第937話・北畠家御一行、八屋に行く

Side:北畠家家臣


 清洲の町もまた賑わっておる。遠くに見える白い五層の城が織田の力を表しておるようだ。


 若殿とはいろいろと話した。若殿が織田の治め方を熟知しておることに、我らはただただ驚かされた。


 学んでいたのだ。家中では若殿を武芸にばかり現を抜かす困ったお方だとさえ言われておったが、ここ数年で一気に噂を聞くようになった織田と自ら誼を持ってな。


 尾張が如何になろうが北畠家には関わりはないと囁く年寄りなどを相手にせず、若殿は御自身で考え動いておられた。その事実は決して疎かには出来ぬ。


「ここは……」


「運動公園という。武芸大会が毎年行われておるところだ。ここは馬場だな」


 目の前では馬の鍛練をしておる者らが見える。ここもまた整えられたところだ。馬の鍛練も盛んなのだろう。土を見ればわかる。


「あれが鉄砲か」


「馬がどうぜぬとは驚きだ」


 もっとも驚いたのは隣で鉄砲を撃っておることだ。高価な玉薬を使って鉄砲の鍛練もしておるのか? さらに馬がその音に動ぜぬことも信じられぬ。


「日々の鍛練で馬にも鉄砲の音には慣れさせておりまする。これをせねば馬が暴れまするからな」


 八郎殿の言葉に皆がどよめいた。鉄砲を実際に撃って鍛練するばかりか、馬にまで鉄砲に慣れさせるというのか?


「どうだ? これがここでは雨の日以外は毎日行われておるのだ」


 こんな相手に勝てる策があるならば申し出よ。そう言いたげな若殿に誰もが口をつぐむ。やってみなければわからんとも思うが、三河、美濃、北伊勢で織田は負け知らずだ。軽く見るのは愚か者のすること。


 先の北伊勢での一揆の討伐ですら万を超える兵をすぐさま集めたのだ。しかも海では南蛮船がおる。若殿や御所様が織田と誼を深めるのも当然と言えよう。


「さて、難しい話はここまでにするか。尾張の民が食うておる美味いものを食わせてやろう」


 馬に続き鉄砲や弓の鍛練する様子を見たところで、若殿は清洲の町に我らを連れて入られた。


 案内されたのは人が店の前まで並んでおる店だった。なにやらいい匂いがする。


「ここは八屋。一馬がやっておる店だ。清洲の民ならば一度は食うたことがあるもの。前に父上も連れて参ったら喜んでおった店だ」


 店とは。飯屋や遊女屋などは大湊にもあるが、そのどれとも違う。そもそも外で飯を食えるのは裕福な者くらいだ。ここにはそうでない者も出入りしておるように見える。


「北畠様がお供の方を引き連れていらしたぞ。さあ、席を空けるぞ」


 驚いたことに若殿は店に入ろうと待つ民の後ろに並んだ。しばし並んでおると、店の中で食べていた者らが率先して若殿と我らの席を空けるために動いておるのが見えた。


「ゆっくり食え。わしらは急がんからな」


「誰であれ、大勢で来られた時には、皆で席を空けておるのですよ」


 身分が違うというのに若殿は御機嫌な様子で尾張の民と共に待たれておる。もっとも身分を偽り、一介の武芸者として修業に歩くお方だ。よくあることなのかもしれんがな。


 そんな若殿に前に並ぶ商人が中の騒ぎの訳を話す。


 中が見えるが大湊にある店と違うのは、個々に部屋に入り飯を食うのではなく、大きな部屋にて皆で飯を食うことか。床几のようなものに座り、台のようなところで飯を食う。なんともおかしな光景だ。


「さあ、好きなものを食うがいい。みんな美味いぞ」


 品書きがある。我らはそれを見てみるが、名を見ただけではわからぬ料理ばかりだ。


「そうでございますな。飯がよければ、定食か丼と名の付くものがよろしかろうと思いまする。あとは……」


 若殿はあえてどんな料理か言わずに楽しげにみておられるが、困っておるのがわかったのだろう。八郎殿がひとつひとつ教えてくれた。


 驚いたのは値が安いことだ。特に安いのは民でも賦役で働けば毎日でも食えると聞くと驚きのあまり信じられぬと囁く声がした。


「若殿はどれがお好きなのでございまするか?」


「どれも美味いぞ。明麺もいい、飯なども美味い。この猪肉丼も肉を好む者ならば喜ぶな」


 近頃は大湊でも尾張料理という『切り蕎麦』や『尾張うどん』と称するものがあるが、味はまったく違うという。若殿は品書きにあるものはすべて食べたことがあるというのだから驚きだ。


 わしは飯が食いたいので若殿が言うておられた猪肉丼とやらを頼む。


「おおっ……」


 しばし待ち運んできたものは大きな器に白い飯が盛られていて、その上にいい匂いのする猪肉が乗っておる。味噌汁と漬物があるな。


 冷めぬうちに食えという若殿の申し付けに従い、猪肉を一口頬張る。


 ……おぉ、なんだこのたれは!?


 甘辛いとでも言うべきか? 醤油と似て非なる味に驚く。肉も適度な厚さがあるのに固くない。なんと言えばよいのか? 肉の荒々しい味がない。なんと上品な味だ。


 とにかく白い飯によく合う。周りを見渡すと、どの者も笑みを浮かべて食うておるわ。我らはまだ白い飯が食える身分であるが、それでも雑穀に野山から取ってきた野草を入れた雑炊で済ます日もあるというのに。


 ここでは民が肉と白い飯が食えるのか。


 味噌汁も美味いな。尾張など塩辛いだけの味噌だと思うておったのに。それにこの白いかぶのような漬物はなんだ? 蕪ではあるまい。少量しかないが、歯ごたえがよく如何とも言えぬ味わいがある。


「それは大根の漬物でございますな。今年は作付けを増やしたのでここでも出せておるもの」


 この漬物はなんだと首を傾げておると八郎殿が教えてくれた。ああ、先日の大根か。漬物にしてもこれほど美味いとは。


 他所ではこれが他国からの使者をもてなす料理だと言うてもおかしくあるまい。それがここでは民が食えるのか。


 ああ、隣の者が明麺とやらを食うておるが、それも美味そうだ。若殿が度々食べに来るというのもわかるというもの。


 ふと思う。斯波も織田も北畠を敵としてなど扱っておらんのだ。我らも相応に心を砕くべきではとな。


 少なくとも学ぶべきところは多かろう。


「若殿、もうひとつ頼んでもよろしゅうございますか?」


「フハハハ! 食え食え。好きなものを食うて良いぞ」


 頭の中にいろいろな思いがよぎるが、隣の明麺が気になって仕方ない。若殿に断りを入れてわしは明麺を頼むことにする。


 わしに釣られたわけではあるまいが、他の者も皆、あれこれと頼み、二度と食えぬかもしれぬ料理を堪能することになった。




◆◆◆◆


 天文二十一年、冬。北畠具教が家臣らを連れて尾張を訪れたという記録が残っている。


 具教自身はお忍びで度々訪れていたことが『久遠家記』や『資清日記』に記されているが、この時は尾張に行ったことのない家臣と、この時の直前に一揆が起きた北伊勢の神戸家などを連れていったことが『北畠記』に記されている。


 『北畠記』は北畠具教のめいでまとめられた伊勢北畠家の軍記となる。編纂には久遠家家臣の太田牛一が関わっており、具教も久遠家に倣い北畠家のことを後の世に残すためにまとめさせたとある。


 剣聖塚原卜伝に師事していた具教は、卜伝が久遠家と親交を持ったことをきっかけに自身も久遠家と親交を持つことで世の移り変わりを知ったとある。


 この時、具教はすでに家督継承が決まっていたといい、北畠家掌握と、北伊勢で起きた一揆の後始末において織田との関係をより確かなものにする必要性から、家臣らを連れて尾張を訪れていた。


 家臣らは尾張の変わりように、これが隣国なのかと驚き戸惑っていたという記録が北畠側、織田側の双方にある。


 すでに室町時代の統治体制から変わりつつあった織田であるが、その詳細が友好関係のあった北畠家にすらほとんど知られていなかったという事実は、当時の尾張と近隣の情報伝達の様子を知る資料としても貴重である。


 なお、この時、具教は病院の視察中に刀傷を負い運ばれてきた患者の治療を助けたという記録がある。あまりの痛みに暴れる患者を具教自ら取り押さえることで治療を助け、結果的に命を救ったようである。


 もともと具教はよく尾張に来ていたことで、尾張の民からも慕われていたようであるが、この出来事がかわら版で知られることになると、具教の名声が大いに高まり北畠家と織田家の関係に大きな影響を与えることになった。



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