第923話・忌み子
Side:斯波義統
「父上、随分と古い書を読んでおられますね」
「一馬の子の幼名を頼まれたのでな。沢彦に少し面白き書があると勧められての」
夜も更けようという頃、寝所にて古い書を読んでおると明かりに気付いた岩竜丸が入ってくる。
双子の女児は一馬らで付けるようだが、男児は武家の習わしに従い幼名を付けることにしたらしく、わしに名付けを頼んで参ったのだ。
久遠家は日ノ本とは違う習わしで暮らしておるとはいえ、忌み子と言われるのは気になるのであろう。わしが名付けることで我が子を守りたいと考えるとは、あ奴も人の親となったのだな。
「面白きとは……?」
「朝廷の祖に双子がおった。
写しのようじゃが、これは朝廷にあるべき書物。いずこから手に入れたのか、学校にあったという。沢彦が以前に読んだようで教えてくれたのだ。
「それは一馬も喜びましょう」
「他にもある。大陸では古くから双子は喜ばれるのだという。日ノ本は大陸に倣い国を治めておるというのに、それは伝わっておらんようじゃ」
学ぶということは面白いの。一馬が神仏ですら国によってまったく違うと言うておったことを思い出す。日ノ本で不吉であっても明では喜ばれることもあるか。
「古きに倣うことは良きこともある。されど変えるべきところは変えるべきじゃの。内匠頭が言うように」
近衛公には子が生まれたと知らせる時にこのことを書いておくか。久遠家は明に倣っておる故に双子が吉兆であると喜んでおるとな。そう言うておけば一先ずは騒がぬであろう。
「父上、何故双子は忌み子と言われるのでしょうか? 男二人であれば家督相続で問題になるかもしれませぬが、他は問題にならないと思いまする。男二人でなくても忌み子と呼びますよね」
「さての。それはわしにもわからん。理由を知る者などおらぬのかもしれぬな」
当たり前に言われておることの訳を考える。これも一馬が尾張に持ち込んだものだ。
戦の前には女には触れぬ。そんな習わしも尾張ではあまり気にする者がおらぬようになった。一馬がまったく気にせず武功を何度もあげておるからな。
忌み子も気にするほどの理由はないのかもしれぬな。
Side:久遠一馬
子供たちが生まれて七日。相変わらず来客が途絶えない。近隣の織田一族や重臣の皆さんからの祝いの使者はそろそろ終わったか。とはいえ美濃と三河からはまだ来ていないところも多い。
あとウチの家臣と忍び衆はこれからだ。資清さんが織田家の皆さんを優先させるようにと指示を出したようで、七日の赤ちゃんに命名をした後に祝いを持ってくるようになるみたい。
この時代では今日が名前を付ける日だ。男の子は幼名として元服する時に名前を変えることになるが、女の子は生涯を通して使う名前になる。
名前に関しては生まれる前からエルと何度も相談していろいろと考えた。時代的な風習や子供たちの将来も含めて検討したんだよね。
ただ、予想外のことが起きた。双子に関してはまったく考えてなかったんだ。さすがにこの時代では不義密通して自殺した者の生まれ変わりということは言われていないが、忌み子として嫌われることになる。
エルと相談して、信秀さんと土田御前にも相談した。
本人が嫌がらなければ男の子が久遠家の跡取りとなる。オレとしては、天下統一後は一介の商人に戻ってもいいし、息子が自分で考えて決めた道に進んでもいいと思っているけどね。
信秀さんはその程度で切れる縁ならば切ってしまえばいいと笑っていたが、土田御前は子供を守るには権威が必要だとアドバイスをくれた。最終的にはエルと相談して男の子の幼名を義統さんに名付けを頼むことにした。
生まれた日の出来事ではっきりとした。少なくとも尾張においては忌み子という迷信より義統さんの言葉のほうが強い。望月さんに頼んで子供の噂を集めてもらったが、驚いたことに意外に悪くなかった。
一部では大丈夫だろうかと心配している人もいるが、久遠家の習わしを認め、子を守るように祝ってくれた義統さんの株が上がったほうが大きいと思う。
三河本證寺の一件も記憶に新しく、坊さんの言葉に疑問を感じる人も言葉には出さないがいるのだろう。
「皆、集まっておるの」
名前のお披露目は清洲城になった。いや、呼ぶ人が多いんだ。親戚多いし、織田家の家臣も増えたから。義統さんが姿を見せるとみんなで平伏して迎える。
「まず言うておく。今後、忌み子ということを口にすれば罰を与える。そう心得よ。久遠家では幸運の子じゃ。それに大陸では双子は縁起がよいとされるもの。大陸にも通じておる久遠家がそう考えて当然じゃからの。特に男女の双子は皇帝と皇后の生まれ変わりともいわれるそうじゃ」
名前は男女共に義統さんから発表してもらうことにした。女の子はオレとエルで考えたんだけどね。
ただ名前の発表の前に義統さんが語った言葉に周囲がざわついた。そういえば大陸だとそんな扱いなんだっけ?
誰が義統さんに教えたんだろう。凄い理論武装だ。この時代では大陸が先進地だからね。
「わしの言葉に従えぬのならば、北伊勢の愚か者と共に若狭の管領殿の下にいくとよい。感状くらいは書いてやるぞ」
説得力がある言葉に続いて、少しおどけてではあるが家中の皆さんに釘を刺すと笑いが起こった。
自分の領地も守れず、素直に臣従もしなかった愚か者。尾張では北伊勢の国人や土豪はそう呼ばれているからな。領地整理に関所など権利の整理もしたが、暮らしはむしろ楽になった。それが織田家の皆さんの自慢でもあるんだろう。
「さて、嫡男は
和やかな雰囲気の中で発表された子供の名前。大武丸、少し古風な名前だなと思うが、大陸に通じる久遠家ということで『大』の字を、『武』は日本武尊の名前からとったらしい。
義統さんは日本武尊が双子だったという逸話や勇猛だという逸話を語っているので、日本書紀あたりの話に思える。誰から聞いたんだろうか?
希美に関してはオレとエルで考えた。気が早いかもしれないが政略結婚で相手を選ぶ気はない。希美の相手は希美に選ばせる。それは決めている。
もしかするとオレたちの秘密や過去で希美は苦しむかもしれない。秘密を抱えるということは必ずしもいいことばかりじゃないからね。
未来に希望をもって生きてほしい。そう願い『希美』と名付けた。
「よいか。これから生まれるその方らの子や孫のためにも幼い子らは皆で守るのだ。一馬が尾張に来る前のような、互いに疑い殺し合うような世にはしとうあるまい?」
「はっ!」
和やかな雰囲気を最後に義統さんが引き締めた。
血で血を洗うような争いも、乱世も誰もが望んでいるわけではない。大武丸と希美の双子は久遠家の危機に見えるのかもしれない。
今度は自分たちが守る番だとでも言いたげに返事をする皆さんが、頼もしく見え嬉しくて涙が出そうになる。
大武丸、希美。元気に育ってくれればいいからね。
みんなで笑って生きられればそれだけでいいんだ。
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