二年、閏一月。久遠一馬が子である大武丸と希美の百日祝いが行われたことが『久遠家記』にある。
場所は清洲城で、先年に行われた信長の嫡男である吉法師の時と同規模の祝いの席だったようで、この頃の織田家における久遠一馬の立ち位置がよくわかる出来事になっている。
なお織田信秀はこの百日祝いの席に一族の女衆も呼んでいて、当時織田家で進んでいた女衆の社会進出と交流がこのような儀式にも及んだことが明らかとなっている。
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