第941話・北畠家の策
Side:北畠晴具
「御所様のお考えをお聞かせくださいませ!」
師走に入り、今年もあと一月を切った。倅が尾張に家臣らを連れていったことで動いたのはすでに隠居していた家中の年寄りらだった。
斯波と織田の風下に立つのか。そう思うと面白くないのであろう。気持ちはわかる。
「考えか、なにか考えることがあるか?」
さて、この者らが如何程まで考えておるか、見極めねばならん。悲しいかな。世の流れが見えておらん。
「噂では水軍を織田に鞍替えさせるとか! なりませぬぞ! 海の守りがなくなれば如何するのでございますか!!」
やはりそこを突いてきたか。間違うてはおらぬ。されどな……、倅は織田が天下を飲み込むと考えておるのだ。その点はわしも同じ。織田にその気があるのか、今一つわからぬが、恐らく天下が織田を放っておかん。
「海の守りは織田に守らせる。それは誓紙を交わす」
力の差があり過ぎるのだ。仮に織田と戦うのならば、六角、朝倉、今川、本願寺と周りの皆が一致結束する必要がある。されどそれは無理というもの。本願寺は織田との商いで莫大な利を得ておる。守護使不入さえ要らぬというほどにな。
六角が如何出るかと思うておったが、六角でさえも対峙するのを避けた。誰かが自家を潰す覚悟で織田と戦わねば纏まるものも纏まらぬ。
さらにだ。北畠もまた織田と大湊の商いで利を得ておるのだ。こちらを軽んじて潰すというなら戦うが、向こうにその気はない。むしろ北畠家を味方に付けたいと動いておるのだ。
「戦をする前からそのような弱気で如何するのでございますか!」
「長野にも勝てぬわしが、尾張、美濃、三河半国を治める織田に勝てるわけがなかろう」
面白うないというのはわしにもある。だが勝てぬ相手に拘ってなんになる。織田と争えば沿岸の国人と大湊は織田に寝返るであろう。神宮とて怪しい。
籠城でもすると? それこそ思うつぼであろう。国人どもを降して丸裸にされるわ。
「神戸の救援とて織田が動かねば如何なっておったか怪しいものだ。長野はこちらの邪魔をしようとしておったからな」
北伊勢の一揆。それが家臣らを不安にさせておるらしい。されど北伊勢の一揆こそ織田が信用にたる相手だと示した。
長野からすると、北伊勢の神戸などが北畠と繋がりが強固になるのは望まぬのだ。挟まれることになるからな。陸路で援軍を送れぬ北畠が速やかに援軍を送れたのは、織田が水軍どころか南蛮船を出したからに過ぎん。
「その方らの忠義、忘れておらん。されどな、世を見て機を見ることを忘れてはならん。今しばらく世の流れを見極めるのだ」
わしから頭を下げとうないが、勝てぬ争いも望まぬ。今しばらく刻が必要だ。もっとも刻は織田の味方であろうがな。
せっかく良き誼と立場を得ておるのだ。それを使わずしてどうする。
Side:久遠一馬
「やはりそう来たか」
具教さんから出稼ぎ労働者派遣の再開を出来ないかと内々に打診があった。信秀さんも予測していたらしいが、こちらの調べでも北伊勢の北畠方の国人たちの状況が思っていた以上に良くない。年内に再開しないと年越しすら怪しいところがある。
清洲城で信秀さんと信長さんと相談するが、他にいい方法がないのが実情だ。まあ寺社に借金するとか他の方法もないわけではないが、ろくなことにならないのは確かだ。
「かず、そなたが甲賀にしたことを望んでおるのであろう?」
「ええ、多分そうでしょうね」
具教さんの本音はそこだろう。甲賀が本当に餓えそうだったから報酬の先渡しと、その報酬で甲賀に食料を送れるようにと手配した。実際に動いてもらったのは元大湊の会合衆である湊屋さんだけど。
はっきり言おう。あの件は赤字だ。仲介してくれた大湊も頑張ってくれたが、野分の被害が結構あちこちに出ていて食料が高くなっている。
それでも甲賀衆を抱えるウチには価値があるから実行したけど。
「ひとつ間違えると北伊勢の二の舞いだな。座しても同じであろうが」
信長さんは軽くため息をこぼした。綱渡り状態だが、北畠としても各自なんとかしろと言うのでは北伊勢の勢力圏を失うだけだからな。
「対価は分国守護か、面白いことを考えたものよ」
ただ具教さんはこの件の対価を先に提示した。織田が押さえた北伊勢の領地を分国守護に任じてもらうように公方様に働きかけるというもの。現状では実効支配していて特に文句がくることもないだろう。もともと北勢四十八家が好き勝手にしていた土地だ。
とはいえ大義名分は必要だ。北畠とすると国司と守護という地位はあるが、もともと支配していなかった土地の分国守護を認めることで失うものはない。対価とするには手頃だったんだろう。
信秀さんがなかなかやるなと笑みを浮かべている。
「手間はあまり増えないのよね。北伊勢の民と一緒に三河の賦役でいいと思うわ」
さてどうしようかなと考えていると、費用対効果を考えていたメルティが口を開いた。人を派遣した国人衆への礼金と出稼ぎに来た人への報酬などあるが、こちらの手間とするとさほど増えるわけじゃない。
年を越せるようにと食料の先渡しが必要になるだろうが、まあ北伊勢の更なる混乱と比較すると許容範囲だろう。
あとの問題は出稼ぎに来た人が帰らなくなることだが、それは土地を持つ家長や長男などを中心に送るなど、北畠で工夫がいる。
「良かろう。早うせねば年も越せまい」
結局信秀さんは具教さんの打診を受けることにした。年越し、元の世界では人によってはあまり普段と変わらず生活していた人もいたが、この時代では数少ない祝いの日と言える。
北畠家を味方としておくには年内に北伊勢の神戸などを安定させることは必要なことだ。
ただ、この分国守護。誰の策だろう。具教さんじゃないだろう。晴具さんか? 自家の損にならない権利で対価なんて具教さんの性格だと考えない気がするし。
まあ食料に関してはすでに用意をしてある。食料の値上がりを抑えるためにも計画的な動きが必要なんだ。あとは名目があれば引き渡せる。
気になるのは六角だ。被害で言えばあっちの方が大きい。一揆勢が逃げて集まった場所だから。その分、捕らえた一揆勢が多いので復興は進むだろうが、費用と食料は六角が貸し付けることになるのか?
北畠はね。すでに経済圏が同じだし、協力が進んでいるからこれで問題ないが。六角とするとこれ以上の借りは作れないだろう。ただでさえ甲賀にウチが食料を送っていることで家中を刺激しているだろうしね。
そうそう、清洲に居座って所領を返してほしいと騒いでいた一部の国人と土豪の血縁の人たちは俸禄で仕官するか、諦めて当主がいる六角に行った。
織田家の家臣も相手にしてなかったし、血縁がある人は多少援助をしていたらしいが、どうしようもないと悟ったらしいね。
彼らよりも清洲の民のほうがいい暮らしをしていたことで心が折れたんだろう。中には宿代にも事欠き、寺社の境内で野宿して賊紛いの行動をして捕まった人もいたはず。
とりあえず北伊勢はなんとか一揆の再発だけは阻止できそうだね。
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