第973話・北伊勢から始まる流れ

Side:久遠一馬


 最近、吉法師君が散歩を兼ねてウチに歩いて遊びに来るようになった。一般論として言えばあまり城を出る身分でも歳でもない。まして歩いて家臣の家に行くことはまずあり得ない。


 ただし信長さんは、ウチに頻繁に遊びに来るお市ちゃんを見ていい影響があったと見ているようだ。世の中を幼い頃から知ることや、日光に当たると健康にいいこともある。


 もっと言えば武士という存在の在り方について、信長さんは少し考えているところがあるらしい。


 意外に早く情勢が動いたのは北伊勢の北畠方国人衆だった。本領と言える領地以外の俸禄化。それを事前に知っていたことが大きいだろう。俸禄のほうは、復興後の数値で俸禄化することにした。


 忍び衆からの報告が上がっているが、現状は思った以上に領地が荒れている。現状の価値で算出すると俸禄が目減りするんだ。野分と一揆の前を基準として算出するというと国人衆たちは喜んでいた。


「春、夏、秋、冬。悪いけどお願いね」


 先日、正式に清洲城にて臣従の挨拶を終えたので動き出す。検地と人口調査、それと領地の復興。最優先課題はその三つになる。


「任せて。二十四時間働いてみせるわ!」


 春さんや、そんなことしなくていいから。高度経済成長期のサラリーマンじゃあるまいし。春はね。本来は優しくみんなを笑わせてくれるようなそんなタイプだ。三河衆辺りだと武家らしい武断の奥方だと言われているけど。


 まあ、春の昭和ネタは置いておいて、北畠方から受け入れていた賦役の出稼ぎ労働者を急遽戻すことにした。賦役の報酬がないと餓死する人が続出するので受け入れたが、北畠方領地の復興がおかげでほとんど進んでいない。


「北畠家で抱える囚人どうする?」


「ああ、長野との戦まではこっちで使っていいそうだ。使い潰してもいいって言われてる」


 領地の復興は技能型の秋の領分だろう。秋は現在北畠方で復興に当たっている一揆勢の囚人の扱いについて気にしていた。


 ウチもね。正直囚人の扱いとか経験ないし、どうなのかと様子を見ていたけど、まあ効率はよくないらしいね。僅かばかりの雑炊で夜明けから日暮れまで働かせているので、やる気もないし要領もよくない。


 織田で捕らえた一揆勢の囚人もいるが、こっちもあんまり効率はよくない。北畠とか六角よりは待遇がマシなんだけどね。現在は津島の川の浚渫をやらせている。真冬だし川の水量が多くないので作業はそれなりに進んでいるが、水が冷たいので厳しい作業と言えるだろう。


「それと治安はそこまでよくない。警備兵も出すけど、賊狩りをしたほうがいいと思う」


「だろうね、了解したよ」


 夏には治安回復をしてもらう必要がある。別に北畠方の国人衆がさぼっていたわけではないが、国人衆も家臣の領地や寺領は関わらないし、山とか河川敷とかは基本放置だ。一揆勢の生き残りやら、食うに困った領民が賊と化していると報告が上がっている。


「ああ、冬。衛生環境と栄養状態もよくない。流行り風邪らしき流行が起きていると報告もある。必要に応じて物資は送るから頼むよ」


「また一からやらなきゃダメなんだね……」


 冬はちょっと面倒そうな顔をした。この時代の人って、上位に立つ統治者であっても余所者の指示に従うのを嫌がるんだよねぇ。特に土豪とか村の長老とか。


 人の死にも慣れている。冬には凍死する者が出るし、飢饉が起きれば餓死する者が出る。それが当然なんだ。行動力があったり目端の利く人は動くが、慣れてしまってそのまま惰性的に生きている人も少なくない。


 説明や指導をしながらを基本とするが、多少手荒で強引な手法も認める。申し訳ないが従わない人にいつまでも合わせていると復興が遅れて損害と被害が増えるだけだからね。


 北畠方の領地に送る人材は織田家からも当然出す。誰になるかまでは聞いていないが、春までに田んぼの復旧を可能な限りで終わらせたいところだ。


 ウチの家臣からは金さんをトップとして送る。これは資清さんの推薦だ。金さん、なんか地味に出世しているんだよね。




Side:六角義賢


「上様は三好をいかがされるのでしょうな」


 平井加賀守がそろそろ都に着くであろう公方様のことを口にした。もとは公方様も三好討伐をとされておられたのだ。すんなりと収まるとよいのだが、懸念もある。


「まあ、面白くなくてもすぐに動かさぬであろう。あのお方は慎重になられた」


 蒲生下野守は懸念を理解しつつも、三好憎しで兵を挙げるほど愚かではないと見ておるようだ。


 恐らくそうであろう。公方様のお心は尾張にある。斯波と織田の行く先に期待を持たれておるのだ。三好が分不相応のものを公方様に求めぬ限りは現状のままであろう。


「三好には悪いが、我らも西ばかり見てはおれぬ」


 都を押さえたのだ。せいぜい都と畿内を落ち着かせてほしいものだ。三好には。


 我が六角家は難しき立場にある。まさか北畠があそこまで動くとは。海の守りを託すばかりか、神戸を筆頭に北伊勢の者らを織田に臣従させることにより、事実上の同盟に近いことをするとは思わなんだ。


 代替わりをして参議となった北畠具教。以前から尾張と誼があったとは聞いておったがな。


 梅戸などの北伊勢の所領の現状はあまり良くない。捕らえた一揆勢を使い復興をさせておるが、死なぬ程度で与える飯とて銭がかかる。その割に織田と比べると進んでおると思えぬ。


 被害を受けた地は織田のほうが遥かに多いはず。かかる銭も苦労も織田はこちらより多いはずなのだが、いったいいかがなっておるのだ?


 検地をして人の数を調べる。またその土地で作られる作物や品物を把握することから始める。織田に教わった領地の治め方だ。ほかにもいろいろと教わったが、出来ぬことのほうが多い。


 年貢も織田では銭ではなく、現物で納めさせておるものも多いという。間に商人を挟まぬほうが武家も民も利は大きい。それが理由だとか。極め付きに国人の領地ですら減らしておるのだ。土豪などすべて召し上げてしまったところも多いと聞く。


 ひとつひとつを聞けばよい方策だと思う。されどそれをするには如何程の力がいるのだ? 六角家には久遠がおらん。六角家の現状に合わせて助言してくれる者も、海の向こうから貴重な品々を運ぶ者もな。


 わしには尾張がすでに別の国を作っておるとしか思えん。源頼朝公より続いた武士の世を織田は変える気なのではないのか?


 甲賀の三雲領だったところで試しに織田のやり方を試させておるが、果たしてあれが家中を納得させる成果となるのか。


 父上、わしはいかがすればよいのでございますか?


 あまりにも違い過ぎてわからぬことが多過ぎまする。



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