第959話・一馬、官位貰う

Side:久遠一馬


 勅使が清洲城に到着した。武家伝奏の役目の広橋さんに官務・大外記の役目を持つ人や従者などで十数名ほどの人数だった。


 そしてオレもとうとう官位をもらうことになった。正六位下に相当する『内匠助たくみのすけ』。内匠頭である信秀さんの部下になる官位だ。


 あと信長さんは『尾張介』、信康さんが『図書権頭ずしょごんのかみ』、信光さんが『造酒権正みきごんのかみ』、信広さんが『三河介』などになる。信秀さんは、朝廷側から勧められた『尾張守』だね。


 官位に関しては事前に信秀さんから、ウチの伝統として困る官位や欲しい官位があるかと聞かれたが、特にないので任せた。


 義統さんと信秀さんと近衛さんあたりが相談して決めたらしい。従五位以下。いわゆる殿上人にならない官位ならそう煩くないようだが、公家の官位を奪うのもよくない。さらにこの時代の官位は形骸化しているので、逆に役目や仕事に沿った官位をなるべく求めたようだ。


 これで朝廷も一安心というところか。特にオレに関しては信秀さんの猶子ではあるが、朝廷との関わりはなかった。正式に任官したという事実が朝廷を安心させるならそれでいいと思う。


 勅使の広橋さん。以前来た時と様変わりした尾張に驚いているようだ。無論、京の都のように荒れているところもあれば、石山本願寺のように発展したところもある。とはいえこの時代の人の感覚では少し早い発展らしいね。


 官位授与が終わるとこの日は歓迎の宴となる。


 具教さんへ官位を与える使者として北畠家で年末年始を過ごしていたようで、連日の食事も相当いいものを出していたと聞いている。公家なので海産物が中心だったようだが、今の北畠家ならば京の都より豊富な食材があるので面目が立っただろう。


 ウチも頼まれていろいろと食材とかお酒を売ったしね。


 さて、今日の歓迎の料理は醤油ベースの海鮮鍋と鯛の昆布締めの刺身、鯨肉の焼き物。小松菜のおひたしなどがある。


 広橋さんたちの反応もいい。今回は餅菜ではなく小松菜にしたが、青物があると料理が映える。海鮮鍋はまだ販売していない白菜や白醤油を使ったので色味も綺麗だ。


 昆布と椎茸で出汁を取った鍋は織田家自慢の逸品だろう。


 早速スープを一口飲んでみる。熱々なのに昆布や海鮮のいい出汁が出ている。ああ、ご飯に汁をかけて食べたいなぁ……。ウチも明日は海鮮鍋にしてみんなで鍋を食べようかな。


 鯛の昆布締めもほんのりと昆布の味が染みていて美味しい。北畠家でも魚介は食べてきただろうから、昆布締めで一味違う刺身にしたみたい。昆布もね。ウチや織田家ではわりとよく使う食材だが、未だに高級食材であることに変わりはない。


「内匠助殿、よろしければ日ノ本の外の話をお聞かせ願えぬか? 吾は役目により遠方にもゆくが日ノ本の外には参ったことがなくての」


 そのまま宴は和やかな雰囲気で続いた。広橋さんたちからは京の都のことや各地の話を聞いたりしている。周防は見る影もないほど寂れているとか、そんな話もあったな。


 オレはあまり目立つこともなく料理とお酒を楽しんでいたが、ほろ酔いの広橋さんが向こうから声を掛けてきた。


 この人、実は公家というよりも武士かと言いたくなるほどの体格と鍛え方だ。まあこの時代では割と武闘派の公家もいる。近衛家なんかもそうだ。稙家さんも武士顔負けと言えるほどの度胸がある。


 元の世界の史実だと徳川幕府が公家の武芸を禁じたせいで軟弱なイメージがあるが、この時代では北畠家のような強い公家も残っているから違和感はないが。


「私も直接見たわけではありませんが……」


 まさか矛先がこちらに来るとは。今日は特になんにも考えていなかったんだが。まあ明や天竺に南蛮と言われる欧州のことでも教えてあげよう。


 というかアレだね。旅をしているせいか、その辺の国人なんかよりよほど世の中が見えているっぽい。さすがに武家伝奏を任されるだけのことはある。




Side:広橋国光


 国が変われば人も変わる。日ノ本といえど東国と西国では国の有様がまるで違う。この辺りでも伊勢と尾張はまた違うものであった。


 尾張は肥沃な地であり要所なれど、これほど世に名が知れるほどではなかったはず。守護は力を失い、守護代家である織田が同族で争うような有様であった。


 織田内匠頭。通称、仏の弾正忠。かつて私称しておった弾正忠の名の方が未だに知られておる男。鬼やら虎やら呼ばれる武士は数多おろうが、仏と呼ばれる武士は日ノ本広しと言えどこの男のみ。


 この男もかつては尾張の虎やら器用の仁と近隣では言われておったはず。ところが虎が仏へと変わった。確かに虎よりも遥かに恐ろしい男だ。武士や民どころか、一向衆すら従えてしまうのだからな。まるでまことの仏のようだ。


 もうひとり、尾張で見ておきたかった男。久遠の一馬。内匠助の官位を先ほど与えた者だ。


 都で聞いた話で一番よく分からぬのがこの男だ。立身出世を願い、己が天下でも目指しておるのかと思えば、そうではないという。


 雅を知り、古きに学ぼうとする姿は、武士にしておくのが惜しいとさえ言うた者もおった。


 この宴の席にもおるが、大人しく酒と料理を楽しんでおるだけ。


 役目柄、諸国を渡り歩くと多くの者と会う機会がある。未だに忘れられぬ者もおるな。西国の雄であった大内卿もそのひとりだ。大内卿は涼しげな顔をして世を見透かしておったように思える。


 謀叛人の陶隆房とも会うた。あの者は武士としては優れておるのであろう。されどあの程度の男は諸国を見ればいくらでもおる。


「とまあ、そんなところでしょうか」


 吾はあえて、久遠の一馬に日ノ本の外のことを問うた。日ノ本の外を知る機会はそうあるものではない。さらに如何なることを話すかで久遠の一馬がわかるかと思うたが、そう容易い男ではないらしいな。


 天竺がすでにないこと、明ですら、さほど上手くいっておらぬことなどいろいろと聞けた。とはいえこの男のことはよくわからぬ。


 この男は日ノ本の外の者だとか。日ノ本に如何なるものを求めておるのだ? 己が力で海を越えて商いをして日ノ本の外に領地すらあるというのに。


 尾張者から近衛殿下や関白殿下に至るまで皆が認めておる男だ。良からぬ男だとは思わぬが、真意がわからぬと不気味なところもある。もっともこの男を従えておるのが仏の弾正忠だというと、妙に納得するものがあるが。


 吾は武家伝奏が役目。久遠の一馬の真意を暴く必要などないと言えばないのだが。如何なる者が如何に考えれば、これほど国が変わるのか知りたいと思うところもある。


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