第926話・北畠具教の苦闘
Side:北畠具教
神戸と関を筆頭に北伊勢の者らが援軍の礼に参った。血縁がある者ら故に援軍を出したが、織田や六角と比べて所領が残り良かったと安堵しておるようだ。
織田はほぼすべての者から所領を召し上げた。六角は梅戸と連なる者と千種は残したようだが、あとは召し上げておるからな。北畠は血縁がある者以外は助けなかったことでほぼそのまま残っておる。
わしは未だ父上の嫡男でしかない。出来ることと出来ないことがあることがもどかしい。
「その方ら、今後を如何すると考えておるのだ?」
「無論、御所様に忠義を尽くしまする!」
『流石は御所様だ』『今後は御所様に忠義を』と安易に語る者らに世の動きがなにも見えておらぬと知る。父上はなにも言われぬ。織田と生きると決めたのはわしなのだから、言い聞かせるのもわしにしろとお考えなのだろう。
重臣らは織田との関わりをよく思う者もおれば、あまり好まぬ者もおる。とはいえ一揆の訳も知らずに安堵する者がおることには、いささか呆れた様子か。
「そうではない。何故一揆が起きたか、まさか知らぬわけではあるまいな?」
「それは管領殿と三雲とやらの謀では?」
すぐに答えたのは関家の当主、関盛信か。中務大輔を称していたはず。一番理解しておらぬのは関か。海が近い神戸や
特に楠家の一族には刀工として織田で暮らす者がおると聞く。援軍の嘆願すらあったようでこちらにも配慮をしてほしいと話が来ておったからな。
「そうではない。確かに一揆を煽っておったが、本質は尾張との暮らしが違うことだ。田畑を捨てても尾張に行けば飢えずに生きられること。食える者はいい。食えぬ者から尾張に行ってしまうのだ。その方らはそれを如何する気だ?」
関はすぐに答えが浮かばぬのか、口を閉ざした。所領を守りたい。それ以外は如何様でもいいということか。
「今から言うておくが、民が出ていき織田と諍いを起こしても北畠は加勢せぬぞ。更に六角は本気で織田と誼を深める気だ。今後は八風街道も賑わうだろう。東海道は廃れると思え」
関盛信の顔があからさまに不満ありと言いたげな顔になった。やはりその程度の忠義か。己の所領には口を出すな。他家と揉めたら助けろ。その程度の忠義など要らぬと言える斯波と織田が羨ましいわ。
「民が出ていくのは己の不徳と心得よ。民が出ていかぬように治めればよいのだ」
「若殿、北畠家は織田と如何がするのでございますか?」
口を閉ざした関に代わり神戸利盛が問うてきた。海が近いからかいろいろ噂くらいは知っておるのであろう。
「争うことはせぬ。共に生きる道が北畠にはあるからな。特に海は勝てぬ。水軍は織田に仕えることを許すつもりだ」
神戸はやはりと言いたげな顔だ。ざわつき顔色が悪い者も何人かおるが、仕方ないというところか。反論はない。
「久遠殿の子が先日生まれた。当家からも祝いの使者を出す。要らぬ争いを望まぬのならば、まずは祝いの使者を出せ。今ならわしが口を利いてやる」
要らぬと言えぬ以上、相応の助けは必要であろう。これに従わぬ者はまことに知らん。まあ神戸と連なる者らは従うであろう。一揆の後始末もわしの命に従っておるからな。
関はどうも神戸の下にされるのを恐れておる様子。この場で返答はせぬかもしれぬな。東海道にしても、織田が東山道を整えて旅人が安心して移動出来るようにしておるというのに、関は放置したままだ。このままでは北伊勢北部の国人の二の舞いなのだが。
とはいえ今まで己の力でやってきたのだ。突然こちらにもあちらにも従えと言うても決断は難しいか。
北畠は神戸と血縁があるが、関とは神戸を挟んで血縁があるのみ。此度は神戸の顔を立てて援軍を出したが、今後己の力で生きると勝手をするのならば、如何になっても知らん。
Side:久遠一馬
どうも大武丸はエルのブロンドの髪を受け継いだらしく、希美のほうはオレの黒髪を受け継いだみたい。眉毛とか見ているとね。
本当にいろんな人が祝いに来てくれる。かつてウチと対立した林通具の林家からも、林秀貞さんの娘婿である林通政さんが祝いの品を持ってきてくれた。彼は警備兵の幹部だから意外とウチと交流あるんだよね。
林秀貞さんに関しても信秀さん付きの文官として時々顔を会わせる。親しいとは言えないが、仕事をするうえで問題があるほどじゃない。あちこちに出向くことが多い人なので、今は桑名で一益さんと共に北伊勢にいる軍勢の後方支援をしているはずだ。
あと松平広忠さんとか吉良義安さんとかも祝いの品を持ってきてくれた。広忠さんは以前よりも表情の柔らかい人になったなという印象だ。竹千代君と暮らせることが嬉しいらしい。
ただ、広忠さんには東三河の松平分家からいろいろと接触があるみたいで大変らしい。オレも時々相談される。特に今川との外交問題にも関わるだけにオレに相談があるんだ。
東三河で言えば信濃の小笠原家の分家もいるが、そっちからも接触がある。こちらは吉良家と縁が深いようで吉良家を通じてだが。こちらは三河が東西で分断されると思っていなかったようで戸惑っているというところか。
あとは奥三河からも接触がある。一言で言えば今川が西三河を放棄した代償というところか。今川が甲斐と信濃に方向転換したことで、三河を守る気がないとも見えるらしい。
国境沿いの国人なんてそんなもんだろう。史実でも織田方だった鳴海城の山口親子が寝返ったなんてことがあったしね。
「殿、お昼の支度が出来ました」
「ありがとう、お清。お昼はなに?」
「ほうとうにしてみました」
午前中は祝いの使者が来なかったのでお清ちゃんが昼食を作ってくれたみたいだ。以前はエルが作っていたんだけどね。臨月の頃からはさすがに料理もしていない。
お清ちゃん、料理も習っているみたいでレパートリーも増えていて、病院での仕事が休みの日は作ることが多いんだ。どうも奥さんが作るのが久遠家の伝統になっているっぽい。
「うん。美味しいね」
エルやメルティに、資清さんたちとか屋敷にいるみんなでお昼だ。元の世界では山梨名物だったものだが、この世界ではうどんと並んで尾張でも普及しつつある。
小麦粉料理の一種であることもあるし、ウチは牧場でカボチャも作っているからね。元の世界のほうとうに近い味だと思う。
「ええ、美味しいですね」
教えたエルも太鼓判を押す美味しさだ。程よく煮崩れたカボチャと麺が煮えてとろみがついた汁がまた美味い。
煮干し出汁に史実の甲州味噌を模したもので味付けしてある。ウチには味噌だけで何種類もあるんだよね。
尾張でも最近では、以前からある豆味噌以外の米味噌や麦味噌が売られている。八屋の影響だろう。食べた知り合いの味噌問屋があの味噌を教えてほしいと頼んできたので教えたら、作って売っている。
今日はお市ちゃんが学校に行ってるから少し静かだね。お市ちゃんは毎日ではないが、年少の子たちと一緒に授業を受けているんだ。
ウチでエルが教えたりすることもあるが、学校で勉強をすることもある。乳母さんから信秀さんに報告はしてあるようで、当然ながら信秀さんの許可の下でのことだが。
ああ、美味しいから汁まで飲み干してしまった。体の芯から温まったね。
午後は祝いの使者が来るだろう。お酒とご馳走で彼らを迎えるのも仕事だ。今日は確か太田さんの村の代表が来ると言っていたはず。
いろいろと最近の村の様子も聞いておこう。これも一種の接待だよね。頑張ろう。
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