第942話・師走のこと
Side:久遠一馬
神戸などからの出稼ぎ労働者の派遣に関して、評定の通り実行に移された。人の派遣と引き換えに、とりあえず二ヶ月分ほど食べていける分の食料を送る。
これで年は越せるだろう。すべて現物にしたのは、北伊勢の商人たちも被害を受けていて各自で食料を買うことが大変なことと、どさくさに紛れて高値で騙したり銭だけ奪うなどする商人が出ることも想定したためだ。
一方織田領となった北伊勢は、領民を三河の賦役に投入したことで無人の村が点在することになった。こちらは警備兵と一揆鎮圧に派遣した軍のうち七千ほどを春まで常駐させて、街道整備などをしながら治安維持を行うことになる。
無論、検地は最優先でやってもらうために人員を派遣しているが。
「ようやくひと息つけるな」
甲賀では三雲領が六角の直轄領となったと知らせが届いた。三雲賢持と共に尾張に来た人以外は旧三雲家の人も残っているが、領地は召し上げとなり帰農するらしい。
三雲領、どうするんだろう。いずれ誰かにあげるんだろうか。梅戸などの北伊勢の領地も六角の負担になるだろう。六角義賢さんには試練が続く。
「今川と武田の戦、雪で双方退いたようでございます」
北伊勢の書類を整理し終えると、望月さんが半分頭から忘れていたことを報告してくれた。そういえば戦をしていたんだったな。
結果は現状維持。武田が見事守り切ったというべきか、今川が消耗戦を強いたというべきか。迷うところだ。
ただし小笠原長時さんが噂通りの戦下手だったようで、今川が一連の主導権を握っていたということ。これは来年以降の戦に影響を及ぼすだろう。
「出雲守殿も大変だね。まあ銭は惜しまないから上手くやってよ」
「はっ」
ウチで地味に大変なのは望月さんだろう。遠縁の三雲家からも頼られていたし、信濃の本家も武田の旗色が悪くなったことで望月さんとの関係を重視し始めたようなんだ。
少し前から武田を裏切らない程度の情報を集めてこちらに送ってきているらしい。信濃に忍び衆を送って探っていたことを知ったんだろう。
信濃も決して裕福な土地じゃない。それなのに武田に重税を課せられて大変らしいね。望月の総領を奪われるのではとの懸念もあるが、武田と共に攻め滅ぼされるのではとの懸念も出たことが方針変更の理由らしい。
尾張では年の瀬を控えて忙しくなっている。ウチはほぼツケで商いをしないからそこまで忙しくないが、家中と配下の忍び衆に餅や正月用の食べ物を配るための手配はした。
今年は鯨肉をみんなに多めに配ることにしてみた。喜んでくれるといいな。
「ご勅使を迎える支度も整っております」
そうそう、織田家では新たに官位をもらうための勅使が来ることになっている。実はこの勅使、北畠家にも行くんだよね。具教さんが新しい官職と官位を貰う予定だと聞いた。官職はおそらく史実と同じ『参議』だろう。年明けには従四位上に任命されるはず。
ちなみにオレがもらうのは『内匠助』、信秀さんの内匠頭の配下で正六位下に相当する地位らしい。あとは信秀さんが新たに『尾張守』を兼任することになり、信秀さんの兄弟とかも一通り官位をもらう予定になっている。
資清さんが報告してくれたように、織田家では勅使を迎える支度をしている。今回は殿上人は来ないと思うが、相応の接待はいるからね。
「内裏の修繕、なかなか進まないね」
「あれは先例など多く大変なようでございますからな」
官位で思い出したが、内裏の修繕をするはずの三好の動きが少し遅い。確かにいろいろ条件やらあって大変なのは理解する。だけどね。とりあえず応急処置くらい年内に終わらせてほしかった。
図書寮の件もあれが進まないと進められないんだよね。困ったもんだ。細川晴元に圧力をかける意味でも早くやればいいと思うんだけど。
まあ三好家にとって未経験のことだしね。手探り状態なのはわかるが。
Side:北条幻庵
「今度は北伊勢か。何処まで大きゅうなるのであろうな」
尾張から来た船が北伊勢で一揆が起きたことと、六角の要請で兵を出して北伊勢を一部平定したことを知らせて参った。
殿は如何とも言えぬ顔で受け止めておる。早い、あまりに早いのだ。織田が大きゅうなるのは。わしですらこれほど早いとは思わなんだ。
「武田と今川は潰し合い、関東もまた同じ。伊豆諸島をやってよかったか」
山の噴火で避難しておった伊豆大島の民は、久遠で使うと言うて連れていった。預けていた間の礼金だと多額の銭を置いてな。古くから伊豆に属する島ゆえに従えておったが、罪人を流罪にする以外に使い道などない島だ。
今後は尾張からの船以外に久遠でも船を寄越すという。民をしばらく預かっただけの礼金の額を聞いた家中の者らの驚いた顔が面白かったほど。
今川にもそろそろ知れる頃かの。義元と雪斎が如何なる顔をするか見られぬのが残念じゃ。駿河の海からも近い伊豆諸島を久遠が押さえると、今川は海では更に苦しい立場になる。
久遠殿の子が産まれた祝いの使者もそろそろ着いた頃かの? 年内に無事着いておればよいのだが。
「今のままではいかんのかもしれぬのう」
「叔父上、それは如何なる意味で?」
ふと呟いたことを殿に聞かれたか。殿は尾張を直接ご覧になったことがない故にわからぬのであろう。
「我らのやっておることは今川や武田と大差ありませぬ。これでは織田との差は開く一方。織田と久遠はまったく新しい国造りをしておるのでございまする」
関東統一でさえも夢のまた夢。いや、今のまま関東統一を果たしたとて、代替わりなどあればまた荒れるだけ。これでは今川や武田と変わらん。
もう少し尾張が近ければ、殿にも直接ご覧になっていただきたいところ。されど関東では未だ我らは余所者扱いで敵も多い。無理じゃの。
新しい国造りをする。これほど難しきことはない。織田に倣うというても、如何にしてやればいいのかわしにもわからん。
国人や土豪から土地を取り上げておると聞き及ぶが、北条家ではとても出来ることではない。
尾張から世が変わろうとしておるというのに、関東では未だに潰し合うように戦ばかり。
わしですら理解出来ぬことだ。織田との力の差など理解しておる者は関東におるまい。
関東は如何なるのであろうな。
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