第922話・罪と罰
Side:三雲定持の妻
殿が処刑された。その知らせに私はひとり静かに冥福を祈りました。疎まれ会うことすらなかったとはいえ嫁いだ身。せめて私くらいは冥福を祈ってやらねば。
六角の御屋形様が観音寺城に戻る前日、私は呼ばれました。三雲領は召し上げになるようでございますので、残る私たちの処罰のことでしょう。
残るは私が罪を背負い、臣下の者たちにはなるべく累が及ばぬようにすること。
「難儀をしたな。此度のこと、わしも思うところがある。そなたの倅の新左衛門尉が織田に逃げるほど思い詰めていても手を差し伸べてやれなかったこと、残念に思う」
私自身、初めて御屋形様にお会い致しましたが、穏やかなお方のようにお見受け致しました。愚か者と叱責してもよいものを、私如きにまで気遣いの言葉をかけてくださるとは。
「すべては私の不徳の致すところ。どうか他の者には寛大な処置をお願い致します」
「そなたらの身柄は追放とする。支度が出来次第、近江を出て尾張に行くがいい」
誰かが責めを負わねばなりません。そうでなくば示しが付かぬというもの。そう考えていたところで御屋形様からは予期せぬ罰を命じられました。
「……尾張でございますか」
「斯波武衛殿と織田内匠頭殿からそなたらの助命嘆願が届いておる。無下にも出来まい?」
斯波武衛様と織田内匠頭様? 信じられません。亡き殿は散々織田の邪魔をして敵対していたというのに。まさか新左衛門尉が……?
「北伊勢はまだ一揆の残党もおろう。護衛の兵も出す。向こうに行っても楽ではあるまいが、新たな地で出直すがいい。それとこれを与える」
信じられぬ思いでいる私の手元にもたらされたのは一振りの刀でした。これは亡き殿の……。
「よき刀だ。形見にするもよし、売って新たな暮らしの助けにするもよし。そなたが持っていくがいい」
「まことに……まことに申し訳ございませんでした」
殿も私も新左衛門尉も、このようなお方を裏切ってしまったとは。なんと、なんと愚かなことをしたのでしょう。
「よい、此度のことでわしも学んだ。そなたや新左衛門尉がわしに直接訴えることが出来ておれば、このようなことにはならなかったのかもしれぬ。尾張にはそれが出来る目安箱というものがあるという。わしはそれをやるつもりだ」
ただただ頭を下げて謝罪をするしか私には出来ません。
「尾張にて励むがいい。いつの日か、滝川、望月に並ぶ忠臣と言われるようになることを祈っておる」
殿は何故、このようなお方を苦しめるようなことをしたのでしょう。それほど尾張が憎かったのでしょうか。
わかりません。わかりませんが、私は生きねばなりません。
Side:久遠一馬
子供が産まれて三日。連日訪れる祝いの品を持参する人たちの応対にオレは追われている。来てくれた人たちにお酒を振る舞い、慶事を一緒に祝う。これで久遠家も安泰だとみんな喜んでくれている。
それと運のいい男がいる。慶次だ。勝手に甲賀まで行ったことを資清さんが叱責してしばらくの謹慎にすると言っていたが、子供が産まれたことでお祝いに許してやることになった。
処罰に関しては他の人の手前必要だが、表向きは菩提寺に行っただけなので数日の謹慎で終わる予定だったが、その数日が終わる前に子供が産まれた。
一益さん、益氏さん、太郎左衛門さんたちは未だに北伊勢にいることから、慶次も来客の応対で働いている。
慶次、顔が広いんだよねぇ。いろんな人と顔見知りらしく祝いの使者の人たちも知り合いが何人もいる。来客の応対とか得意みたいだ。資清さんも家中に示しが付かないからと罰を与えていたが、本気で怒っていたわけではない。
なんだかんだと働いている姿にホッとしているようだ。
暦は十一月に入っている。すっかり寒くなっていて、金色酒もいいが清酒の熱燗も来客には人気だ。
赤ちゃんには暇を見つけて会いに行くが、寝ている時間が多い。ほっぺをツンツンしたり、小さな手に触れるのが楽しみなんだ。
「ほら、私もお母さんでござるよ」
「私もお母さんなのです!」
来客が途切れたのでエルと赤ちゃんの様子を見に行くと、赤ちゃんが生まれたと聞き、国境から一足先に戻ってきたすずとチェリーが赤ちゃんと対面していた。どうも佐々兄弟が気を利かせてくれたらしい。あとでお礼を言っておこう。
ところですずとチェリー。まだ赤ちゃんにお母さんを認識させるのは無理じゃないかな。しかも自分もお母さんだと教えているし。
「エル、体調は大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。思っていたよりもずっと」
まあ周りの侍女さんたちも微笑ましげに見ているのでいいのだろう。赤ちゃんも健康そうだ。生まれて数日は授乳が頻繁にある。エルは人間と同じようで二日目の昨日あたりから母乳がよく出るようになったらしく、昼夜問わず授乳をしている。
この三日は、侍女さんたちはもちろんながらケティたちも交代しながら二十四時間体制で付いているので、オレは本当に来客の応対に専念出来ている。
子育てって大変だなって思う。万全を整えたウチの体制ですら大変なんだから。
「あー、寝ちゃったでござる」
「いっぱい寝て、元気に育つのです!」
珍しく起きていた赤ちゃんが寝てしまった。残念そうにしながらも嬉しそうなすずとチェリーの様子に思わず笑みがこぼれる。
仮想空間の時代、新しいアンドロイドを創った時にはみんなで温かく迎えたが、こうして育つのを見守るということがなかったので新鮮なんだろう。
オレとエルたちとお清ちゃんと千代女さん。みんなで家族だという認識がある。特にすずとチェリーは大家族のような賑やかで楽しい家族が理想みたいだからね。
「無事に生まれたと聞いて涙を流して喜んでくれた人もいるってさ。ありがたい限りだね」
これはお清ちゃんが言っていたことだ。家臣や牧場の年配者の中には無事に生まれ母子共に健康だと知ると、涙を流して喜んでくれた人たちが何人もいるらしい。
子供が出来ないことを本気で心配して、初めての子供だけに無事に生まれるかも相当心配していたみたい。
「こうしてひとつひとつ絆を紡いでいくのでしょう。私は本当に幸せですよ」
エルの言葉を侍女さんたちとすずとチェリーに、付き添っているパメラも聞き入っていたが、その真意をオレとすずとチェリーとパメラは理解した。
アンドロイドとして生まれた彼女が、本当の意味で人となり生きることになったと感じるんだろう。
ふと気になった。エルたちは人になりたいと思ったことがあるんだろうか?
人として生きて命を育む。それは彼女たちにとって夢であったんだろうか?
「殿、祝いの使者が参りました」
家臣に呼ばれたので仕事に戻る。今は聞けないが、いつか聞いてみたいと思う。
奇跡は望んで得られたのか、どうか。
オレは父親になったんだ。子供たちの分も頑張ろう。
子供たちが笑って生きられるように。
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