第939話・若狭の地で
Side:細川晴元
障子を開けると見渡す限りの雪。嫌になるの。何故わしがこのようなところにおらねばならんのじゃ。
謀叛人の三好が堂々と都におることも、それを良しとする者らも許せぬ。
「素破め。北伊勢が如何なったのか知らせすら寄越さぬ。これだから素破など相手にしとうないのじゃ」
それはそうと、名をなんと言ったかの。素破の分際で主家のためだとほざいて勝手をする愚か者。六角義賢もたいした男ではないの。素破すら従えられぬのでは期待するだけ無駄か。
北伊勢で一揆を起こし織田を叩き、六角がその地位を確かなものとすると文に書いてあったか。一揆が起きたと文が届いて以降、一切の音沙汰がないわ。
戦というものはそう容易く勝てるものでないわ。されど六角を動かし、図に乗る斯波と織田に身の程を教えるにはちょうど良いと少しばかり文を書いてやったが、愚か者では謀も出来ぬか。
「御屋形様、六角よりなにやら品が届きましてございます」
うんざりする雪を見ぬようにと障子を閉めると、家臣が壺でも入っていそうな桐の箱を持って参った。六角からじゃと。
「なんじゃ、家臣すら抑えられぬ故に音を上げて助けでも求めて参ったか? それとも公方様を持て余したか? あのお方は分別を知らぬ餓鬼じゃからの」
「それが文はございませぬ。使者に問うたのでございますが、中を見ればわかると置いて帰ってしまいました」
やれやれ礼儀作法も知らぬ者を使者としたのか? 代替わりで先代を支えた家臣らと争っておるのではあるまいな?
「まあよい、開けてみよ」
金銀ということはあるまい。壺か茶器か。いずれにせよ品を見れば六角義賢が如何な男かわかるというもの。
「ひぃっ!!」
思わず声を上げた家臣にわしも息を呑む。紐を解いて箱を開けると塩がこぼれ出たのだ。そこにあったのは首だ。
「なっ、なんじゃそれは!!」
六角義賢め! わしを愚弄する気か!!
「みっ、三雲定持の首でございます。勝手に家中に謀をしたこと許すまじとのこと……」
首と共に入っておった文を家臣に読ませる。おのれ。愚か者の主は愚か者ということか!!
「さっさと捨ててこぬか!!」
「はっ!!」
素破の首など送りつけるとは無礼千万。家中すらも満足に治められぬ愚か者が……。
「……まあよい。そう出るのならばわしにも考えがある」
いかんの。あまりの愚か者にわしともあろう者が怒りで怒鳴るとは。
六角の武勇は先代のもの。それを己の力と勘違いでもしたか? それとも公方様が一枚噛んでおるのか? 愚かよの。公方様などわしがいなくなれば、次は六角を疎むというのに。
誰が支えておったかも理解せぬ愚かな主君よ。
「北伊勢の一揆が如何になったか、探ってまいれ」
「はっ」
三雲定持か、素破の名など忘れておったわ。素破が討たれたとなると北伊勢でなにかあったことだけは確かか。
面白うなってきたのやもしれぬな。
Side:久遠一馬
熱田の屋敷はお祝いムード一色だった。普段はあまり会うことのない熱田在住の家臣や熱田商人の皆さんの挨拶を受ける。
吉法師君の初宮参りの時も、同じように各地で酒と餅を配りお祝いムードだったんだよね。
織田家の慶事を内外に示すという意味もあるが、今の尾張だとみんなでお祝いしようという領民の気持ちもある。相応に必要なのは考えるとわかるんだけどね。
個人的には吉法師君の時に派手にやったから、大武丸と希美はなるべく静かにしたかったが、まあ無理なんだろうね。
大武丸と希美はさすがにわかってないだろう。でもさっきまでは楽しげに笑っていて今は寝ている。
「姫様、それは……」
大武丸と希美が眠ったので少し熱田の屋敷内を散歩していると、お市ちゃんがエルと一緒に赤ちゃんの着物よりも小さい白い絹の布を広げていた。
「ロボとブランカの仔たちのだよ」
「せっかくなので仔犬たちが無事に育っていることも、一緒に神仏に感謝をしようということになっていまして」
意味がわからなくて首を傾げているとエルが説明してくれた。つまりロボ一家を連れてきたのは最初からそのつもりだったということか。
ここしばらくは大武丸と希美が生まれた祝いの使者が遠方からも来ていたことと、北伊勢と北畠家のことでちょっと忙しくて初宮参りは任せっきりだったからなぁ。
まあ熱田神社の許可を得たのなら問題ない。動物を大切にするということはいいことだしね。
東の空に一番星が出た頃、オレたちは熱田の屋敷を出る。馬車と馬に乗った護衛の兵に、ここからは馬を牽く奉公人の人たちもいる。
この時代では元の世界の江戸時代のような、格式を定めた大名行列みたいな形はない。そもそも隊列を組んで移動すること自体、練習などしないと出来ないレベルだ。
ただ織田家だと一部出来るんだよね。実は。武芸大会で行軍を教えて以降、少なくとも整列して歩くことは出来る。
これがまあ評判がいい。見栄えがいいからね。
今もちょうどそんな感じだ。でもね。オレたちを見て拝むのは止めてほしい。まあオレたちを拝むというよりは神仏にオレたちの無事を祈ってくれているんだと思うが。
「お待ちしておりました」
熱田神社では正装をした神職の皆さんが出迎えてくれた。神社にはかがり火が焚かれていて、なんというか神事なんだなと改めて感じる。
大武丸と希美は侍女さんが抱きかかえている。これ本来は乳母さんの役目なんだけどね。ウチに乳母さんいないから、壮年の出産経験のある侍女さんたちに任せてある。
ロボとブランカと花鳥風月の六匹は大人しい。躾も済んでいるからね。山紫水明の四匹は熱田の女衆の人たちが抱きかかえての参加だ。
ロボ一家には白い布を羽織る形にしていて、ロボとブランカの二匹は首輪ではなく
お市ちゃんが普通に一緒であることに微かに違和感があるが、猶子であることから義理の妹なんだよね。そう考えるとまあそんなもんかと思うが。
ピンと張り詰めたような雰囲気の中、厳かな神事が行われる。
祈り。この時代では確かな方法として信じられていて、社会の中心と言ってもいい。
正直、面倒だなと思うところがある。とはいえみんな真剣に考え祈ってくれることだし、郷に入っては郷に従えというように、こういう行事には積極的に参加することに意味がある。
大武丸と希美の将来を縛るものは可能な限り少なくしたい。でもね。社会で生きるには必要な繋がりもある。難しいなって思うね。
まあ大武丸と希美の健康管理とかは万全を期しているが、それでも絶対ということはない。無事を感謝して祈ることも必要だろう。
元気に育ってほしい。父親としてはそれだけでいい。
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