第932話・北畠家御一行がやってきた
Side:神戸利盛
「まさか噂の南蛮船に乗れるとはな」
北畠の若殿に尾張に行かぬかと誘いを受けたので供をすることになった。本来ならばこちらから霧山御所まで出向くところなれど、若殿が迎えに来るというので近隣の北畠家に従う者らと近くの湊で待っておると、驚いたことに久遠家の南蛮船が来たではないか。
この辺りでも久遠船は珍しくなくなったが、南蛮船は未だに織田家と久遠家にしかないものだ。かく言うわしもこれほど近くで見たのは初めてになる。
「なんと大きい船でございましょうな」
小舟で乗り込む際に近づくと、見上げねばならん大きさであることに息を飲む者が多数おる。思わず声を上げたのは楠殿か。
船には北畠家家臣や北畠家方の国人がすでに乗っておった。まるで都にでも上るような様子に見えるな。他国を見聞するなどそうあることではない。楽しみにしておる者も多かろう。
走ると更に船の速さがわかる。我らを乗せた船は程なくして尾張の蟹江という湊へと着いた。
「なんという賑わい。祭りでもしておるのでございましょうか?」
「ここはいつもこのくらい人がおる。祭りになれば更に人が増えるぞ」
船が多く出入りする湊には祭りかと思うほどの人で溢れておる。若殿はさすがに慣れた様子であるが、他の者はあまりの賑わいに驚いておるわ。大湊も賑わっておるが、ここはそれ以上だ。
続けて驚いたのは関所にて言われたことだ。ここでは身分に問わず、人と荷を改めておるという。流行り病を防ぐためという理由だ。若殿が従うので皆も素直に従う。
「よく聞け。この時期、流行り風邪で亡くなるものが出ることもあるが、織田は近年それがほとんどない。そのわけのひとつがこれだ。病に侵された者は留め置かれる。それで領内に広がることを防いでおるのだ」
関所の者らも若殿をご存じのようで親しげに話をされておったが、若殿は関所の者の話を引き継ぐように語られると皆が驚いたのがわかる。
誰が考えたのであろう。確かに病の者を領内に入れねば守れるであろうが。
「病に侵された者も治療をしておりますよ。薬代がなければ働いて返すと念書を書けばでございますが。そうすることで皆が助かっております」
若殿の言葉に続き織田の者がさらに説明をする。だが縁もゆかりもない旅の者まで助けておると語ると、まことかと疑う者まで出る始末だ。
「おお、八郎。わざわざそなたが来たのか」
「数日ぶりでございます。左中将様。今日は某が案内いたしましょう」
関所を通るとすぐに身分のある者が出迎えに待っておった。八郎……、まさか久遠家の滝川八郎か!?
忠義の八郎。その名は伊勢でも知らぬ者はおるまい。一介の土豪から久遠家家老まで瞬く間に成り上がった男。久遠殿はもとから日ノ本の外に所領があったと聞く故に別格であり、尾張で一番立身出世をしたと言われる男だ。
かつての織田と対立していた桑名の商人たちが、なんとか和睦するために、仲介役になりうる八郎殿に取り入ろうとしたができなかったそうだ。ありとあらゆる手段を講じたが一切全てを受け取らず、一顧だにされなかったという。
昨今では公方様や関白殿下への目通りすらも叶ったという噂を聞いた。ほんの数年前までは我らより貧しい暮らしであったろうに。
「尾張は賑やかでよいな。伊勢も見習わねばならん」
「左中将様ならばすぐに伊勢も栄えることになりましょう」
若殿は御所ではまず見られぬ親しげな姿勢で八郎殿と話をされておる。我らはそんな若殿の様子を見つつ、その先に見える蟹江の町に見入っていた。通りは多くの人で溢れ、物売りの市が出ておるようだ。
北伊勢では食べ物が足りぬというのに、ここではそのような様子はまったくない。これが隣国だというのか。野分はここにも来たのであろう?
若殿が尾張に拘るわけだ。北畠家の家臣も言葉が出ぬほど驚いておる者が幾人もおるようだ。
Side:久遠一馬
十二月、暦は師走に入ろうとしていた。真冬で雪がちらつく時もあるほど寒い日々。
一揆に加担したと捕らえられた人たちと、一揆後に勝手に土地を占領した人たち。彼らは罪人として津島の浚渫を命じられて作業に従事している。真冬の川の水は冷たく、そこで土砂を取り除く作業をするのは想像以上にきつい。
賦役としては冬場はやってなかったんだけどね。罪人の待遇として明らかに厳しい罰を与えないと今度は領民が不満を感じてしまう。
千余名くらいだと報告があった。彼らは己の罪を償い、与えた損害を働いて返すまで罪人になってもらう。五年や十年は続ける必要があるだろうし、中には途中で亡くなる人もいるはず。
ただ忘れてはいけないのは、彼らの暴挙で亡くなった人や財産を失った人がたくさんいるということだ。甘い顔は出来ない。悪い先例にしないためにも。
あと北伊勢で一揆後に織田に逆らって捕らえた国人と土豪たちは、島流しにすることになった。ウチの開拓地で使い潰していいと言われている。
すでに一部を開拓している台湾か、史実の沖縄に属した大東島あたりがいいか。あそこは無人島だと報告があったはず。
ウチでは大武丸と希美の初宮参りの準備をしている。無事に二月目を迎えたことを感謝して神様に報告する行事になる。ケティたちや侍女さんたちが万全の態勢でいるけど、それでも無事に育ってくれていることにホッとするね。
朝廷と将軍様への今年最後の献上品も、すでに願証寺の僧たちが運んでいてそろそろ近江に入る頃だろうか。年の瀬が迫っているなと思う。
「ふーん、伊勢の商人も抜け目がないというかなんというか」
資清さんは北畠家御一行の案内にと蟹江に行っている。入れ替わるように報告に来たのは湊屋さんだ。伊勢の情勢が変化したことで伊勢の商人たちも動きがあった。
伊勢には大湊や桑名のように公界と呼ばれる自治都市が多い。現時点で確実に織田と協調しているのは大湊と桑名で、あとは是々非々といったところか。あまりウチに睨まれるような派手なことはしないが、品物をあちこち迂回させて堺に横流ししていた商人もいる。
流通途中で寺社を挟むと品物が一旦神様のものとなるというこの時代の慣例から、その先にどこに売っても追及が難しくなるという法的な盲点がある。
もっとも流通途中で挟んだ寺社から、品物を買って堺に売る商人には圧力をかけているけど。それは元々織田の荷だから堺に売るなと。
ただ伊勢の商人はあまり刺激したくはないので、規模が大きくないなら見逃していたんだが。
堺以外にも、今川と武田には鉄は売らないとかあるんだけどね。こちらも横流ししている。
そんな動きが止まったらしい。
「北畠家による長野討伐の噂もありまする。これを機会に織田や北畠が商人への関与を強めるのではと疑っておる様子でございます」
一揆に関しても兵糧や戦に必要な物資を高値で売ろうとしたり画策していたらしい。織田と北畠は大湊の協力もあって問題なかったが、中伊勢の長野家とか国人単位だとかなりぼったくられたみたい。
ただまあ、そろそろこちらのやり方を学んでいるのだろう。警戒されている。
伊勢の商人には敵に回らない程度の利は回っているはずなんだけどね。経済的には伊勢はいいし、大湊ほどではないがどこも景気は悪くないはずなんだけど。
桑名を直轄領にすると更に警戒されるかなぁ。大湊にはすでに根回ししているけど、ほかはそこまでする義理はないし。
無論、こちらの荷を横流ししたりした商人はあとで追及をする。各自治都市に対してもそれが個人の仕業でも自治都市として運営する以上、そちらにも責任の追及はする。
まあ中伊勢と南伊勢は北畠家の領地になるだろう。あとは北畠で考えてくれればいい。こちらとしてはあまり勝手なことをしないように睨みを利かせるくらいが現状ではベストなはずだ。
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