第914話・追い詰められる一揆勢
Side:織田信光
「手応えがなかったな」
ろくに戦うこともなく梅戸と梅戸に連なる者の所領との領境まできてしまったな。根切りも覚悟したが、その前に逃げてしまってはこうなるか。
「策が上手くいった証しでしょうな。されど、ここらが引き際でございましょう」
美濃衆と合流して斎藤山城守と今後のことを相談する。北伊勢北部はほぼ制圧した。あとは西部の梅戸と東部の神戸などがある。梅戸は六角が神戸と赤堀は北畠が救援したはずだ。
残るは北伊勢中央部にいる奉公衆の所領などがある。少し悩むがゆえに斎藤山城守に意見を問うたが、やはり要らぬか。
「北畠のほうもほとんど終わったらしい。向こうは関家と千種家に一揆が逃げたそうだ」
北畠からは援軍要請がきておる。向こうの動き次第ではまた違ったが、あっちも早々に終わったからな。北畠の軍勢を織田水軍が護衛したことで、織田と北畠が組んだと一気に噂が広がったせいだろう。
神戸の本家だと聞く関が北畠に救援を頼むのかもしれぬが、こちらとしては特に関わる必要もあるまい。
「六角から援軍要請がなければ、終わりですな」
「如何思う? 六角は三千しか寄越しておらぬが」
「己らでやるでしょう。使い潰す駒はおるはず。これ以上、織田が出れば六角の力を疑われかねませぬ」
さすがは兄者と渡り合った男だ。一国を治めることから戦においても他の者とは違うか。よくこの男を従えたものだ。
「むしろ国人や土豪に気を付けねばなりますまい。一旦奪われた城を取り返しに来た者もおりました。臣従しておらぬ以上は蜂起する者がおりましょう」
「侮っては面倒なことになるか」
桑名と員弁の大半は制した。とはいえ一部の国人や土豪の一族が城や領地の奪還を狙い潜伏しておる。たいした数はおらぬが、さっさと片付けぬと邪魔にしかならぬな。
「某は押さえた所領の一揆と国人や土豪の捜索に参りまする。孫三郎様はここで六角に睨みを利かせておられればよろしいかと」
「わかった。頼む」
やれやれ総大将というのは、なかなか動けずつまらぬものだな。斎藤山城守は兄者や一馬のやり方を知っておる男だ。邪魔になりそうな者らを始末すると行ってしまった。
それに蝮の牙は健在か。それをわしに隠そうともしないあたりがあの男の誠意とやり方か。
とはいえ北伊勢北部は西美濃と尾張を繋ぐ要所でもある。これで織田は更に安泰となり、北伊勢も治め方次第では富める地となろう。
あとは六角のお手並み拝見と行くか。
Side:梅戸高実
凄まじいな。相手が戦う気のない一揆勢とはいえ、六角は逆らう者をなで斬りにしておるわ。さらに鉄砲を多く持ち込み、それで一揆勢が怯えておる。織田では鉄砲と金色砲で負け知らずだと聞くが、六角も負けておらぬな。
もっとも一揆勢の中には抵抗する者もおる。織田から逃げてきた者らはもう逃げる場所も希望もないと
「大人しく降る者は捕らえよ。後で使うからな」
「進藤殿、使うとは……」
「荒れた領内を復興させる者が要るだろう。織田はそれも早いぞ。莫大な銭と人であっという間だ。一揆を起こした罪人でこちらもすぐに動かねば呑まれてしまうわ」
まさか一揆を起こした者を許すのかと驚き問うたが、進藤殿はすでに後のことを考えておられるとは。織田はそこまで凄まじいのか?
「よいか! 逆らう者は許すな!! だが降る者は命だけは救ってやると喧伝するのだ!」
進藤殿も六角も我ら北伊勢の者のことは見ておらん。その目は織田を見ておる。敵ではないと言うたが、敵でないからこそ負けられんということか。
織田はすでに動きを止めて領境を封鎖しておるのみ。北畠も神戸や赤堀の救援は終わった様子。速い。あまりに速いのだ。
「まだ近隣に奉公衆などがおる所領がありまするが……」
「そこは我らで押さえるぞ。梅戸を守るためだ」
残るは北伊勢中部にある奉公衆などの所領だ。何故か織田も北畠も手を出しておらんという。織田と北畠とは話が出来ておるのか? いずれにせよ争う気がないのは確かか。
北伊勢の者らには悪いが、わしはホッとしておるところもある。北伊勢で織田と六角が争えば、血を流すのは我らだ。織田は少し遠いゆえによく知らぬが、先に起きた野分ではわざわざ知らせる使者を寄越した。敵に回す気もない。
北勢四十八家の終焉には思うところもあるが、所詮は他家の話。
わしも動かねばならんな。ここで武功をあげて六角家中にわしの力を見せねばなるまい。
Side:久遠一馬
「だめ! そこはだめだよ!」
「クーンクーン」
お市ちゃんは今日も元気だ。ブランカが先日生んだ四匹の仔犬が乳離れをして、よちよち歩きながらいろんなものに興味をもって遊ぶようになったので躾を始めたんだが、お市ちゃんも躾をしたいとエルに習い頑張っている。
「そっちもだめ!!」
やんちゃな仔犬たちの相手は楽しくも大変らしい。花鳥風月の四匹もいるから八匹の仔犬がいて賑やかだ。
ロボとブランカはこたつが指定席になりつつある。日に日に寒くなっているからなぁ。なにはともあれみんな無事に育ってほしいものだ。新しい四匹の名前はみんなで考えている最中だ。どうなるかな。
「エル、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
エルは臨月だ。さすがに最近は外出をしていない。忙しい最中にもかかわらず、あちこちから体にいいからと食材が届いたり、祈祷をしてくれている人たちがいる。
祈祷をしてくれている寺社に関しては、こちらに知らせず祈祷をしているところも多いようで、忍び衆に調査してもらっている。お礼を期待してとかじゃなく純粋な厚意からの祈祷のようだ。
ウチは利権を奪ったりもしたんだけどなぁ。共に生きるべく手も差し伸べていることを理解してくれていて嬉しい。
尾張なんかだと雨漏りしたボロ寺はほとんどなくなった。ごく一部の悪徳なところは放置しているが、あとは寄進したりして修繕したからね。不思議なもので寺がちゃんとしていると人心が安定するようで争いも減っている気がする。
「子供か」
「実感がありませんか?」
「少しね」
そっとお腹に触れてみると、中で微かに動いた気がした。今でも不思議に思う。仮想空間で生まれたエルが現実世界で子を産むなんて。もしかしたらここも仮想空間なのかもしれないと思う時がある。
「本当に無理だけはしないでね」
「わかっています」
この時代に来るまで独身だったこともあり、出産というものがあまり身近にはなかった。それ故に出産に関しては命懸けというこの時代の価値観に、オレも近いものを持っているのかもしれない。
もし万が一にもエルが亡くなればと思うと怖くなる。島に帰省したことにして宇宙要塞に戻せばよかったと少し後悔しているほどだ。
ただ、尾張での出産はエルが選んだことでもある。後に続く仲間たちとこれから生まれてくる子たちのためにも自身が第一号となることを。
エルには絶対に不安な顔を見せないようにしている。それでもお互い長い付き合いだ。わかるんだろうね。エルは優しく微笑み、お市ちゃんとロボとブランカに八匹の仔犬たちを見ていた。
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