第956話・織田家新体制

Side:久遠一馬


「お茶が美味しいね」


 バタバタと賑やかな様子が清洲城内のオレの部屋にも伝わってくる。大評定自体が相当な人数なので当然だろう。


 ちなみに織田一族とか重臣などを除いた席次は早い者勝ちになっている。当然前に座ったほうが顔を覚えてもらえるしやる気も示せるだろう。早い人は相当早くから来ているらしい。


 ただオレたちは立場があるので、早く広間に入るというわけにはいかない。部屋でのんびりと時間を潰している。


 今日発表することとお披露目することは、大半がすでにテストしていたり検討していたことだ。事実上の銀行業務は昨年の年末まで調整と話し合いが続いていたので、重臣くらいしか知らないことだが。


 経済というものを知る身としては目玉とも言えるが、現状ではこれもテストして試していくしかない。この時代の楽なことは完全な法治体制でないことか。トップダウンで一気に決めることも柔軟に対応することも出来る。


 法治体制。近代化を目指すならば、いずれは移行しなければならないことだが、社会も人々も法治というものにあまり慣れていない。それにまあ元の世界でさえも緊急時には機能しなかったりと問題はあった。時間をかけてみんなで試行錯誤して慣れていく必要がある。


 広間にて大評定が始まったのはお昼まで一刻となった頃か。人数が多いからか時間がかかるね。


 会場の大広間はこんな事態を想定して、ふすまを取り払うと広く使えるように設計した部屋だ。とはいえ人数が多いからか狭い。無役の家臣らはすし詰めに近い状態で隣の人と触れ合うくらいの距離だ。


 正直なところこの時代では、ここまで大人数を集める評定は珍しいんだと思う。厳密には説明する必要もあまりない。命令を下して従えというだけで済む話ではある。もっとも慣例的な統治を基本とした従来の場合はという条件が付くが。


 鎌倉以来続く体制と統治法を変えるとなると、相応の説明と理解が必要だということで大評定を行なうんだが。


 全体的な様子はむさ苦しいと言えば怒られるか? 特に無役の家臣は男ばっかりだし。見た目は正装をして身綺麗にして来ているようだが、中には臭う人もいるようだ。


 オレの位置は彼らから離れているのであまり気にならないが。


 上座には義統さんと信秀さんが座り、以下信長さんや信康さんと続き下がっていく。あと女衆も土田御前とかいる。ウチからは、エル、メルティ、ジュリア、セレス、ケティの五名がいる。エルはまだ育児休暇中であるが、今回の大評定は出席することになった。



 織田家の体制について、変えることになった。各種改革の影響で仕事が激増していることから仕事を整理することにした。


 主に直轄・内務・工務・農務・産務・商務・土務・外務に分けることになった。


 直轄は織田家直轄として今後も信秀さんを中心にすること。軍務や財務に諜報と直轄事業は今後も織田家直轄だ。


 あとは軽く分類すると、内務は法制と内務全般。工務は工業、農務は農業と林業、産務は水産と畜産、商務は商業全般で、土務は土木工事などになる。


 現状では各担当奉行が置かれてその人が中心となり行なっていたが、雪だるま式に仕事が増えるので体制を整理した形だ。これらの役目は総奉行として各奉行の上に置かれる。


 またジュリアの武芸指南役やセレスの警備奉行やケティの医療奉行は、今までと同じく織田家直轄の立場となるので変わりはない。


 それと例外が一点ある。外交を担う外務だ。もともと室町時代は守護が京の都で他国との調整をするなど外交を担っていた。そもそも外交は守護の権限であり現状でも公には義統さんがしていることだからね。


 外務は今後も義統さん直轄となり、その下に織田家家臣を置いて外務の仕事をする。義統さんは現在直臣が信秀さんしかいない。従って織田家家臣で支える必要がある。無論、今でも祐筆などそれなりの補佐する人は揃っているが、今後を見越して外交の人員も増やす必要がある。


 各総奉行の人選としては、内務総奉行には織田信康さん、工務総奉行は斎藤義龍さん、農務総奉行は柴田勝家さん、産務総奉行は織田信安さん、商務総奉行はオレで、土務総奉行は氏家直元さんに内定している。


 これもね。家中のバランスとか今後を見越した人選になる。エルたちとウチの家臣はあえて総奉行からは抜いて検討した。ただでさえ財力と技術力で抜きん出ているウチが役職まで独占するのはよくないからね。


 あとはほんと、将来を見越して人材育成という面からも考えた。サプライズがあるとすれば柴田勝家さんだろう。今までもいろいろと仕事をしていたことと、織田家でも古参と言える家臣であることもあり抜擢された。


 義龍さんと氏家さんは美濃衆への配慮でもあるが、斎藤家ではわら半紙製造が結構上手くいっていることも考慮したし、氏家さんは関ヶ原や西美濃の賦役の監督などで実績もある。


 そうそう、直轄である軍務。軍務は信光さんが軍務奉行になる。本人は嫌がっていたんだけど、適任者が他にはいなかった。軍事関係はやはり織田一族でなければならないことと、それなりの年齢と武功も必要だ。


 ちょうど伊勢で武功と万を超える兵を扱ったこともあり適任だった。信光さん自身はジュリアを推していたけど、ジュリアは断った。女の身であることとジュリア自身はあまり軍政を好むタイプではないからね。


 それに久遠家が軍務を握るのは家中的にもあまり良くないという事情もあるが。


 織田家では当主の下に嫡男がいて、その下に家老衆が置かれる。家老衆は当主と嫡男の補佐と全体のまとめ役を担う。


 そして評定衆、これはある意味わかりやすい。織田一族と重臣たちに、家老衆と奉行衆が参加する形となる。ただし、人員は増える。信長さんの家老衆と林秀貞さんを加えることになる。


 ああ、メルティも評定衆に加えられる。エルの産休中の働きを認められた結果だ。本人は内々に一度辞退したが、信秀さんが久遠家優先でもいいのでと説得していた。



 さて最後に広間に信秀さんと義統さんが現れると、ようやく評定が始まった。現状の報告から長々と説明が続く。


 北美濃や東美濃、そして北伊勢北部。新領地だけでもかなり増えた。また北畠家との関係や六角家との関係も説明があった。


 あと度量衡の統一や各種変更することの説明は特に丁寧に行う。この辺は以前からしていたことなので知っている人からすれば今更な話だが、知らない人からすると戸惑う人も少なくないようだ。


 ちなみに家臣向けの説明役も常時設ける予定だ。個別のケースごとの疑問など尽きないことはすでにわかっている。


 分国法に関しても制定から数年が過ぎているが、未だによくわからないという相談があるくらいだ。命令すれば守るが、なんでという疑問と個別の事例がわからないというのは当分なくならないだろう。


 実際分国法違反として処罰された事例はほとんどない。悪意がないと改善するように指導するからね。


 織田家の現状としては、ようやく法治体制を目指す組織と国造りの試行錯誤が始められる段階に入ったというだけだ。


 領地整理が一段落するので中央集権は進むが、それだけだ。組織としても史実の江戸時代くらいまで落ち着けば現状では御の字と言える。


 正直なところ、オレは法治体制と近代化を急ぐ気はない。あれは相応に成熟した社会が必要になるものだ。封建制と君主制が現状では無難であるし、それらの長所を活かすことは必要なことだ。


 ただ封建制と君主制にも法治という概念はある程度入れていく必要はあるとは思うが。


 さじ加減は今後も試行錯誤だ。いきなり上手くいかなくていい。失敗をして問題点を洗い出していく必要があるくらいだからね。


 家中のみんなが付いてこられるように時間をかけて進めていくことになる。




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