第902話・一揆というもの

Side:久遠一馬


 どんよりとした空が示すように、北伊勢の状況は日に日に悪化していた。発端となった国人は領地を追われて隣の国人のところに逃げたようだ。兵を借りてなんとか一揆を鎮圧しようとしたものの、一揆が隣にも及んでしまい一揆勢と抗戦中らしい。


「これが一揆か」


 思えば一揆の恐ろしさをオレは初めて体験している。三河は慎重に事を運んでなんとか一向一揆を阻止したんだ。ところが北伊勢という積極的に関与出来ない場所で一揆が起きてしまった。


 救いは願証寺が止めに入っていることか。とはいえ下手に止めると願証寺の末寺まで襲われかねないという。一揆に加勢しない寺は領主の味方だと思われると寺でさえも危ないということで、一揆が大きくなる前に本気で止めている。


 危機感でいえば願証寺が一番あるのかもしれない。すでに救援要請が来ている。輪中である願証寺の寺領にまで影響が及ぶとは考えにくいが、傘下の寺に被害が及ぶ可能性が高いことが理由のようだ。


 僧兵を出す準備もしているらしいが、織田が僧兵による武力行使を嫌っているのを知っているので説明する使者が来ている。


 当然、織田としても動いている。北畠家と連絡を取って、国司として援軍要請を斯波家に出してもらう方向で調整に入った。このまま一揆が広がれば、南伊勢の北畠の領地まで広がらないとも限らない。北畠家は大丈夫だと思うが、念のためというところだ。


 大義名分はいつの時代も必要だからね。


 六角家は向こうから使者が今日にも到着する予定だ。虫型偵察機にて六角家が三雲の処分を決めたと情報を得たが、はっきり言って北伊勢に関してはなんの解決にもならない。


 あとは六角家がこの事態に何処まで動いて、こちらになにを求めるか。状況は刻一刻と変化している。


「厳しき言い方をすれば、飢えた獣と同じでございます。正気を失っておる者もおりましょう」


 資清さんの言葉がやけに重く感じる。発端となった者たちは織田領へ移住をするために移動していたにすぎない。そこに領主が槍を向けたことで激発した。


 領主の城はすでに焼け落ちていて銭や米などはすべて奪われた。それも平等に分けるなんてあるはずもなく、一揆勢が奪い合いをしていたという。略奪はそのまま領主の城がある本領の村にも及び、領主一家は元より村の女子供も被害者となった。一揆勢は怒りのままに隣に逃げた領主を追い越境している。


 しかもそこだけじゃないんだ。噂が広まったことで、ならばオレたちも一揆だと続々と立ち上がる者たちがあちこちで出始めた。


 止める者、諫める者が被害に遭っているところもあるようだ。困ったことに温和な人ほど真っ先に織田領に逃げていて、残っているのは土地を持つ過激な者が多いらしい。


「これ、受け入れるわけにいかないだろう」


「そうね。無理だわ」


 今のところ対岸の火事でしかないが、懸念は一揆勢が飯を食えると評判の尾張までそのまま徒党を組んで来ることだ。念のためメルティに意見を求めるが、考えるまでもなく答えた。


 彼らは領主と関係ない村ですら荒らしている。領主を討ち取ったところで止まらないだろう。村は荒れ略奪で食べ物のない土地にいても餓えるだけだ。食えるという尾張に来る可能性が高い。


 確かに織田領では移民にも仕事を与えているし、真面目に働けば食べられる。ただし一揆で気が高ぶって略奪でもなんでもありの者たちを、集団で受け入れるなんて冗談じゃない。




 そのままオレは資清さんに続々と入る情報の取りまとめを頼み、メルティと共に清洲城へと来ていた。


「桑名から使者が来ておるぞ。救援を求めるとのことだ」


 信長さんに会って情報と意見を交換するが、こちらにはとうとう桑名からも救援要請が来たか。


「……そうですか」


 桑名には一揆から逃れようとする人々が集まっている。海路で尾張に逃げようとする人たちだ。今のところ水軍の久遠船で彼らを尾張へと移送している。彼らを放置すると桑名で新たな一揆に発展しかねないからだ。それに争いから逃げてくる人たちを見捨てるのも忍びない。


 桑名の町は織田の支配下に入ってもいいとまで言っているらしい。かつては伊勢湾の中核を担うほどの町だったが、服部友貞の事件を発端として今では東海道の宿場町程度の力しかない。自分たちで町を守り切れないんだろう。願証寺の助言もあったようだが。


「北伊勢の国人からも使者が来ておるぞ。こちらは様々だな。素直に助けを求める者もおれば、こちらが人を帰さぬのが悪いのだと抗議してくる者もおる。共に言いたいのは兵を挙げて一揆を始末しろということのようだがな」


 そして続けて聞いた話に思わず顔をしかめてしまった。なぜ、オレたちが北伊勢の国人衆の尻拭いをしないといけないの?


 自己責任だろう。独立しているんだから。隣国が栄えていることが悪いの? 人を帰さないというが、織田領は移動と職業選択の自由を保障している。移民した時点で織田の領民だ。


 自分たちはすでに当初の数を人足として出していないにもかかわらず、礼金だけは当たり前にもらっていたのに。


「こちらが出す礼金だけは取っておきながらなにを勝手な」


「願証寺の口添えがない者は相手にしておらぬな。今まで勝手をしておった無能者などいらん。口添えのあった者も援軍を出す条件を言うと、ほとんどは返事をせずに帰ったわ」


 良かった。ここで身勝手な国人を安易に助けるとかならないで。


 こちらが出ていって一揆が素直に解散するならいい。だけど飢えて正気を失った暴徒だ。そう簡単にはいかないだろう。更に彼らをどうするかも問題だ。北伊勢では食べ物が足りないんだ。彼らを食わせるには相応の食料と銭が必要になる。


 その資金と食料を誰が出すの? まさか一揆を叩いて根切りにでもしろと? 織田に反抗しているわけでもない人たちを? あり得ないね。


 信秀さんは口添えのない者も助ける条件を提示したらしい。国人には領地召し上げの上で俸禄による臣従だ。『己で領地を治められぬ者の領地を認めるわけがなかろう』と言って使者を驚かせたらしい。


 領民を返さぬ織田のせいだと言った使者には『ならば今まで人を出しておらぬ分の礼金を返せ。その上でわしを謀った罪を償うというのならば返そう』と言ったようだ。こちらは臣従の条件すら提示していないとのこと。


 口添えがあった者たちにも、臣従して織田の法を守ることを求めたそうだ。まあこちらは領地整理による俸禄化が条件であるものの、領地の三分の一、または本領の村くらいは残される。


 信長さんの話だと、あまりに厳しい条件に使者はみんな驚いていたそうだ。織田も北伊勢が欲しいに違いない。今ならば好機だから援軍を出すだろうと考えていたっぽいね。


「愚か者は勝手なことばかり言うものだな」


 信長さんはうんざりした様子だ。中には『奉公衆である当家を愚弄するのか』と怒った使者もいるんだとか。


 救援というなら北畠とか六角にしてほしい。無論、そっちにも織田よりも救援要請がたくさん行っているんだろうが。


 とはいえ義賢さんと、晴具さんと具教さんは動くか? 勝手ばかりしていた北伊勢に。まあ神戸家など血縁があるところは助けるかもしれないけどさ。



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