第947話・年末のこと
Side:久遠一馬
今年も残り数日となった。織田家でも仕事納めだ。統治方法を試行錯誤していることもあって、仕事納めも相応の混乱がある。
書類というか、書状での報告と記録を進めている影響でとにかく紙が多い。大半は安価で大量生産が可能なわら半紙だ。残すべき内容は改めて和紙に清書して書物として保管する。
そんな書状の選別作業だけで一苦労だった。
「やはり楷書体と言ったか? あれに変えるべきであろうな」
信長さんもこの日は自身が決済した重要書状の仕分けをしているが、人それぞれに癖のある草書体の書状の多さに少しうんざりした様子だ。
学校ではすでに楷書体を教えている。楷書体も元からあったものだ。ただ、この時代では手紙や書状は草書体で書くのが一般的なだけで。漢字に関しても正式な読み方ではない当て字での使い方も多く、また異体字、変体仮名もあり読むだけでも大変なものになる。
一応、今年の春からは書物にして保存するものは楷書体にて清書している。これ実は清書しているのって坊さんなんだよね。知識と技術を持つ人が他にいなかった。もう少しすると学校で学んだ子たちが出来そうだけど。
多少は字に特徴があるが、それでも楷書体だと読みやすい。アラビア数字もウチと学校や病院では使っているんだけどね。こちらはまだ織田家では使用していない。
「新しく覚えるのは大変ですからね。しばらくは様子見でしょうかね」
楷書体への変更は時間をかけてやる必要がある。文官としての仕事も増えている現状で慣れない文字で気を使うのは少し酷だからだ。隠居した年配の武士やその奥方も多く働いているが、彼らに新しく文字の書き方まで変えろというのは少し難しい。
清洲城の仕事納めが終わると、ウチでも大掃除となる。ウチは日頃から仕事の効率化を進めていることと、十二月に入ってから早めに今年の仕事を整理していたので仕事納めもそこまで大変じゃなかった。
「おいしょ、おいしょ……」
お市ちゃんは今日も来て手伝っている。ウチにお市ちゃんの私物、結構あるんだよね。予備の着物とか絵本とかいろいろ。そのせいもあるだろうが。
「ワン!」
「ワンワン!」
ロボとブランカは慣れたもので落ち着いているが、仔犬たちは初めての大掃除に何事だと興奮気味に騒いでいる。好奇心旺盛だしね。遊びだと勘違いしているんだろうか?
季節的に外は真冬だ。当然寒い。大武丸と希美のいる部屋は一足先に掃除をしておいたのでふたりは暖かい部屋でお休み中だ。
ウチはむしろ、蔵の掃除の方が大変だ。一番綺麗なのは金蔵か。銭はよく使うのでその都度掃除をしているからね。食糧蔵も掃除は頑張っている。問題なのがその他の荷物を入れている蔵だ。
「いろんなものがあるなぁ」
今年は特に大武丸と希美が生まれてお祝いを貰ったので、いろんなものがある。美術品とか刀剣の類も結構あるね。
「ああ、それは気を付けて運び出してください。高価なものになります」
ここの掃除を仕切っていたのは千代女さんだった。貰い物が多く、誰から貰ったものかということや価値をある程度知っているらしい。
大武丸と希美にと貰ったものは、一応取っておくことにしている。家臣とかにあげるにしても一度くらい使ってからのほうがいいかと思ってさ。
力仕事は男の仕事なんで手伝おうとするが、オレが加わると周りの奉公人の皆さんが気を使う。それに入り口もそこまで広くないので、ここは人数があまり必要ないな。千代女さんに任せよう。
「クーン」
母屋に戻ると畳や障子を外して掃除をしていて、ロボ一家が障子の前でお座りしていた。
「いいですか、今日だけは障子を破ってもいい日なのでござる」
「さあ、ものどもかかれー! なのです!」
何事かと思えばすずとチェリーか。障子の張替えをするらしい。破れていないならそのままでいいと思うのはオレだけ?
「ワン!ワン!」
「ワンワン!」
障子を破り始めたすずとチェリーに花と月が吠えた。駄目だと躾しているからだろう。
ただ躾が未熟な山紫水明の四匹はすぐに飛びついた。クンクンと匂いを嗅ぎ、二人が破いた箇所から顔を出したり爪で掻いていたりと楽しげだ。
それに続いたのはロボとブランカだった。どうも怒られないと悟ったらしい。尻尾をブンブンと振りながら楽しげに障子を破いていくと、とうとう花鳥風月の四匹も続く。
障子もたくさんあるんだよねぇ。屋敷が広いから。
君たちは障子破るのがお仕事だ。頑張ってくれたまえ。
「お昼の支度が出来ましたよ」
その後はオレも畳の搬出と掃除を頑張っていると、お清ちゃんがお昼を知らせに来てくれた。
板の間や縁側など座れるところに座ってお昼の時間だ。メニューはおにぎりと具だくさんの味噌汁と漬物になる。
米は尾張産のウチが持ち込んだ品種、南蛮米と通称で呼ばれているもの。ウチでは基本的に要塞産の米を食べていたが、最近では尾張産の米も食べるようになった。あちこちからもらうこともあるし、南蛮米は普段食べるのは十分すぎる味があるからね。
やはり味は新米のほうがいい。奉公人が気を使って新米を用意してくれるので結構美味しい。精米したての米ということもある。
「酸っぱいね。けど美味しい」
中身は梅干し、かつお節を味付けしたおかかがある。オレが食べたのは梅干しだ。味の調整をしてないやつだね。酸っぱいけどこれご飯の甘味と塩気が合わさると本当に美味しい。
漬物はたくあんだ。ポリポリという独特の歯ごたえと漬けこんだ味がまたいいね。この季節だとまだこの時代にはない白菜とかも牧場で作っているが、元から自生していた大根の栽培のほうが早く軌道に乗った。
今年は農業試験村など尾張の数カ所と、知多半島で生産を増やしていて収量が増えた。来年以降は領民のおかずにも出来ると思う。
おっ、味噌汁は出汁が利いている合わせ味噌だ。室内で育てているもやしと大根に、秋に塩漬けにしたキノコが入っている。昆布とキノコの出汁が本当に絶妙で美味しく、もやしと大根にも味が染みている。しかもこれは体が温まるなぁ。
「おかわりいかがですか?」
「ああ、お願いするよ」
おにぎりをひとつぺろりとたいらげて味噌汁も飲み干すと、ちょうどもう少し欲しいなというタイミングでお清ちゃんが気を利かせてお代わりを持ってきてくれる。
この気遣いが凄いな。
おっ、ロボ一家もお昼ご飯らしい。オレたちも頑張ったぞと言いたげに見えるのは気のせいだろうか。
適度に塩の効いたおかかのおにぎりをもうひとつ食べると早くも午後の作業だ。
しかし、こうしてみると本当に賑やかになったなぁ。
元の世界では親戚付き合いもなく、年末年始なんてギャラクシー・オブ・プラネットのイベント漬けだったんだけど。
あの頃も楽しかったが、これはこれで悪くない。
みんなと一緒に生きる。それだけで人は幸せを感じるのかもしれない。
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