第928話・北伊勢のめんどうな話
Side:久遠一馬
神戸を筆頭とする北畠方の国人たち。三河を見て驚いていたと報告が届いている。秋の野分で氾濫した矢作川と田畑の復興を、織田家主導でしていたことが驚きだったようだ。
報酬の出る賦役はもちろん知っているようだが、それを一般的に見て属領である三河でしていたことが驚きの理由だという。どうも本領と属領が同じということが信じられないみたい。
この時代だとざっくり言えば、己の領地は治めるが他は知らない。戦や義務は果たすがあとは勝手にするという統治法だからね。領地の大部分を織田家で所有してみんなで働き治めるというのは、実際に見てみないと実感がないのかもしれない。
まあ賦役と便宜上言っているが、実際には違うからね。本来の賦役は税の一つだが、織田では公共事業となる。
彼らにはそのまま自家に帰って見たことをありのままに報告してほしい。北伊勢の織田領でやっていることを理解できると思うから。
ウチには相変わらず子供が産まれた祝いの使者が来ている。律儀な人では甲賀から来た人もいる。ただね。食うのに困る人たちも中にはいる。頑張って干し柿や獣の肉とか持ってきてくれると申し訳なくなるところもある。
「大武丸と希美は起きているかな?」
ちょっと手が空いたので大武丸と希美を見に行くと二人は寝ていたが、ロボとブランカがふたりの隣で伏せるようにして見ていた。
ロボとブランカの仔犬たちは、ケティが検診すると先ほど連れだしているのでこの場にいないけど。
「慣れるのが早いね」
「はい。新しい家族だとわかっているようです」
ロボとブランカは予防接種とかしているし、躾もきちんと出来ているので仔犬たちより一足先に先日顔合わせを済ませていたのだが、ここまで慣れた様子で一緒にいることには少し驚く。
家族か。まるで子守りでもするかのような二匹にほっこりする。
双子の影響は今のところはない。陰でなにか言われているかもしれないが、オレの耳にまで入っていない。まあ陰口をいちいち気にしても仕方ないしね。
「北伊勢の様子はどうですか?」
「国人と土豪はある程度片付いたらしい。ただ、村が崩壊したから。勝手に田んぼを占領している人が結構いるみたい」
エルは編み物をしながら大武丸と希美との様子を見守っていたが、気になるのか話は北伊勢のことになる。
道三さんたちが頑張った結果、一揆が終わったあとに領地に戻り抵抗していた国人や土豪はほぼ消えて、残るのも降伏するか逃げ出したらしい。
ただそこで終わらないのが戦国クオリティと言えば言い過ぎだろうか。村単位の自治である惣村がほぼ崩壊している現状を利用して、生き残った者が故郷の村に戻り田んぼの所有権を争って問題になっていると報告がある。
村内下剋上ともいうべきこともあれば、どさくさに紛れて殺して田んぼを奪う人なんかもいて始末に負えないらしい。
纏めるべき国人や土豪が消えたこともあるんだろう。織田の兵が来る前に田んぼを占有してしまえばいいと考えたわけだ。
「すべて取り上げたほうがいいのかもしれません。三河の時もそうでしたが、中途半端に許すわけにはいきません」
北伊勢の軍には田んぼを取られたとか訴えが相次いでいるが、元の状態を知る者がいなかったりして裁きをするのも難しい。
エルもなんとも言えない顔で厳しくするべきだと口にするが、その件で近日中には評定が行われる予定だ。
前例となるのが三河本證寺の寺領だ。あそこは石山本願寺との話し合いで所有権が定まるまで時間が掛かったことで、元いた領民は三河の織田領などに移した。田んぼに出来ない土地で綿花を育てたり、賦役で暮らす村になったんだ。
その後本證寺の跡地を織田が治めることになったので人を入れたが、元の村を考慮せずに尾張から入った人や他の三河織田領から入った人の村になっている。
厳密には本證寺跡地の農地は織田の所有地となっていて、農地を分配したわけではない。従って農地を担保にしたり勝手に寄進するのは禁じた。
土地と人を切り離したことであの辺りは織田の指導をよく聞くので、織田の開発のモデルケースになっているほど。
「北伊勢北部、結構広いんだよね」
「大変でしょうがやるべきです。山城守様なら出来ますし、織田も今ならその余裕があります。勝手をした者を許しては駄目ですよ」
懸念は本證寺の寺領よりも北伊勢北部の織田領が広いことか。さらに問題を起こした人とそうでない人の区別が難しい。
エルは苦労をしても今やるべきだと考えているのか。
この件はメルティとか資清さんたちとも話していて、確かになんらかの対策が必要だという話にはなっている。ただ実際問題として惣村しか知らない人たちを、一から村に配置してやらせるのは大変なんだよね。
「苦労と失敗も必要か?」
「はい。織田は少し上手くいきすぎています」
オレたちは歴史という積み重ねと一つの結果を知る故に見えているものがある。どうしても上手くいくほうに導きたいが、エルは適度な苦労と失敗を経験させることを常に考えている。
「……ふぎゃあ!」
少し話し込んでいると大武丸が起きたようで泣き出した。ロボとブランカが大丈夫かと覗き込むが、どうもお腹が空いたんだろう。エルはお乳をあげ始める。
元気だな。大武丸。ロボとブランカはちょこんと座って希美を見ている。お前はまだいいのかとでも思っているんだろうか?
しかし北伊勢の領民を再配置するとなると、マニュアルではないが、織田家の皆さんでも出来る手順が必要だなぁ。まあこの時代は為政者が命じて移住するなんてあることだ。そこまでおかしなことではない。
当然検地が必要だし人口調査も必要だ。相当計画的にやらないと来年の作付けに間に合わないぞ。
あと桑名の町に関しても、どうするのかという話が出ている。以前治めていた有力者たちは商人たちに討たれて消えたが、現在は新しい商人たちによる自治を行なっている。
あそこ願証寺の影響下だったんだよね。現在自治をしている人たちは織田にも願証寺にも逆らう気はないが、自治を止めることも多分考えていない。
願証寺が面倒見るなら仕方ないが、織田に属するなら直接統治したほうがいいのではという意見が出ている。
蟹江はミレイとエミールに任せているが、当然ながら織田家の家臣も少なくない数が入っていて統治に関してはかなり経験を積んでいるからな。
「ワン!」
いろいろと難題があるなと考えていると、希美が目を覚ましたようでブランカが教えてくれた。エルはまだ大武丸にお乳をあげているので、侍女さんが抱きかかえてあげると希美は嬉しいのか笑っている。
妊娠して以降、出産経験のある年配の侍女さんが必ずついているんだよね。あと同じく少し前に赤ちゃんを産んだ侍女さんもいる。ちなみにエルの指示で赤ちゃんがいる侍女さんの赤子もウチの屋敷にいるが。
可能な限り一緒にいてあげるように指示を出しているので、たまにそっちの子の泣き声も聞こえる。
すずとチェリーなんかはそっちの赤ちゃんも可愛がっているくらいだ。
大変だけど頑張ろう。子供たちが大きくなった時にくだらない理由で戦になんか行かなくてもいいように。
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