第946話・掃除中の再会
Side:久遠一馬
「凄い人の数だね」
「うふふ、みんなにお願いしたらこんなに集まったわ」
今日は学校と病院の大掃除の日だ。学校の生徒は現在寮生活をしている子たちも多い。年末年始は実家に帰るように指示を出しているので、少し早めに大掃除をすることにしたんだ。
学校を任せているアーシャが出迎えてくれたが、学校に通う人たち以外にも付近の領民も駆け付けてくれたようで、大人数での掃除がすでに始まっていた。
オレは朝ごはん食べて来たんだけどね。領民の皆さんは夜明けと共に来て掃除をしてくれていたらしい。
この時代にボランティアという概念はないと思う。ただ地域の城や寺社は自分たちで支えるという価値観はある。アーシャの話では、夏には広大な敷地の草刈りをしてくれたりもしているようでありがたい限りだ。
「おい、始めるぞ!」
オレも参加しようとすると、職人の皆さんがはしごで屋根に上るのが見えた。どうも屋根の掃除と点検をしてくれるらしい。
近くでは障子の張替えをするために、古い障子を破るのを喜ぶ子供たちの姿も見えて微笑ましい。
見ているだけなのもなんなんでオレもすぐに参加する。机と椅子などは一旦外に運び出して徹底的に掃除をするようだ。オレも運ぶが、みんな丁寧に使ってくれているようで落書きや傷を付ける馬鹿もいない。
「お久しぶりでございます」
身分も立場も関係なくみんなで机と椅子を運び出していると、真っ黒に日焼けした人に声をかけられた。
「ああ、竹中殿」
一瞬、誰かわからなかった。ピシッと着物を着た典型的な保守的な武士といった風貌だったはずの人が、荒々しさがあるような風貌に変化しているんだ。水軍衆ってそんな人が多いけどさ。
彼は竹中重元さん。先日帰国した竹中重虎こと半兵衛の父親だ。
「倅のこと、竹中家のこと、ありがとうございまする」
正直、あまり知らないんだよね。この人のこと。個人的にはそこまで含むものはない。ただ立場的なもので安易に許すことも出来ず、会うこともなかった人。
「あれは守護様と殿がなされたことですよ。私はなにもしておりません」
重虎君も子供たちと一緒に机と椅子を運んでいる。重元さんも手伝いに来たらしい。お礼を言われるが、オレは本当になにもしていない。多分警備兵で働く重光さんと学校に通う重虎君のことだと思うが。
「海は恐ろしきところでございますな。されど……充実した日々でございました。暑さに耐え嵐を乗り越え、ひたすら陸を目指す。この世にあのような暮らしがあると知らなかった己を恥じております」
なんというか、晴れやかな顔で船での日々を語る重元さんが意外過ぎて驚く。タイプ的にもっと恨んでいるかと思ったんだけど。
「無事に戻れてよかったですね。当家でも戻れぬ者が多くおります。それでも海を越えていかねば生きていけません」
「久遠家の者らがあれほどの苦労と犠牲の上に生きておることも知らず、ご無礼を致しました。敵は日ノ本の外にこそ多い。そんな当然のことも知らず申し訳ない」
信光さんが船に乗せればウチの苦労を理解するから、生意気な人はみんな船に乗せてしまえばいいなんて冗談言っていたけど。重元さんは日ノ本を出て多くを学んだらしい。
長い船旅だ。船乗りたちといろいろと話をしたんだろうね。
「隠居なされた身。少し羨ましいですよ。思うままに生きられる」
「今しばらく倅と竹中の家を見守り考えたいと思いまする」
人の本音なんてわからない。でも、因縁を過去のものとすることが出来るなら先はあるはず。頑張ってほしい。
重元さんはそのまま掃除の手伝いに戻っていった。
Side:滝川一益
「では、その者らはここで使えばよいのでございますか?」
「ええ、伊豆大島にはまだ戻れません。大変でしょうが、お願いします」
伊豆諸島を北条から譲り受けたと聞いていたが、そのうち山が火を噴いた伊豆大島の避難させておった民を雪乃様が関東から連れて参られた。
聞けば島から出たことがない者らが大半なようで、蟹江の湊を見て驚いておったという。賦役でもさせて当面はこちらで食わせていくようで、人手が足りぬここ桑名に連れてこられた。
「北伊勢の織田領は一向宗の寺領を除き、民を三河の賦役に動員しております。検地と兵による賦役はしておりまするが、何分広い土地。人手はあるに越したことはありませぬ。ああ、ついでに読み書きも教えておきましょう」
「そうしてくれると助かります」
仕事はいくらでもある。あとは久遠家の掟と文字の読み書きを教えてやれば、いずれ伊豆大島に戻した時に役に立つであろうと進言すると、雪乃様も喜ばれたようで僅かに笑みを浮かべられた。
「されど北条も思い切ったことを致しますな」
困っておる者を助ける。久遠家ではよくあることだ。とはいえ乱世の世で他国の民を救うなどまずあり得ぬ。驚くべきは、それが当たり前の北条が助けた礼とはいえ領地を譲ること。謀でもあるのではと疑いたくなるほどだ。
「北条は先を見ているのだと思います。この一手で同盟に準ずる誼が得られる。離島の価値以上にあると見て間違いないでしょう」
「恐ろしい相手だと言えば、お叱りを受けまするかな」
淡々と語られる雪乃様の言葉にわしは恐ろしいと思ってしまった。織田の先を遥か関東から見抜き、これほどの策を講じてくるとは。
「叱るなどとんでもない。根拠のない虚勢など不要です。北条も六角も北畠も今川も、皆、恐ろしい相手ですよ。私たちとて常に知恵を絞り考えているのです」
領地を広げて家を強く大きくする。武士でなくとも誰でも考えることだ。奪われる前に奪え。それが生きる術だという者も珍しくはない。
だが、世の中にはその先を見る者がおるのだ。北条は関東を制したいのであろうが、その先は如何する気なのであろうな。関東は
まさか再び関東の地で世を治めようというのか?
「難しゅうございますな」
まあいい、わしは桑名と北伊勢が再び荒れぬようにすることが今のお役目。先を考えるのはそれを済ませてからにしよう。
領地が広がれば広がるほど、治めるということが如何に難しいことかわかる。六角や北畠どころか桑名の商人どもですら、安易に気を許せば良からぬことを企みかねぬ。用心に越したことはない。
桑名では織田のやり方があまりにも己らのやり方と違うので、戸惑うておる者もそれなりにいるのだ。
わしも出来ることならば、年始を迎える前に尾張に戻りたいのだがな。如何なるのやら。
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