第949話・大晦日の午後
Side:エル
大晦日のこの日、那古野の屋敷は賑やかです。同じアンドロイドのみんなが尾張に来ていることで大半がこの屋敷にいるためでしょう。
「可愛いわねぇ。赤ちゃん」
初めて大武丸と希美を見たみんなは驚きつつ喜んでくれます。仮想空間で創られた私たちは親というものがいません。強いてあげるとすれば司令が産みの親でしょうか。
人と同じように命を授かり育む。事前の調査で知り大武丸と希美も映像では見たのでしょうが、実際に自分の目で見ると感慨深いものがあるのでしょう。
今はアラブ系の容姿に白い髪をしたシェヘラザードが、眠る大武丸と希美を見守ってくれています。
「我が子を産むってどんな気持ち?」
「幸せですよ。不思議でもありますけど」
ラテン系の容姿にオレンジの髪をしたプリシアは、アンドロイドが子を産み母となることに興味があるようです。
私たちがこうして現実世界で生きているだけでも奇跡。そんな私たちが生命体として愛する者の子を産み育てる。あり得ないと笑ってもおかしくないことですからね。
仲間の中には原因を今も調査している者がいます。再びどこか知らないところに飛ばされることがないように、みんなが離れ離れになることがないように。原因を突き止めることは必要なことです。
「神仏に感謝しなきゃいけないのかもしれないわね」
周囲に侍女がいるのでプリシアは言葉を選んでいますが、私たちの奇跡が神仏のおかげかと少し冗談交じりに思うのかもしれません。
「あら、希美が起きたわよ」
「そろそろお乳の時間ですからね」
話をしていると希美が起きたことをシェヘラザードが教えてくれました。大武丸が起きる前に希美からお乳をあげましょう。
「あ~う~」
シェヘラザードとプリシアを見た希美は何故か楽しげに笑っています。ふたりが貴女の母とも叔母とも言える存在であることを理解しているのでしょうか。
一生懸命にお乳を飲む希美に私は我が子が生きていると実感します。
「子供欲しいわね」
「皆様もすぐに授かりますよ。まだお若いのですから。ただ寝所を共にするのは増やしたほうがいいかもしれませんね」
「ふふふ、じゃあ殿に頑張ってもらいましょうか」
ふと羨ましげに呟くプリシアに壮年の侍女が笑顔で答えた。尾張にいないことのほうが多いふたりなだけに、心配もされているのでしょうね。
プリシアが司令に頑張ってもらうと言うと、侍女たちが我慢出来なかったのか笑ってしまいました。妻が多いと大変だというのはこの時代のみんなも理解していますからね。
もっと自分たちが大変になるほど子宝に恵まれてほしい。そう思ってくれているみんなですから。嬉しい限りです。
Side:久遠一馬
年末、恒例となった妻たちが尾張にやってきた。おかげで各地にあるウチの屋敷はどこも賑やかだ。
大武丸と希美にも会いに来る。入れ代わり立ち代わり会うみんなをふたりはどう見ているんだろうか?
新しいアンドロイドを創るとみんなで迎えたなと思い出す。
「どうやら上手くいったみたいだね。年の瀬の忙しい時にごめんね」
「いえ、この程度のことは造作もないことでございます」
大武丸と希美の部屋はみんなが行くから賑やかだ。賑やかな声が時折聞こえる。そんな中、湊屋さんが今年最後となる仕事の報告にきてくれた。
湊屋さんに頼んで、その幡豆小笠原家とその領地に食料支援をした。無論、織田と久遠が表に出て支援することは難しい。尾張の商人を介して、三河の商人と織田に従う西三河の一向宗の協力で幡豆小笠原とその領民には安価な食料を届けた。
常時食料が不足するような時代であり、野分の被害もありあっちも大変らしいので臣従を待たせている詫びという側面もある。
この時代、一旦寺社の領域で売買をされた品物は、神仏のものになったと解釈されてその前との縁が切れるという慣例がある。もともと寺社が商いと流通を担う故の慣例だったが、これ織田の産物を横流しする時によく使われる手法。
それを今回は利用した。今川が気付いても責められないはずだ。この時代のシステムを使ったんだからね。
「それにしても銭と暮らしの差がここまで明らかとなると、今後も苦労致しますな」
湊屋さんは仕事も早く完璧だったが、少し表情が渋い。元大湊の会合衆からウチの家臣となり、経済と商いの面から久遠家と尾張を知る湊屋さんは今後に不安もあるようだ。
「まあね。国の治め方を変えることだから。耐えに耐えて戦をするのも苦労するしね。いずれにしても苦労はあるのかもしれない」
織田家でも理解している人が少ない経済という概念をすでに理解している湊屋さんは、外から見るほど楽じゃないことを知っている。正直織田家の直臣になって経済面を仕切ることも出来るんだけどね。湊屋さんなら。でも、いなくなるとウチが困る。
湊屋さんの件が、オレも今年最後の仕事だった。妻のみんなは今日の大晦日と年始のご馳走を作っていて、オレが手伝う場所もないくらい台所が賑やかだ。
家臣や奉公人のみんなも、年末年始が仕事の当番の人以外は可能な限り実家に帰してあげている。正直、警護とか下働きの人も不要なんだけどね。そういうわけにもいかない。
尾張でも大晦日だけあって、みんな休みに入り正月を迎える準備をしているが、例外は病院か。人数を減らしてはいるが診察を受け付けている。餅を喉に詰まらせるとかないといいけど。
「こちらでしたか」
手持ち無沙汰なので庭をひとりで散歩していると、ロボ一家を連れたエルがやってきた。
「エル、なんかあった?」
「いえ、姿がみえないので如何されているのかなと」
冬の午後、夕暮れももうすぐという頃だ。大晦日は毎年みんなで宴をして新年を迎えるのが、ウチでは定番となった。ロボ一家の散歩も早めにするために連れてきたんだろう。
「よしよし、散歩に行くか」
まだ躾が完璧でない山紫水明の四匹は、あっちをクンクン、こっちをクンクンと、リードが伸びきるくらい元気だ。
最近は大武丸と希美もいるので、なかなかエルと一緒に散歩に行けていないので一緒に行くことにする。大武丸と希美はみんながいて見てくれているらしい。
屋敷の門を出る前に当然ながら護衛が付く。護衛のみんなも散歩には慣れたものだ。
屋敷の周囲は建築途中の武家屋敷が並ぶ、滝川家、望月家などウチの家臣の家も多い。那古野城の二の丸三の丸の役目を担うために計画的に整備しているところだ。
通りを歩く人はみんな顔見知りだ。ロボ一家も慣れたもので楽しげに歩いている。
「みんな子を欲しがっていますよ。来年は子がたくさん産まれるかもしれません」
「そうか。授かるといいけど」
どういうわけか、今年まで子供が授からなかったんだよなぁ。身体的には問題がないというのに。
あえて聞いてはいないが、みんなが避妊していたのではと思っている。そのあたりはエルたちに任せていることだ。
原因不明の現象でこの世界に来たこと、プレイヤーとアンドロイドの子供という前代未聞のこと。慎重になってもおかしくない。
ただこれからは子どもとみんなと楽しい家庭にしたいと思う。子供が生まれたら、母親と子供は尾張にしばらく定住するという形がいいのかもしれない。
出来れば子供には父親と母親がそばにいる環境にしてあげたいからね。
今年も残り数時間だ。
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