第921話・生きる場所

Side:エル


「オギャー! オギャー!」


 泣き出す我が子の声に感極まるものがあります。まさか双子だったなんて思いませんでしたが。ケティたちは当然知っていたようです。


 この時代では忌み子と言われる双子。産んだ私は畜生腹と言われるのでしょう。家督相続などを考えれば仕方ない部分もあると思います。


 そんな時代から我が子を守るためにケティたちが考えた『幸運の子』という伝統。先ほどそれを聞いた守護様がお墨付きを与えてくださったのだとか。たかが言葉されど言葉。守護様の一言が我が子を守ってくれるでしょう。


 私たちは共に助け合い生きている。それを実感して感謝しました。


「オギャー! オギャー! オギャー!」


 少し考え事をしながら泣いていた女の子をあやしていると、男の子も泣き出してしまいました。


「エル様、こうするとよいのでございますよ」


 赤ちゃんの抱き方などは事前に学んでいますが、それでも初めてのことです。慣れていない私を見た壮年の侍女たちが微笑ましげに助けてくれました。


 少し前に同じく子供を産んだ家臣の奥方も来てくれています。事前に特定の乳母は設けないと決めたのですが、世話役の者は用意してくれていました。


「赤子はこれからが大変でございますよ。ひとまずお休みください」


「ありがとう。お願いしますね」


 ケティが教えた近代的な出産法にすっかり慣れた者たちに頼もしさを感じます。教えたことが根付き、それを自分たちのモノとして使いこなしている。それが嬉しくあります。


 司令は当分こちらに来られないでしょう。子が産まれたことを祝う来客の応対が必要ですからね。


 耳を澄ますと太鼓や笛の音が聞こえます。祭りの日ではないはず。我が子が生まれたことを皆が喜んでくれているのだと思います。


 あなたたちは司令の元の世界でも仮想空間でもない、この時代で生まれた子。


 この時代で皆と共に生きて幸せになってほしい。いえ、母が幸せになれるようにしてあげます。必ずや。




Side:久遠一馬


 赤ちゃんのほっぺをツンツンする時間がない。信秀さんたちに祝いの酒を出さないと駄目だし、次から次へと祝いに駆け付けてくれる人たちの応対が必要だ。


 面白いのは義統さんがいることにみんな驚くことか。祝いの使者としてやってきた人たちを誘って、義統さんも信秀さんたちと一緒にお酒を飲んでいる。


 身分が違うんだけどなぁ。


 細川も畠山も落ち目の中、大内義隆さんの法要で斯波家ここにありと示したことで、次の管領は義統さんだと諸国ではもっぱらの噂だ。義藤さんと細川晴元の不仲も噂としてかなり知られているしね。


 本人は相変わらず全力で否定しているけど。オレたちと付き合っているせいか、どんどん武士らしい権威と離れている気がする。今では公式の場と非公式の場の落差が凄いとさえ思うくらいだ。


 ケティはエルと赤ちゃんたちに付いていて、メルティはオレと一緒に来客の応対をしているが、あとのみんなはあれこれと働いてくれている。


 牧場からはリリーが手伝いに来てくれているし、春たちアンドロイドのみんなもオレとエルの子供が産まれるのに立ちあいたいとほとんど尾張に来ているからね。


 津島のリンメイや熱田のシンディ、蟹江のミレイとエミールなんかは、それぞれの屋敷で祝いの使者を迎えてくれているので来られないが。


 那古野の屋敷に直接来る人が多いが、身分を気にしたり付き合いがあまりないと他の屋敷に祝いの使者を出している人もいるからね。


 なんというかね。祝ってくれるのはありがたい。でもね。もう少し親子水入らずで過ごす時間が欲しいのはわがままなんだろうか。


「そなたの亡き父と母も喜んでいよう」


 ふと来客が途切れたのでひと息ついていると、信秀さんに声を掛けられた。


「そうですね。喜んでくれていればいいのですが」


 両親か。オレの本当の両親はすでに元の世界で亡くなっている。早くに亡くなっているのでオレの結婚とか孫なんて考えていなかったと思う。


 初孫だな。元の世界から見て遥か時空の彼方といえる、この世界で生まれたけど見ていてくれるんだろうか。


 改めて考えると不思議だな。時を超えた先で仮想空間のアバターで実体化して、結婚して子供を作り育てていくことになるなんて。


 正直、神仏なんて信じてなかったが、ひょっとするといるんじゃないかって思う時もある。オレ自身が奇跡を体験しているんだから。


 今でも朝起きると元の世界に戻っている夢を見ることがある。すべては夢だったのかと落ち込む夢だ。目が覚めると戦国時代でホッとすることがある。


 本当に不思議だなって思う。どういう仕組みでここまで来たのか、いつか解明したいとは思うね。


「わしの父もそなたらが来る数年前に亡くなった。あと数年生きておればと今でも思う。面白きことが起きたとさぞ喜んでくれたであろうな」


 両親を思い出していたからだろう。信秀さんが少ししんみりとした様子で亡き織田信定さんのことを語り出した。


 織田弾正忠家の基礎を築いた人。どんな人だったんだろうなと思う。


 子を残して家を存続させる。その意味は理解しているつもりだった。とはいえ個人という認識の強い時代で産まれたオレが思う以上に、家というモノは特別なんだ。


 両親が繋いできたバトンを次の世代へと繋いでいく。オレはこの世界に来るまで考えもしなかったことだ。


 オレの子供たちは子孫たちもそんなモノを抱えるようになるんだろうか?


「クーン」


 少し考え込んでいるとロボ一家が姿を見せた。すっかり宴の席になっているのを楽しそうだと思ったんだろう。ロボが甘えるようにオレの膝の上に乗ると、他の子たちも乗ろうとする。


 はなてうふうつきも、さんゆかりみなあきらもみんな人に馴れている。あきらみななんか、義統さんにお前は誰だと言いたげにクンクンしているし。


 この時代の武士って馬に乗るからか、犬にも結構慣れているんだよね。


 ただロボはオレの膝の上は譲らないと頑なだ。ブランカはメルティの膝の上にいる。ロボと違い強かな印象だね。


 それにしても来客多いね。これ数日は続くんだろうな。織田一族だけでも親戚多いし、織田家も久遠家も大きくなったからな。関わる人がまた多い。


 ちなみにかなり遠縁ではあるが、ウチは義藤さんとも繋がるんだよねぇ。信長さんの奥さんである帰蝶さんの実家である斎藤家に、近衛稙家さんの庶子である大納言さんこと斎藤正義さんがいるから。義藤さんの母である慶寿院さんが稙家さんの父親の子になるからさ。


 頑張って来客の応対をしよう。産まれてきた子供たちが将来困らないように。こういう付き合いも大切だ。


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