第970話・望月一族の悲運
Side:久遠一馬
一月も残り少なくなった。織田家の新体制は相応の混乱と失敗が続いている。ある意味当然なんだけどね。初めてのことをしているので。
失敗したら原因を見つけて同じ過ちを繰り返さないようにする。トライアルアンドエラーをいかに続けるか。そこは皆さん理解しているようで嬉しい。
そうそう、伊豆大島からの避難民は蟹江近郊の賦役で働いている。島から出たことがない人が大半なので、あまりの賑わいと人の数に驚いていたと報告がある。
あと北条から譲渡された伊豆諸島に関しては、尾張からと久遠諸島から調査団を派遣することにした。尾張からの調査団は、久遠諸島の視察も兼ねるので、ウチの家臣ばかりではなく織田家の家臣も同行する。
検地と人口調査、それと人々の暮らしの調査も頼んだ。伊豆大島は火山活動が終息したらになるが、他の島は調査が済み次第、生活環境から改善することになるだろう。
「機を逸しておりますな」
遅い。清洲城からの書状を見て資清さんはそう断言した。中伊勢の長野家のことだ。
北伊勢北部の織田領化と六角・北畠の不戦方針。それと北畠が織田水軍と同盟を結ぶことや、北伊勢の神戸家などが織田に臣従する話が完全ではないだろうが伝わったらしい。
北畠家の代替わりもある。戦になると長野家も理解しているんだろう。織田をなんとか中立にしたいらしく使者が清洲城に来ている。
「自身を取り巻く情勢の詳細を知ったら卒倒するわね。すぐにこちらに臣従をと願い出ても驚かないわ」
メルティも苦笑いだ。とは言っても長野家が遅いのではない。北畠家がそれだけ思い切った動きをしているんだ。
長野家も伊勢の各地と同じく、昨年の野分と一揆で苦しい。というか伊勢で一番苦しいのは長野家か関家だろう。共に他所からの援助が入ってない。その両家では治安が悪化して一揆の生き残りが賊となっていると報告がある。
関家は北畠家で援軍を出して概ね鎮圧したが、あまり領地を見られたくなかったのだろう。大勢が決まった段階でお礼と臣従を誓い、お引き取り願ったそうだ。
もともと東海道の要所である鈴鹿関を擁する関家だが、治安は以前から悪かった。それが悪化することはあっても良くなる要素はないからね。東海道を使う旅人もかなり減っている。人の往来が減ると税も減る。野分の被害と一揆の被害の回復なんて手付かずだ。
少し話が逸れたが、長野家はもっと大変だろう。結局一揆勢だった者たちが逃げた先は長野領が一番多かった。あそこもね。伊勢ではそこそこの名門の家だ。なまじ北畠家と敵対しても生き残れていたことで、今回も織田さえ中立なら大丈夫だと思っているんだろう。
北畠家が臣従寄りの同盟に舵を切ったこと、知れば確かに驚くでは済まないだろうね。
北畠家に関して、具教さんが警備兵の創設を目指していて人を貸してほしいというので一度織田家の人員を送ったのだが、思った以上に大変だと理解したらしく逆に北畠家の者たちがこちらに研修に来ることになった。
北伊勢の神戸家などの臣従と水軍衆は、未だ話し合いが続いているんだけどね。細かい条件や扱いに今後のこと。よく話しておくことはたくさんある。
「
仕事が一段落すると、望月さんが信濃望月家の望月源三郎さんを連れてきた。会うのは初めてではない。尾張に着いた頃と婚礼の儀で会っている。
「武田や諸勢力の手前、表立った肩入れは当家にもできません。望月一族が繋いだ縁なので、
源三郎さん、望月家に半月くらい滞在しているせいか、すっかり毒気を抜かれたようになった。一時期は自分が望月一族の惣領だと自認して上下関係をはっきりさせようとしていたのに。
「惣領と領地は然るべき者に譲ります。某は出雲守殿の下で構いません」
望月さんから事前に話は聞いている。彼には信濃望月家とその一族をまとめる力もなく、また後ろ盾である武田家も信濃望月どころではない。さらに尾張に来て尾張望月家を見て自信も失ったらしいね。
気になるので虫型偵察機などのオーバーテクノロジーで少し調べたが、信濃望月家にはかなり今川の調略が入っている。雪斎が動いたんだろう。ウチの
あと望月家の生活水準は尾張でも高い部類に入るからね。日々の食事や暮らしから力の差を痛感したというところか。
「わかりました。所領を放棄してくるのならば、今までの暮らしよりはいいものを約束します。まあいろいろ大変でしょうが、生き残れば先はあります。頑張ってください」
元惣領としての体裁は保つ必要がある。とはいえ聞いた限りだとそこまで厚遇も必要ない。領地も暮らしも厳しかったらしいしね。
これしかなかったというのが源三郎さんの結論だろう。資金援助はしてもいい。それは望月さんも考えていたことだ。とはいえ資金だけでは最早どうしようもない段階になっている。
孤立無援化しつつある武田家に臣従した者。まあ一族どころか家臣や従属土豪からの風当たりも厳しいんだろう。
「手を貸してやらないと危ういかな?」
「そうね。でもそのくらいは己ですると思うわ」
源三郎さんは信濃に戻り、家族や子飼いの家臣を連れて尾張に来ると約束して下がった。とはいえいきなり惣領を退いて他国に行くっていろいろ大変だろうなと思う。
メルティに手助けの相談をするが、ここはあえてしないほうがいいのか。
まあ武田晴信は惣領の隠居と尾張への移住の許可を出すだろう。次の惣領を誰にするかは考えると思うが、一族をまとめられずやる気もない人の留任に奔走するほど余裕はない。
失脚して親戚を頼って国を出る。よくとまでは言わないが、あることではある。史実においては土岐頼芸とか小笠原長時も失脚して国を出ている。
史実のように武田から望月惣領に養子を入れるのか、それとも信濃望月一族の中から選ぶのか。下手すると一族で内紛になるが。
まあそれでも武田はウチの姻戚に伝のある信濃望月一族をそれほど粗末には扱わないだろう。織田は信義を重んじているというのが世間の評判だ。血縁による繋がりが強いこの時代において、織田に連なるウチへの伝を持つ望月一族を粗末に扱うと、そのまま織田を粗末に扱うと受け取ってもおかしくないんだ。
力関係ははっきりしている。源三郎さんが殺されるようなことはないはず。
ただねぇ。信濃望月一族の内部のほうが面倒かもしれない。極論をいえば武田が優勢ならば源三郎さんを担いで、今川が優勢なら今川方へ
頑張ってもらうしかないか。信濃の領地まで面倒は見られない。信濃は今後もしばらく混乱と争いが続くだろうし。
源三郎さんはいい時に動いたのかと個人的には思う。
ウチは忙しいからね。真面目に働いてくれるならば暮らしは楽になるはずだ。
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