第944話・師走も半ばの都
Side:久遠一馬
竹中重元さんの乗る船が南方から戻ったと知らせが入った。彼の扱いについて、オレは関与していない。海外領地の開拓と罪人の扱いは宇宙要塞の指令室に任せている。
信秀さんからも特になにも言われていないし、あまり眼中にないことだと思う。
息子の重虎こと半兵衛君。大人しい普通の子供だと報告が入っている。あまり体が丈夫でないらしく武芸を好まず本を読んでいることが多いらしいが、元の世界のイメージとは違って才気溢れると言えるほどではないらしい。
半兵衛自体、元の世界の逸話なんかは一次資料にないものばかりで、稲葉山城乗っ取りも半年間も占拠していて後先をあまり考えない下剋上だった可能性すらある。
現状だと孤児院の子供のほうがやる気もあり優秀だそうだし、藤吉郎君もそうだが史実を考えた優遇はしない。好きに生きてほしいと思う。
そうそう重元さん、彼は船でも船乗りと一緒によく働いていたという報告が上がっている。別に身分まで剥奪したわけではないのでお客様だったんだけどね。一応。
ただまあ船での長旅は働かないと暇でやることもない。それと早く故郷に戻りたいという打算もあったんだろう。いつからか周りの船乗りと共に働くようになったらしい。
ちなみに彼の船はエルたちアンドロイドが乗っていない船だ。バイオロイドの船長と人間の船乗りだけで構成している。病で亡くなりそうな人や孤児を助けて記憶を一部改ざんした人たちになる。
途中で罪人たちの開拓している島を見せて、そこで八か月ほど働かせて本土に戻したらしい。
まあこれで竹中の一件はおしまいとなる。あとはご自由にというところだね。
「無事に生まれたか。まことに良かった」
この日、菊丸さんが姿を見せた。今回は美濃から飛騨を旅していたらしい。このまま年内に観音寺城に一旦戻る予定だ。細川晴元の謀とか北伊勢の一件もあり、また内裏の修繕の件もある。
年始くらい姿を見せないと困るだろうと配慮したようだ。
卜伝さんはすでに船で関東に戻っている。正月は鹿島で過ごし、年が明けたらまた合流することになるみたい。
「ありがとうございます」
なんか会うたびに将軍らしさがなくなっている気がする。イキイキとしているからいいことだと思いたい。
「赤子というのはこれほど小さいのか。そうだ祝いに刀でもやろう。今は手元にないが、次に来る時にでも持ってこよう」
大武丸と希美と会わせたんだが、赤ちゃんが珍しいようで興味深げに見ている。天下の将軍様は赤ちゃんも身近な存在じゃないのか。まあこの時代だと高貴な身分の人は家族でも別々に暮らすのが当たり前であるけど。
「しかし北伊勢は見事に治まりましたな」
お供の与一郎さんは、一揆がすでに終息して北伊勢がある程度安定していると教えると驚いている。
まあこの時代のやり方だと時間がかかるからね。驚くのも無理はない。
「なんとか年内に収まりましたね。ああ、奉公衆を中心に上様に嘆願を上げている者がいるようですよ。六角左京大夫殿がうまくあしらったようですが」
「おお、なんと小さく柔らかい手だ」
ちょうど大武丸と希美が起きたので、大武丸の手を指で触っていた菊丸さんは赤ちゃんの小ささと柔らかさに感動しているみたい。奉公衆の話はスルーされた。
「そなたらはいいな。共に暮らし共に子を育てる。武家の習わしとはまったく違う。いずれがいいとも悪いとも言えぬのであろうが……」
ロボ一家も最近は大武丸と希美と一緒にいることが多い。花鳥風月と山紫水明の子たちは屋敷の中を遊び回っているが、それでもロボとブランカがふたりと一緒にいることが多いので遊び疲れると戻ってくるんだ。
ちょうど仔犬たちが戻ってくると、菊丸さんは少し羨ましげに賑やかな様子を見ていた。身分があり過ぎるというのも大変なんだろう。菊丸さんや義統さんを見ているとそう思う。
難しいけど、親兄弟で殺し合うのは止める世の中にはしないと。菊丸さんを見ていると余計にそう思うよ。
Side:武衛陣の家臣
尾張から朝廷への献上品が届いた。運んで参ったのは願証寺の者らだ。わしはかの者らを労い、受け取った献上品を朝廷と公家衆へとお納めするのが役目。
「都もだいぶ良うなりましたな」
「三好殿が苦心されながら治めておられるからでしょう」
願証寺の者らは年に四度ほど献上品を運んで参る。少し前には荒れ果てておった下京もだいぶ良うなったことに驚いておられる。
三好家は都の荒れた様子にそこまで興味がある様子はなかったが、公方様と和睦なされて、大内義隆公の一件で公家や朝廷との関わりが良うなったことで配慮が必要となった。
そこらに打ち捨てられておった亡骸が片付いただけでも変わった。もっとも都には未だに捨て子や病人がおり、噂に聞く尾張のように片付いたとは言えぬようだが。
わしも一度尾張に戻り変わったという清洲を見てみたいが、お役目が忙しくそれどころではない。守護様や内匠頭様の名代としてあちこちから呼ばれるからの。
ほんの数年前までは見向きもされず、野山を駆けてその日暮らしをしておったというのに。近頃では野山に行く暇もないわ。
とはいえわしは恵まれておる。都に屋敷を構えて家臣を置く者は他にもおるが、甲斐の武田家など東国一の卑怯者と囁かれるようになって以降、肩身の狭い思いをしておる。
同盟相手を突然襲い滅ぼしたかと思えば、攻め入った先で降伏した者をもすべて討ち取り、槍の先に首を括り凱旋したとも聞く。
以前ならばさほど珍しい話ではなかった。都や畿内の者らからすると所詮は東国の
戦に強く信義も重んじる内匠頭様と、戦に弱く信義もない武田晴信。これではいずれがいいか童でもわかることだ。
お世辞にも暮らしが楽とは言えぬ武田の家臣は大変であろう。あまり関わりもない故に詳しくは知らぬがな。
「今宵は心ばかりのもてなしをさせていただきまする」
さて、わしは願証寺の者らをもてなすとするか。これは特に命じられてはおらぬが、長旅をして参った者らを粗末には扱えん。
「それは楽しみですな」
願証寺の者らはこのまま石山本願寺にも荷を運び、尾張に運ぶ荷を買いつけて戻るという。坊主というのは強かだと改めて思い知らされる。
おっと、餅屋の中村殿に鰻のタレを持っていかねば。これも頼まれておったのだ。今や主上の好物として知られておるおかげで、下は商人から上は公卿家まで中村殿の鰻を欲する有様。
近頃では餅屋なのか鰻屋なのかわからぬと笑っておるくらいだ。
若狭の管領殿が動かねば、今しばらくはこの平穏な日々は続くのであろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます