第966話・婚礼の儀

Side:久遠一馬


 冬晴れとはいかないが、一益さんと太郎左衛門さんの合同結婚式の日だ。女衆は朝から準備に追われている。予定では今日から三日間の婚礼の儀になる。あまり派手にやり過ぎても駄目だが、質素すぎても駄目だという。難しいね。


 オレはあまりやることがない。こういう時は偉い人は黙って待っているのが、一番仕事が少なくなるからな。


「そうか。それほどか」


「はっ、一族をまとめるのは難しいかと」


 婚礼の儀を待つ間。資清さんと望月さん。それと結婚式に出席するために今日は仕事を休んでいるジュリアとセレスと共に、信濃望月家の状況を聞いている。


 自業自得と言えばそれまでだが、少し可哀想になるところもある。武田に攻められて仕方なく降伏して臣従し、結果的に惣領なんて地位を継いだ。どうも仲介した真田さんが望月一族を説得してまとめた話らしい。


 史実ではこのあと武田一族から養子が入ることから、武田による計画的な乗っ取りの可能性すらある。


 ところがだ。武田は望月どころか甲斐すら危うくなっている。今川の調略も望月一族に及んでいるらしく、遠江守を称する望月源三郎さんは自分が暗殺でもされるのではと不安で仕方ないらしい。


 源三郎さんが極端に無能なのではない。彼は惣領たる教育も受けておらず、また血縁などを活かす術も知らない。言い方は悪いが、武田が強ければこのままそれなりにやれた人なんだと思う。


「武田か。あそこもあちこちに恨み買っているからね」


「惣領を退いて尾張に参られてはよろしいのでは? 一族は割れるでしょうが、信濃は当分落ち着きません。内紛よりはいいかと」


 武田さん、信濃で恨まれているんだよねぇ。こっちはほんと自業自得なんだけど。セレスはどうせ割れる一族なら先手を打って割ってしまえばいいという。


「武田が許すかな?」


「許すさ。晴信も内紛は困るからね。それに最悪信濃の一国人など捨てる気だろうさ」


 懸念は武田が割れる望月一族をどうするかだが、ジュリアはなにも出来ないだろうとあまり興味なさげに笑った。


 武田方の信濃衆が武田に従っているのは主に怖いからだ。裏切り上等で慣例破りすら平気でする武田が。武田の形勢が不利になるに従い、抑えつけていた不満と怒りがあちこちで出ているが、現状では対抗する今川もそこまで信頼されていない。先の戦で失態を演じた小笠原は問題外だし。


 こちらとしては出来ることはあまりない。武田なんぞに手を貸すと信秀さんの名声に傷が付く恐れもあるし、武田よりも信濃小笠原家のほうに義理がある斯波家の面目もある。


 望月さんが本家を支援して銭を送るくらいならいいだろうが、聞く限りだとそれだけでは押さえられないだろう。


 これは推測だが、仲介した真田さんも恨まれているのでは? 彼自身も大変だしね。信濃の領地すら危ういが、西保三郎君の供として尾張にいるので寝返りも難しい。


 ほんと、武田家の周りは面倒なことでいっぱいだね。




 夕方を過ぎると婚礼の儀が始まる。三々九度を行う固めの儀などこの時代の儀式からだが、オレはその後の宴から参加する。


 真っ先に運ばれてきたのはケーキだ。これは当然ながらこの時代の風習ではない。実は花嫁さんたちのリクエストになる。


 今回、料理に関して事前にリクエストを聞いたんだが、ふたりの花嫁さんが遠慮がちにケーキを食べたいと言ったんだ。大きなケーキを切ってみんなで食べる。なんか憧れがあるらしい。


 純白の生クリームケーキだ。季節的に手に入ったみかんとパイナップルのシロップ漬けなどを入れたフルーツケーキになる。これはオレとエルたちからの贈り物だ。


「おお……」


 ウェディングケーキを見て声を上げたのは信長さんだ。いや、参加したいって言うからさ。一益さんと太郎左衛門さんとしても、主筋の信長さんの参加は名誉なことだし断れないから参加している。一応親戚なんだよね。滝川も望月もオレの奥さんの実家であることから、猶子の関係上信長さんとも繋がる。


 実のところいい影響もある。信濃からは望月源三郎さんが来ているし、甲賀からも結構親戚が来ているんだ。織田の若殿も参加すると聞いて驚いていたらしいが。


 切り分けているのはエルたちだ。ケティ、パメラ、リリー、マドカ、お清ちゃん、千代女さんなど、ウチの奥さんたちがやっている。


「なんと白く美しい……」


「これは……?」


 驚き戸惑いの声を上げたのは望月源三郎さんと甲賀から来た人たちだ。


「ケイキという当家の祝いの菓子でございます。宴の前に皆で静かに食べるのが慣例でございます」


 うん。すっかり慣例になってしまったな。ウェディングケーキの食べ方。お清ちゃんが皆さんに説明すると静かになりケーキを食べる。


 リクエストしてくれた花嫁さんたちも嬉しそうだ。お清ちゃんが言っていたが、オレとお清ちゃんたちの婚礼の儀で白無垢を着てケーキを食べるのを見て、いつか自分もと夢見ていたんだそうだ。


 宴の料理も少し違う。こちらは一益さんのリクエストでいなり寿司がある。ウチに初めて来た時に食べた料理だ。どうも好物らしく度々家人に作ってもらい食べているとのこと。


 あと太郎左衛門さんのリクエストでたこ焼きもある。もっと珍しい料理でもいいと言ったんだけどね。これが好きらしい。考えて見るとたこ焼きは、祭りの時にウチが出す屋台でしか食べられない特別な料理になっているみたい。


 そうそう、たこ焼きは信長さんが時々自ら焼いて、清洲城で兄弟や家臣の皆さんに振る舞っているものでもある。そのせいもあるんだろう。ウスターソースは相変わらず市販してないしね。他では食べられないものであるのは確かなんだけど。


 あとは鯛の塩焼きをメインに祝いの料理をエルたちが作ってくれた。


「尾張ではこのような菓子まで食えるのか……」


 ケーキを食べ終えた源三郎さんが、ぽつりと呟いたのが偶然聞こえた。甲賀の人たちもそうだが、格差というものを思い知らされて複雑そうな顔をしている人もいる。


 そのまま宴が始まるとすぐに賑やかになった。


 年配者の皆さんは甲賀時代の苦労を思い出しつつ、婚礼を喜んでいる。これで滝川家も望月家も安泰だ。そういうのはいい。ただね、思い残すことはないと言うのは止めよう。縁起でもないよ。長生きしてください。


 一益さんは史実では織田四天王のひとりと言われた人。現時点でも尾張での評価は高い人だ。忠義の八郎こと資清さんと、今弁慶こと慶次が、あまりに有名であることで知名度では一歩劣るが、内政も戦も出来る人として知られつつある。


 太郎左衛門さん。彼に関しては史実ではよくわからない。真田家家臣に同名の望月太郎左衛門という人がいて、その子が真田十勇士のひとりと言われるくらいだ。太郎左衛門さんがその史実の真田家家臣と同一人物かもわからない。


 久遠家家臣の太郎左衛門さんの評判はいい。主に忍び衆の統率と情報収集を担当している故にそれほど目立ってはいないが、日に日に拡大する久遠家において欠かせない人になる。


 あとは益氏さんと池田家の娘との婚礼をあげると一息つける。


 こうして夫婦となり子をなして、次の世代に繋げる。そう思うと感慨深いものがあるね。



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