第899話・信秀、謀叛を企んだってよ

Side:久遠一馬


 ブランカは四匹の子を産んだ。オスが二匹とメスが二匹だ。元気な子のようで一安心だ。ウチでは子供たちの名前をどうするかでみんな賑やかだね。ロボとブランカはケティが付けた名前だが、花鳥風月の四匹はみんなで考えた結果だ。


 今度の子は斯波家に貰われていくことになりそう。なんかほしい人が結構いるみたい。岩竜丸君もウチに来るとロボとブランカのこと可愛がっていてさ。


「どうだ? 今回の酒もいいだろ?」


 この日、ウチには信光さんが来ていた。お土産にと信光さんが造ったお酒と丸々と太った猪が一頭。相変わらず豪快な人だ。ただ信光さん、最近の尾張で一番羽振りがいいと評判だ。


「辛口の酒を造ったんですね。これ売れるかわからないのでウチでも造っていなかったのに」


 信光さんのところのお酒とみりんの評判がいい。マドカや熱田のシンディが指導しながら造っていたお酒だが、現在は信光さんの意向でみりんも造っているし、少し辛口のすっきりしたお酒を造っていて、これがまた評判がいい。


 この時代はね。尾張以外だと濁り酒が全盛期だ。一部ではウチの清酒を真似て濁り酒をろ過して澄み酒として売っているが、味が桁違いだ。元の世界の江戸時代ではみりんのような甘い酒だったというし、辛口のお酒自体がそもそもない。


 ウチの澄み酒も甘めのさわやかなお酒にしていたんだが、信光さんは売れなくてもいいからと新しい酒を造らせた結果だ。


「酒を造るのは面白いな。次はなにをするか……」


 ご機嫌な様子でいろいろと話をしていく。どうも酒造りに続いて新しいことをやりたいらしい。


 この人の影響力は未だに大きい。さっさと領地を縮小して酒造りを始めた信光さんの羽振りがいいことで真似したいと考えている人が増えている。


 領地に拘らなくても生きていける。もしかして今後はそういう世の中になるのかと考える人が尾張で増えていることは今後に大きな影響を与えるだろう。


「そうそう、北美濃と東美濃に炭焼きの技を出すそうだな?」


「はい、あちらに与える利を考えまして。それにそろそろ広げないと禿げ山が増えてしまいます」


 信光さんには塩作りの新しい方法を模索していると教えると興味深げに聞いていたが、そこから思い出したかのように炭焼きに関して口にした。


 山の村の成果も十分なんで尾張上四郡から炭焼きの技術の解禁をすることにした。美濃では北美濃の東家と東美濃の遠山家にも、他国への情報秘匿を条件に解禁することを考えている。


 評定にて報告と提案するべく準備をしていて、尾張上四郡は信康さんの犬山と伊勢守家の領内でやるべく場所の選定をそれぞれで進めている。信光さんはそちらから聞いたんだろう。


「驚いているであろうな。今までとまったく違う」


「植林と炭焼きから山の暮らしは変えます。早くやらないと取り残されてしまいますし。ゆくゆくは養蚕もしますよ。山の村で来年から試して、その結果次第ですが」


 この時代は林業が儲かるので、そこまで山間部の暮らしが厳しすぎるわけではない。とはいえ森林資源って有限だからね。尾張と美濃は有史以来一番発展しているのだろうし、今後も発展させていく。


 史実みたいに林業で食えなくなる時代まではオレは久遠一馬としては生きていないだろうが、街道を整えて産業を興して山間部でも暮らしていける下地くらいは残してやりたい。


「油断するなよ。一馬。そなたらの考える道に付いていけぬ者がいかに変わることを恐れるか。利や道理ではないのだ。たとえ地獄が待っていようとも、恐れから拒む者は必ず現れるからな」


 いろいろと予定通りにはいかないが、それでも織田領は順調と言えるだろう。そんな話をしていると突如険しい顔つきになった信光さんに厳しい一言を言われた。


「ええ、覚悟しています」


 織田一族では信秀さんや信長さんと同様に、新しい変化に順応している信光さんですらも現状に危機感を覚えているようだ。


 史実を見てもこの時代の人が直接統治できる領国は三か国程度だろう。それ以上は距離や体制の問題で無理だと思われる。織田はその限界に近付きつつある。


 街道整備や伝書鳩による情報通信の改革や統治体制の改革もしているが、まだ道半ばだ。大内義隆さんの法要以降、世の中が確実に変わったこと感じているんだろう。


 大丈夫。オレたちはもう余所者でもひとりでもない。多くの家臣や仲間がいる。変えてみせる。必ずね。




Side:斯波義統


「必死じゃの。そなたが謀叛を企てておるらしい」


 珍しき者から書状が来た。細川晴元。未だに管領を名乗り、諸国にあれこれと命じておる者。


 何用かと思えば、内匠頭がわしに謀叛を企てておるというものだ。身辺に気を付けよと書かれてある。共に南蛮の間で紅茶を飲みながら、このような書状を見ておるとは晴元めは夢にも思うまい。


「ほう、さすがは管領殿でございますな。某の心の中まで覗けるとは」


「ならばわしは隠居するか。久遠島に行ってみたかったのだ。楽しみよの」


「それは困ります。守護様は尾張、美濃の守護でございますれば」


 近習らがわしと内匠頭の言葉に笑いを堪えておるのがわかる。内匠頭が謀叛とはまた安易なことを考えたものよ。わしはまことに傀儡でも構わぬぞ。久遠島に行ってのんびりするからの。


「未だに誰もが己の地位を欲しておると考えておるということは、こちらの動きはほぼ理解しておらぬな。こんな書状でも役に立った」


「でありますな」


 もうひとつ、晴元めは面白きことを書いて寄越した。細川と斯波で管領を分けぬかということ。次の管領をわしに譲ると書かれてあるわ。互いの家から交代で管領を出せばよいとも書かれてある。


 畠山は如何する気じゃ? そこまでして爪弾きにされるとさすがに黙ってはおるまい。さらに公方様のことを無視して、このようなことを考えることが世の乱れになるとわからぬらしい。


「公方様にお見せするか?」


「そうでございますな。そのまま六角と三好に送ってしまえばよろしいかと」


 哀れにすら思えるの。公方様はすでに将軍の地位など如何様でもよいと思うておるというのに。晴元如きに興味すらあられまい。


 わしに僅かでも疑心が生まれれば儲けものと考えたか。仮に疑心があっても奴とだけは組まぬ。


「一馬のこと、書かれておりませぬな?」


「南蛮の商人など下賤な者と考えておるのではあるまいか?」


 ただ、内匠頭は書状を見つつ、ひとつ気になることを口にした。今や主上までもが気にするというのに、あの男は一馬にはまったく触れておらん。これを如何に考えるべきか。


 すでに世の中は晴元如きを無視して動いておる。三好は北条と誼を得ようとし、北条は織田と久遠と誼を深めるために島を寄越したうえで、三好との誼をも求めるであろう。北畠はこちらと共に歩む気じゃ。


 六角と朝倉はあまり動きがないものの、晴元と組むことはあるまい。


「上様は管領職そのものをお嫌いなようじゃしの。最後の管領とでもなるのか? 如何になるのやら」


 ここで織田と斯波が割れれば、奴は泣いて喜ぶのであろうが、それだけはあり得ぬ。


 しかし尾張を知らぬ者は、未だにかような者ばかりなのであろうな。まるで日ノ本の外国とつくにのようにまったく理解しておらぬとは。


 考えねばならんかもしれんの。今後、日ノ本をまとめるとするならば。



 

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