第938話・初宮参り

Side:北畠具教


「温泉とは……また贅沢な」


 尾張の最後に皆を蟹江の温泉に連れてきた。数日であちこち見せたのだ。如何に受け止めればよいのかわからぬ者も多かろう。


 ふと家臣のひとりが温泉に浸かりながら贅沢と口にしたことで思う。贅沢を贅沢でなくすこと。それが一馬の目指す先ではとな。


「織田と同じこと、あるいはそれ以上のことを出来るという者がおれば申し出よ。すぐにやらせてやるぞ」


 我ながら少し意地の悪い問いかけだ。とはいえ長年仕える家臣らと一族の者らなのだ。相応に機会は与える必要がある。


「それは難しゅうございます。若殿。まずは北伊勢の飢えを如何にするか考えねばなりますまい。最早、神戸家だけのことでは済まされませぬ」


「そうだな。織田を羨んだところで得るものなどありはしない。この国を知れば飢えた者は皆逃げ出すぞ」


 困った顔をする家臣らの中で真っ先に口を開いたのは、重臣の子弟であった。さすがに物事が見えておるわ。


 そうなのだ。今解決すべきは北伊勢の飢えになる。一揆に加担した罪人どもで領内を復興させるにしても、まったく食い物を与えねばすぐに死んでしまうであろう。無論、それでも構わぬ。されど一馬ならばもっと上手くやるはずだ。


「だが如何する? 北畠家が手を貸せば、他が騒ぐぞ」


 そう、放置も出来ぬが安易に手も貸せぬ。織田と双方に臣従をして収めてくれれば話も変わるが、織田はそれを嫌う。無論、理由はわかる。治め方が違うのだ。あれでは双方に臣従は難しかろう。


 わしとしては織田に臣従させて誼を深めたいところなれど、それを今わしから言うのは避けたい。


「実際のところどうなのだ? 神戸殿」


「村にもよりますが、来年の種籾すらないところは少なからずありまする」


 重臣の子弟の問いに、神戸を筆頭に北伊勢の者らは己の恥と知りつつ現状を包み隠さず話し始めた。これでよい。


 各々の所領のことは口を出さぬというやり方は、この先通じぬ。織田ばかりではない。六角も侮れる相手ではない。皆で考えるしかないのだ。さもなくば北畠家とて北伊勢の二の舞いであろう。


 ようやくここまで持ってこられたものだ。




Side:久遠一馬


 大武丸と希美が生まれて三十日になる。この時代は出生率も低く、無事に育たないことも多い。それ故に子が無事に育つことをなにより喜ぶ。


「うわぁ。凄いけど派手じゃない?」


 今日は初宮参りに行くので支度をしているが、大武丸と希美の着物がちょっと派手な気がする。白い絹の着物なのはいいとしても、金糸と赤い糸で織田木瓜と南蛮船の旗印が描かれているからだ。


 オレ、派手なのってあんまり好みじゃないんだよね。初宮参りも放っておくと派手な祭りになりそうなので、控えめにと資清さんに頼んでいたんだが。


「土田御前様より頂いた着物です。子供たちの晴れの日ですので」


 エルは結構気に入っているみたい。そんな雰囲気だ。まあ土田御前から頂いたなら着せないわけにもいかないか。


 あの人も子供が産まれてからよくウチに来る。このひと月で五回ほど来たかな。エルといろいろ話しているみたい。


「姫様も行くのですか?」


 あと驚いたのはお市ちゃんも一緒に行く気なことか。既に信秀さんの許可も得ている根回しの良さだ。初宮参りでの神事は夜にするらしく、今日は熱田で一泊の予定なんだが。


 お市ちゃんは気持ちのいい笑顔で頷いた。


「わふ!」


「ワン!」


 オレも武士らしい服装に着替えて、エルも武士の奥さんらしい着物に着替えると出発だ。ところが馬車の前には、先ほどから姿を見かけないと思っていたロボとブランカ一家がお座りして待っていた。


 ロボとブランカ、オレが出掛ける時わかるみたいなんだよね。支度をするから。たまにこうして一緒に連れていけとアピールする。今日は大武丸と希美の支度で察知したのかな?


「一緒にいこ!」


 どうしようかなと悩むが、お市ちゃんが自分の馬車に乗せちゃった。今日はオレとエルと大武丸と希美が乗る馬車と、お市ちゃんの馬車に、同行するケティとお清ちゃんと侍女さんが乗る馬車の四台で行くからな。


 護衛の兵は多いが、もちろん全員騎乗だ。そうしないと時間がかかるからね。


 まあいいか。最近はあまり外出できてなかったから、ロボとブランカを連れていけてなかったし。


「……凄い人だね」


 そういえばなんか外が賑やかだなと思っていたが、屋敷の門を出ると沿道にはたくさんの人が両端に集まって待っていた。


 元の世界のパレードをちょっと思い出すほどの人の多さだ。これ、絶対誰か仕切ったな? 沿道に警備兵がいるのがなによりの証だ。


「見られるのには慣れたけどね」


 この世界ではとにかくウチは目立つし、そんな身分でもある。人に見られるのも仕事なんだよね。さすがに慣れてはいる。とはいえこれ、どこまで人がいるの? まさか熱田までいないよね?


 うん。結局、熱田までほとんど沿道には見物人がいた。楽なのは身分的に手を振るとかそんな習慣がないことか。毅然として座っていればいいだけだ。


 お市ちゃんあたりは恐らく手を振っていたと思うけど。誰が教えたのか、知っているんだよね。


「これって……」


「祭りですね」


 熱田の町は事実上の祭りのように賑わっていた。詳しくは聞いてない。資清さんとシンディに任せたことだ。沿道には露店市が出ていて、酒や餅を振舞っているのはウチの家臣と忍び衆の奥さんたちだ。


「あーうー」


「きゃっきゃ」


 賑やかな雰囲気を気に入ったのか、大武丸が窓の外を眺めて興味を示すように手を伸ばすと希美も楽しげに笑い手を動かし始めた。


「お待ちしておりましたわ」


 一旦熱田の屋敷に入ると、シンディと家臣たちが出迎えてくれた。屋敷の前でも餅と酒を振る舞っている。


「随分と賑やかだね。シンディ」


「ええ、皆、じっとしていられないのですわ。ですが、これでも質素にしたほうです。放っておくと織田領内全域で祭りとなります。今日は清洲・那古野・津島・蟹江と、ここ熱田のみで餅と酒を振る舞うのみで抑えましたわ」


 それは抑えたと褒めるべきなんだろうか? 返答に悩む。まあ織田家の体裁もあるんだろう。動いたのは信秀さんと土田御前だね。これは。


 オレに任せると、元の世界で一般人がお宮参りをして帰るくらいのことで終わらせるから。それだと困るんだろう。まあ理解はする。


 馬車から降りた花鳥風月と山紫水明の八匹は、ここはどこなんだと興味津々な様子で楽しげだ。ロボとブランカは熱田の屋敷に何度も来たことがあるが、八匹は初めてだからな。


 さて、夕方まで一休みして、初宮参りだ。





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