第927話・親子の再会と知るということ
Side:三雲賢持
「母上……」
「新左衛門尉……」
母上と弟、そして共に尾張に参った百名の者らの家族が尾張にたどり着いた。涙が出そうになるのを堪えておるせいか、言葉が出てこぬ。
「そなたをここまで追い詰めることになったことを、六角の御屋形様は残念だと仰せでした。亡き殿ならば愚かな謀叛人として決して許さなかったでしょう。まことの武士として背負うお方は違うということでしょうね」
母上からはわしが出陣した後のことを聞いた。六角の御屋形様が疾うの昔に父の謀を知っていて泳がせておったこと。斯波武衛様や織田内匠頭様までもが助命に動かれたこと。信じられぬことばかりだ。
尾張では久遠様の子が生まれたことで、めでたいとお祭り騒ぎだ。わしらにまで祝いだと餅と酒を頂いた。離島送りを待つ身であり、罪人の子として牢に入れられても文句が言えぬというのに。
「我らは望月様の御家中で働いております。年内に離島送りとなりますが、それまでに久遠家の作法を覚えるようにと命じられました」
わしは今、望月様の家中の者に従い、久遠家の作法や仕事のやり方を学んでおる。形はどうであれ実情は終生離島暮らしかと思うたのだが、どうも違うらしい。久遠様は言われたことを
おかげで久遠家の作法から治め方まで一から学んでおる。行く先はまことに久遠家にとって要所らしく、望月様からは真剣に取り組まねばならんときつく厳命された。
「そうですか。これを御屋形様より頂きました。望月様に献上しなさい。ご迷惑をおかけしたのです。これでは足りませぬが、ほかには献上するものがありません」
母上らの助命に多くのお方が動かれた。父があれほど勝手をしたというのに。母上もそのことを気にしておるのだろう。父の刀を献上するようにと寄越した。
まだ三雲家に銭があった頃、商人から買った刀だ。相当の業物のようで父上が自慢するように見せておったのを思い出す。
今となっては父の唯一の形見と言えるが、そのような刀をわしがもっておれば忠義を疑われるか。
「私も明日から働きます。久遠家では女も働くとか。よいですか。この恩は我が三雲家が末代まで尽くしても返せぬものと思いなさい」
母上は強い女だ。このような境遇となってもしっかりと己の役目とするべきことを見定める。兵を選ぶ際に父上に疎まれ隠居した重臣を頼ったが、その者が申しておったな。母上にもっと影響力があれば三雲家はこのようなことにならなかったであろうと。
『命を粗末にするな』。久遠家の掟だ。情け深い久遠様が唯一許さぬことだと望月家家中の者が申しておったな。
まさかまことに三雲家の存続が許されるとは思わなんだ。しかも散々争った織田様の地で。
わしに出来ることは精一杯尽くすことのみ。今日も明日もな。
Side:久遠一馬
神戸家など北伊勢の北畠方の国人たちが祝いの使者を寄越してくれた。何故か関家はいないけど。具教さんからはよろしく頼むと手紙も来ているので、歓迎していろいろと話をしている。
なんか戦々恐々としている人もいるんで、よく話して打ち解けることの出来るようにこちらから積極的に話し掛けたんだ。望月さんと資清さんも同席したので和やかな場になっていると思う。
どうも土地も取られてすべて失うのではと勘違いしている人もいるっぽい。資清さんたちは所領を持たない俸禄で仕えてくれている。ふたりの実情と裕福な暮らしぶりに驚いている人もいるみたいだ。
幕臣とか土地を持たずに俸禄で暮らす人もいるが、やはり領地を持って当然という風潮があるからね。
「それほど俸禄にて仕えておる者もおるのでございますか」
さらに北伊勢北部の織田が平定した領地にいた国人や土豪の話になると驚かれた。次男とか三男以降は俸禄でいいからと仕えた人もそれなりにいる。
「ええ、いますよ。土地は織田家で治め、皆で良くするのですよ。現状ですとあそこが誰の土地だとか言って治水も難しいじゃありませんか。よろしければ尾張と西三河を少しご覧になるといいですよ。案内の者を出します」
北伊勢の当主や嫡男は北畠や六角を頼っていて、本当に若狭に行くことになりそうだと報告があった。引っ込みがつかないんだろう。
ただまあ将軍様と対立する管領の細川晴元が、北伊勢の所領を取り戻してくれるとは思えない部分もあるのだろう。一族の誰かを織田に仕えさせたところもあるし、置いていかれた人が自主的に従った場合もある。
神戸とかの使者と話して思ったのは、中途半端な噂話しか知らないことだ。この人たちには尾張と西三河を見てもらうことにしよう。大々的な領地整理を行なった西三河はすでに安定し始めている。
不満もあるだろうし、納得がいっていない人も中にはいるだろう。とはいえ逆らっても勝てない。さらに俸禄にした分はちゃんと支払われるので、意外に悪くないのではと考える人も増えていることは確かだと思われる。
土地も取られて捨て駒のように使われると勘違いしてそうな人の誤解を解かないと。まあ北伊勢はそんな感じだったんだろね。互いに敵であり味方でもある。信じると危ういと。戦国時代らしいと言えばそれまでだが。
とにかく正しい情報を知ってもらうことが大切だね。
「殿、三雲新左衛門尉よりこれが献上されました。三雲定持の刀とか。なかなかの業物でございます」
祝いの使者が帰りそろそろ日が暮れようという頃、望月さんが一振りの刀を持ってきた。まあウチだとよくあることだ。あちこちから献上品を貰うことは。
基本的に返礼をするので報告するようにと命じているが、三雲定持の刀か。……あれ? もしかして史実の『実休光忠』か? この刀、史実だと織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と次々に天下人の手に渡った名刀だよね?
「ああ、ジュリア。ちょうどいいところに来た。この刀見てよ。三雲定持の刀だって」
まさかと思いつつ、ちょうど帰宅したジュリアに見てもらう。オレも最低限の良し悪しはわかるが、それ以上はわからない。
「たいした刀だね。何処に出しても恥ずかしくない。名刀だよ」
刀を抜き刀身を見るジュリアの顔色が微かに変わる。やはり実休光忠か。
「如何いたしましょう」
貰ったのは望月さんだ。とはいえ三雲家とすると織田への忠義を誓うために献上したんだろうなぁ。三雲賢持さんたちは血縁がある望月さんが世話をしているから、望月さん経由で献上したんだろうし。
「出雲守殿が持つならそれでいいけど。もし献上するなら殿に献上しようか?」
基本、ウチだと献上品は貰った人のものにしている。とはいえ今回のように配慮がいる品はそのまま信長さんか信秀さんに献上することもある。
三雲家の皆さん。財産になるものないんだよね。来る途中で姿を変えるために埋めた鎧兜とかはあとで掘り起こして返してあげたけど。
甲賀から賢持さんの家族たちが到着したと知らせは届いている。その返礼の意味もあるんだろう。あれは信秀さんや義統さんにも動いてもらったから献上が必要だ。
望月さんも特に自分で持ちたいと考えてないみたいだし、献上しちゃうか。元の世界の歴史では有名な名刀だけど、それを考慮しないと尾張ではそこそこ手に入るんだよね。いい刀。美濃の関鍛冶や桑名で活躍していた刀工村正の刀が尾張に集まるから。
さらに工業村の中もかなり技術が上がっていて、尾張刀として一部は織田家やウチに献上された。胴田貫とか研究して刀を造っているからさ。
望月さんも今は工業村で打った刀を持っているはず。
受け取って献上してあげたほうが、三雲家の皆さんも安心するだろうしね。
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