第936話・戸惑う北畠家御一行

Side:北畠家家臣


 昨日の宴のおでんという煮込みの味が、まだ口の中に残っておるような気がするわ。いつからであろう。久遠料理が噂となったのは。昆布や食材の味が染み出ておった汁は絶品であったな。


 都では主上をも驚かせたという久遠料理か。中でも久遠殿の奥方の大智の方の料理は別格だと聞いた。さすがに大げさな噂であろうと笑っておったが、いざ食べてみると噂のほうが大人しいのではとすら思えた。


 昔から伊勢では尾張を下に見る者が多かった。北勢四十八家の者らもそうだったのであろう。すっかり立場が入れ替わってしまったがな。それも乱世のならいというもの。


 関白殿下ら公家衆がわざわざ都からやってきたというのも頷ける。


 それと北畠家には織田に大きな借りがある。尾張にきた公家衆を伊勢まで連れてくるように差配したのは織田なのだ。更にもてなしも織田と差が出ぬようにといろいろと気を使ってくれた。


 久遠料理とはいかなかったが、京の都にも劣らぬもてなしが出来たのは、織田が本来は売っておらぬ久遠醤油などを融通してくれたおかげであること。家中でも理解しておらぬ者が多い。


 尾張まできて伊勢を素通りされたのでは北畠家の面目に関わる。


「織田は備えをしておるのか、疎かにしておるのかわからんな。こんなに道を広げては攻められてしまうぞ」


 今日は三河に向かっておる。織田の属領であり、先の野分で被害が大きかったと聞くところだ。それにしても昨日から思っておったが、尾張は道が広くてまっすぐだ。このようなことをしては、ひとたび攻められると一気に清洲まで敵が来てしまうと思うが。


「道で止められる敵などたかが知れております。備えはしておりまするぞ」


 この日、八郎殿と共に案内役としてきておる佐久間殿がわしの呟きが聞こえたのか、自信ありげな笑みで答えた。


「それに家中の謀叛は尾張では、まずあり得ませぬ」


 敵は外だけではないと言おうとしたが、佐久間殿はそれすらお見通しであったか。


「何故、謀叛がないと?」


「大殿には勝てませぬ。それに尾張の繁栄は久遠家のおかげ。久遠家が引けばすべて失われる。そのようなこと、尾張では童でも知っておりますぞ。さらに久遠家に謀叛の利はない。それも織田家家臣ならば知っていて当然のこと」


 神戸殿が謀叛はないという佐久間殿にその訳を問うた。まだ若い男だ。武勇はあるようだが、家中を治めるのに苦労しておるのだろう。


 佐久間殿の答えはよくわからぬものだった。内匠頭殿に勝てぬのはわかる。されど久遠家に謀叛の利はないとは如何なる意味だ。奪ってしまえばすべてが手に入ろう。噂の金色砲は未だに久遠家しか扱えておらぬと聞く。


「利でございますか」


「領地も権威も、久遠殿が求めれば手に入れる術などいくらでもある。未だに無位無官なのは当人が官位をあまり望んでおらぬからというところがある。それにあの御仁は戦わずして勝てる。己で人の上に立たずともな。大殿とは別の意味で敵に回せぬのでございます」


 驚く神戸殿や我らを見つつ、佐久間殿は若殿と八郎殿が乗る馬車に目を向けて語る。


 申し訳ないが佐久間殿の名は聞いたことがない。そんな男ですらこれほど物事が見えておるのか?


「争うのではなく、競う。久遠殿は以前そう言っておりましたな。戦のみならず働けば功を認めてもらえる。それが織田でございまする」


 ここ数年で一気に大きくなり、寄り合い所帯かと思うたが、よほど自信があるのか。佐久間殿は三河を見ればわかると笑みを浮かべた。


 皆が悔しいという思いを隠すのがわかる。数年前までは一族で争っておったという織田にこうも差を付けられるとは。


 公卿家である北畠家は織田よりずっと昔からあるというのに。




Side:神戸利盛


 三河に入り安祥城に泊まった。ここも昔は何処にでもあるような城だったと聞くが、見た限りではあるが備えも万全な城だ。周囲には町があり人で賑わっておる。


 ここでは面白い話が聞けた。北伊勢の民をここ三河に移して賦役をやらせるのだとか。何故そのようなことをするのかと問うたら、北伊勢の村では田畑や入会地を勝手に占有する者や争う者が後を絶たぬためだとか。


 ただ、わしを含めて北畠家の者らは今一つわからなかった。村などそんなものであろう。村の秩序が崩れれば新たな者が村を仕切るのが当然だ。ところが織田はそれを認めぬという。


 内匠頭殿の長子である三郎五郎殿は、三河を見ればわかると言うておったが、正直なところ尾張は伊勢との違いが多過ぎる。如何になっておるかわからぬのが本音か。


「あれが織田の賦役か……」


 翌日、案内されたのは矢作川の賦役だった。数百、いや、数千はいるな。多くの民が働いておる。近くには商人がいて飯や様々な品物を売っておった。


 男も女も老いも若きも、皆が働いておる。賦役というが飯とわずかな報酬を出すという。そのせいだろう。民の顔つきが違う。わしの領地の者など困窮して死人のような顔でおる者すらおるというのに。


 川に堤を築き、流れが悪いところは直すこともしておるようだ。このような賦役、わしには出来ん。民に報酬を出しても無理だ。そんな余裕はない。


「噂の領地整理とやらを三河でもしたので?」


「もちろんしております。慣れれば悪うございませぬな。某など未だに所領を持ちませぬ」


 織田はとにかく所領を取り上げるというので北伊勢の武士には評判がよくない。だが八郎殿が所領もないと告げるとみなが驚きの顔をした。久遠家では八郎殿ですら所領を与えておらぬのか? 天下に名が知れておるというのに。


「八郎殿の禄は尾張でも有数であるがな。皆が羨むほどだ」


「禄に負けぬ働きをせねばと日々精進しております」


 戸惑う我らが面白かったのか、佐久間殿が笑いながら声を掛けると八郎殿は恐縮した様子であった。新参者という立場からか偉ぶる様子はない。


「ふふふ、八郎殿はあまりに功を持っていくので妬まれてもおるがな。残念ながら八郎殿ほどの働きが出来る者は尾張にも多くない。わしも真似ておるところだ」


 佐久間殿もまた妬まれておると言う割に親しげだ。嫡男の三郎殿の家老だという。新参者など目障りだと考えてもよいというのに。


「ああ、なんと美しい田畑だ」


 和やかなまま矢作川の賦役に続いてみたものは、均等に分けられた田畑だった。本證寺の寺領があったところだという。


 麦が植えられておるようだが、この季節では田畑に人はいない。されどあまりに整った田畑に見入ってしまう。


「北伊勢でもこれと同じようにいずれ整える手筈でございます。そのため勝手に田畑を占有することを織田では認めておりませぬ」


 八郎殿の言葉がやけに耳に残る。土地はすべて織田の下で治める。それが織田のやり方なのだ。


 ただ謀叛を恐れて奪っておるわけではなかった。道や田畑を整えて国を豊かにする。武士は織田に従い銭を貰い働く。


 そのようなやり方を教えられるが、なんと答えてよいかわからなかった。


 上手くいくのか。何故、今までと同じでは駄目なのか。疑問はあるが、それを問うてよいのかもわからぬ。


 わかったことは我らの考えは織田ではすでに古いと言われておること。大国である織田が我らの考えに合わせる必要などないということか。


 伊勢は、日ノ本は如何になるのだ?




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