第925話・子供たちと赤ちゃん

Side:久遠一馬


 尾張は冬になっている。北美濃では雪が降ったとの知らせも届いた。食料の輸送は間に合った。春まで頑張ってほしい。


 凍死や餓死が当たり前にある時代だ。冬にはインフルエンザである流行り風邪もある。それらで死者を出さないためにみんなで頑張る。共通の目標があるだけで人は変われるのかなと最近思う。


 冬場の内職も斡旋した。縄を編むことや木工など。工業町では周防から移住してきた大内塗りの職人が頑張っていて、塗り物の生産が増えている。塗り物にする器などは木になるので木工の需要は増えているんだ。


 そうそう、炭焼きの技を教える前段階として山の植林と管理について教えるために、知多半島にある佐治さんの元領地の人を北美濃と東美濃に派遣している。東美濃なんかは近年の尾張の需要にこたえるように木材を売っていたことで、禿山が出来ていると報告があったからね。


「みんな、静かにするのよ。赤子が驚くからね」


「はーい!」


 今日のウチは賑やかだ。牧場から子供たちがお祝いに来てくれたんだ。引率するリリーも子供たちもニコニコとしている。


 最初は代表者が祝いの挨拶にという話だったらしいが、子供たちがみんなでお祝いに行きたいと言ったみたい。朝晩にはエルと子供の無事を毎日祈っていたばかりか、熱田神社にもお願いに行っていたほどだ。


「みんないらっしゃい」


「エル様!」


「お体は大丈夫でございますか!」


 子供たちが広間に入り座るとエルが姿を見せた。エルの体は問題なく、動いてもいいとケティのお墨付きをもらったんだよ。まだ仕事に復帰はしないが、挨拶などには出たいと本人が言ったので任せてある。


 子供たちはエルの姿に嬉しそうに声をあげた。ちゃんと行儀良くしているものの、やはり嬉しいんだろう。立ち上がる子もいて年配の世話人に注意されている子もいるけど。


「ええ、大丈夫よ。みんなが祈ってくれたおかげだと思うわ」


 祈り、祈祷。この時代では立派な方法のひとつ。特に祈ったから祈祷したから褒美をなんて人はほとんどいない。良かったと喜んでくれるだけだ。祈りや祈祷に関しては元の世界より純粋な扱いなのかもしれない。


 まあオレが貧しい寺社に寄進していたことも無関係ではないだろうが。いやね。寺社も貧富の差が激しいんだよ。雨漏りする寺で暮らすのはあまりにも可哀想じゃないか。


「うわぁ」


 ちょうど起きていたんだろう。大武丸と希美を侍女さんが抱きかかえて連れてくると子供たちが控えめに声をあげた。


 実は孤児院の子たちは赤ちゃんの扱いに慣れているんだよね。今でも捨て子はいるし、そんな子で引き取り手がいないと孤児院に来るから。心ある和尚さんなんかが拾って育てている事もあるが、あとは死を待つだけになる。


 警備兵が見つけると孤児院に連れてくるんだ。幸いなことに最初に集めた子たちが働けるようになっていることと、家臣や忍び衆の年配の家族が世話をしてくれているのでやっていけているが。


「オレが仕えて守ってやるんだ」


「オレも!」


 大武丸と希美を驚かせないように周りに集まり見る子供たち。男の子なんかは頼もしい言葉を言ってくれる。


「みんなで助け合って生きてね。私はそれだけでいいわ」


「はい!」


 この子供たちはリリーの子だ。オレたちも家族のように接している。エルはそんな子たちと我が子が仲良く助け合ってくれればと願っている。


 楽しみだな。大武丸と希美がこの子たちと一緒に遊んだり学んだりするのが。


 一時は一揆に怯えていたらしいが、被害は軽微で、思った以上に早く終息したことで元気を取り戻したらしい。


 さて、お礼として子供たちにはなんか美味しいものをご馳走してやるか。オレも祝いの使者とか多くて少し気疲れしていたが元気をもらったようだ。


 なにがいいかな。




Side:北畠家家臣


 外には十重二十重に人が集まっておる。無理もない。今や伊勢でも知らぬ者がおらぬという名医。薬師の方が診てくれるというのだからな。


 あまりの人の多さに御所様は診る人を減らすかと問うたが、薬師の方はすべて診ると告げて患者らを診察しておる。


「次の人」


 わしは淡々と診察をする薬師の方を警護しておるが、見ておるとその手際のよさに驚かされる。そもそも領地から出るだけで危うい身分であろうに。


 捕らえてしまえば人質になる。少し迂闊なのではないかという声さえある。もっとも薬師の方を呼び寄せたのは若殿だ。ここでおかしなことをすれば北畠家の名に傷がつくばかりか、若殿の顔を潰すことになる。


 警護は特に慎重に人を選んだ。銭もない民すら診るというのだ。当然だ。命を狙う刺客が混じるやもしれぬからな。


「お見事な医術ですな」


「でも一度の診察で助けられる人は多くない。私に出来るのは些細なことだけ」


 薬師の方が診た者は喜び、時には涙を流して喜び帰っていくが、当の本人は患者が途絶えるとあまり表情が冴えない。なにか訳でもあるのかと問うてみたが、まさか本気で氏素性も定かではない他国の民を救おうというのか。


「十分でございましょう。医師に診てもらえるだけで幸せというもの」


「私はみんなが医師に診てもらえるようにしたい」


 なんということを考えるのだ。これが噂の久遠家の考えることなのか? 民草など如何になっても困る身分でもあるまい。


「それがケティの夢か?」


「若殿!」


 驚き言葉に詰まるといつの間にか若殿が来ておられた。慌てて控えようとするが、若殿はわしら警護の者を制すると薬師の方に声をかけられた。


「そう。夢であり、目指すもの。必ず実現させる」


「如何に考えても、医師が足りんな。こちらからも学ぶ者を出したいが如何だ?」


「意欲のある者なら受け入れる」


「秘伝の技までは教えずともいい。ケティの医術はそれでもまだ違うからな。身を清めることすらしておらんのだ。ここらの者はな」


 若殿が久遠家の者と昵懇とは聞いておったが、ここまで親しげに話すほどだとは思わなんだ。


 織田に屈する気なのではないか。そんな噂が若殿にはあった。北畠家は由緒ある家だ。斯波ならいざ知らず織田などに屈するのはあり得んと言う者も多いが。


「当たり前のことを当たり前にする。それが難しい。焦らず気長に指導するしかない。尾張でも身を清めない人はいくらでもいる」


「当たり前のことを当たり前にか。確かに難しきことよ」


「困ったら織田が力になる。頑張って」


 なんということを話しておるのだ。所領を増やすでもなく戦をするでもない。本気で民草を救おうというのか?


 わしにはわからん。若殿のお考えが。


 いったいなにを見て、なにを願っておるのだ?



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