第963話・北畠家の評定
Side:北畠具教
新年の評定。毎年あることであるが、今年はちと違う。父上が隠居をなされるのだ。織田に対してわしほど信じてもおらんようで思うところもあるようだが、言われたことは臣従だけは慎重にせよということだけだ。
良きところを真似るということは概ね了承されておる。家臣や国人の顔色を窺いながら治める今の政を必ずしも良いとは思うておらぬ様子。
「海の守りは今後織田に任せることにした。誓紙も交わす。以後、水軍衆は織田に従え」
父上の隠居と、新しき当主としてわしが就く。その後に最初に明らかとしたのは水軍衆のことだ。噂は流しておいた。それと北伊勢へ援軍を送る際にも織田の水軍を頼んだのだ。まったくの寝耳に水だという者は少なかろう。
「お待ちくだされ。それでは織田が敵とならば如何するのでございますか!?」
反発とまでは言わぬが面白くなさげに声を上げたのは南志摩の水軍衆か。あそこは紀伊と接する。向こうとの付き合いもあろう。思うた通りあまり望んでおらぬようだな。
「そなたらは知るまいが、いずれにせよ南蛮船には勝てん。ならば信じて任せたほうがよい。大湊と南伊勢の商いは織田とて守らねばならぬものなのだ。そなたらが望まぬのならば勝手にせよ。ただし織田と事を構えてもわしは助けぬがな」
己らと織田のいずれを信じるか。裏切らずとも北畠を従えられる織田と、臣従とは言うても勝手をするそなたらと比べるまでもなかろう。
「それとな、北伊勢の者らには織田に臣従をするようにわしから申し付けた。織田と誼を深めるための先駆けとなってもらう。あそこは織田領との暮らしの差が明らかになる地。とても治めきれん。北伊勢の一揆と同じことが再び起きる前になんとかせねばならん」
神戸らは結局、わしの申し付けを受け入れた。北伊勢の一揆とその後を見ておると如何ともしようがないというのが本音か。裏切りではない。織田と北畠を繋ぐのだという気概があるのが頼もしい限りだ。もっとも関は内々に打診したところで断ったがな。
「大御所様、よろしいのでございますか?」
わしの考えが気に入らぬのか。ひとりの国人が無言でおる父上に声を掛けた。
「わしとて望んで手放すわけではない。されどな、餓える北伊勢の民を殊更良き扱いと致して北畠で食わせるとするならば、そなたらは許すのか? 織田の地は飢えぬのだ。北伊勢は今後、そのような相手と対峙していかねばならん。民は村を捨て織田に逃げていく。それを如何する? ほかに策があるなら申してみよ」
父上も決して喜ばれておるわけではない。されど、なにも理解せず従えておけばいいと安易に考える者らには呆れた顔をされた。
「織田は新しき国の治め方をしておる。今後わしはそれを取り入れることにする。望む者は申し出よ。気に入らぬ者は今まで通りでよい。好きに致せ」
「御所様、織田がそれをこちらに教えるのでございますか?」
「内諾は得ておる。先年も薬師の方がわざわざ来たのは知っておろう。今一度言う。望まぬ者は今までと同じでよい。わしは直轄領と望む者で進める。望まぬ者は今まで通りの奉公でよいのだ。異論はあるまい?」
こうしてみると内匠頭殿の凄さがわかる。生まれは決していいとは言えぬ。守護代の下の奉行だったとか。そこから尾張、美濃、三河とまとめて新たな政を次から次へと始めるとはな。
献策は一馬らであろう。とはいえそれを国人らに命じて納得させる。並みの者ではとても出来ぬことだ。そのうえで仏などと言われておるのだからな。
「あと最後に長野との決着は夏の前に付ける。己の力と考えを貫きたい者は、目に見える形で示してみせろ」
納得する者。致し方なしと
Side:久遠一馬
松の内も終わった。清洲城では相変わらず新体制の試行錯誤が続いている。細かい案件を誰がどう扱うか。
それとこの件に関連して資清さんが、織田家中の相談に乗っている。如何にして文官としての仕事が出来る家臣を育てるかということについてだ。
実はこれ、最初はオレに来た相談なんだよね。メルティや資清さんたちと相談した結果、国人やその家臣の実情を知る資清さんが相談に乗ってくれることになった。
国人の家臣レベルになると、ほぼ農民と変わらない暮らしをしているんだよね。いきなり事務仕事を頼んでもどうしていいかわからないそうだ。これは春たち四人組に補佐を頼んで、マニュアル化の予定で準備している。
字は綺麗にはっきりと。報告は一言一句正確に紙に記す。計算は複数回して確認する。このレベルからのマニュアル化になる。大変だろうが頑張ってほしい。
あと勅使の広橋さんが領内を視察している。案内役として政秀さんが付いているせいか、吉法師君がその間ウチに来ることが増えた。
「子を育てるとは大変なことですね」
最近は吉法師君と一緒に帰蝶さんもくる。基本的に乳母がいて乳母に育児は任せているが、ケティの勧めもあり帰蝶さんも育児に参加している。そのせいだろう。育児の大変さを感じつつ、我が子の成長を喜んでいる。
「私も日々実感しております」
眠る大武丸と希美の隣で子守するロボとブランカとお市ちゃんに、遊んでと駆け寄る吉法師君を帰蝶さんとエルが微笑ましげに見ている。
「いち!」
「しー!」
「しー?」
ああ、吉法師君がお市ちゃんに絵本を読んでもらおうと声を出すと、お市ちゃんは口元に人差し指を立てる形で静かにというジェスチャーをした。
お市ちゃん、ウチにいすぎてこの手のこと詳しいんだよね。教えていないはずのことも多々あるが、子供の柔軟性は凄く見ただけですぐに覚えちゃうんだ。
「しー、しー」
吉法師君、そのジェスチャーが気に入ったんだろう。真似して喜んでいる。
「ただいまなのでござる」
「若様もいるのです」
「しー!」
吉法師君が楽しげにみんなに『しー』とやっているとすずとチェリーが帰ってきた。ふたりは静かにというジェスチャーをする吉法師君を不思議そうに見ている。
余談だが、吉法師君の誕生以降、織田家では信秀さんが大殿。信長さんが若殿と呼ばれるようになっている。オレや勝三郎さんたちは『若様』とか『若』と信長さんを呼ぶときもあるが、あくまでも非公式の場だ。
若様の呼び方は吉法師君に受け継がれている。
「ジャーン! 一緒に新しい双六をやるのです!」
ああ、チェリーが新作の絵双六を出してくると吉法師君とお市ちゃんが目を輝かせた。メルティの仕事じゃないな。慶次だろう。
内容は織田の統治についてわかりやすく解説しながら遊ぶものだ。面白いけど吉法師君にわかるかな? まあ内容がわからなくても一緒に遊べば楽しいのかもしれないが。
学校の教材によさそう。というか、それ学校の教材じゃないのか?
結局帰蝶さんとエルとか乳母さんたちまで巻き込んで、みんなで双六をすることになった。帰蝶さんと乳母さんたちの反応もいいね。分かりやすくて面白いと言ってくれる。
こういうのって地味に増えているんだよね。紙芝居とか双六とか。寺社が真似して教えを説くのに使ったりするから。
吉法師君はサイコロを振るのが楽しいらしい。楽しめて良かった。
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